8,最終段階
女は人目が着く使われていないビルに忍び込んでいた。
屋上から見下ろす景色は夜なのに明るく、自分のいる位置の方が暗い。
本来なら、自分のいる位置と地面の明るさは同じである。
月の光に照らされて、大きなビルによって影ができ、下にいるものを闇に閉ざす。
女は役目を果たしたが、まだ最後の役目が残っていた。
女は男から教わった。
愛について、永遠の愛の証明。
男と関わるうちに、彼のために死にたい、彼に対して永遠の愛の証明をしてやりたい、そう思うようになっていった。
男は女の言うことをなんでも聞いてくれた。
自分を絶望させた相手を殺したいと言った時、協力をしてくれると言ってくれたことを女は思い出す。
「殺す」という言葉がなぜ、あれだけ心地よく聞こえてしまうのだろう。
本来なら裁かれるべき行為。
それが、とても美しいと感じられる。
人間同士で殺し合うことがどれだけ愚かなことか。
しかし、人間は耐えず、殺しを行ってきた。
おそらくは、そういう種族なのだ。
法律でそれを止め、抑制された殺意が溜まった人間が限界に達した時、殺人に至ってしまうに違いない。
男は本当に頭がよかった。
計画を立ててくれたのも彼だ。
事は彼が計画した通りに進み、最終段階へと突入するのである。
女の首にはロープが首輪のように巻かれていた。
彼女は今、死地に立っているのである。
ひとたび、前に1歩踏み出せば、現世から離れてしまう。一瞬で。痛みも感じず、目の前が一瞬にして真っ暗になる。
男を「愛していた」という事実だけを残して。
女は死地に立ちながら、走馬灯のように思い出を振り返っていた。
目を閉じると思い出が映画のように蘇る。
自分を包み込み、抱きしめ、思いつく限りのことをしてくれた。
女にとっては、愛されているという感覚だけで十分だったが、身に余る程の愛を男はくれたのだ。
女が求めずともスキンシップは激しめ、夜だって何度激しくなったか分からない。
そこに、マンネリなんてものを感じたことは一度もなかった。
長かったようで短かった時間のせいだろう。
これからも、男と一緒にいれば、マンネリ化していってしまうかもしれない。
そんな不安も二度と考えなくていいのだ。
男との時間。それは何ものにも、代わりを務めることができない時間だ。
恋をした時、皆がそう思うのだろう。
砕け散った恋を人をいい思い出ではなく、悪い思い出へと変換、手のひら返しをする。
これからはもう、女はそんなことをする必要はないのだ。
愛する人のために死ねる。
あとの復讐は、彼がやってくれる。
安心、嬉しさ、喜び、幸せな気持ちで女は1歩前へ出た。ロープの長さの分だけ、落ちる感覚に襲われる。
落ちる感覚は内臓が浮き出すかのようなもの。
ジェットコースターに乗った時の感覚で、気持ちいいと感じる人がいるように、女もまた、この感覚が心地よかった。
長くは続かない。
ロープの長さが限界に達した時、たるんでいたロープが一気に引っ張られ、ピンっと一直線になる。
一瞬の出来事、一瞬で女の首を折り、絶命させた。
渋谷の街に悲鳴がこだました。
人々は恐ろしい光景をスマホで撮影しながら、ネットへ拡散していく。
情報が回るのは恐ろしく早い。
警察の耳に入るのもとても早いだろう。




