1,告白
「僕って、優しいんですよ」
その言葉がどんな意味を持つのか、はたまたそれは本心で言っているものなのか、本人しか分からない。
人の心を表情などから読み取るメンタリストもいるが、100%的中させるなんて無理な話だ。
「あたっています」と本人が言ったところで、その発言が嘘だったら?
人の心というのは本人にしか分からないのだ。
6月2日。午後20時。警視庁、渋谷警察署。取り調べ室。
川原井光輝は目の前にいる男を不気味がっていた。
見た目こそ、普通の男。
目立った特徴もそこまでないように思えた。
不気味、という印象はあながち間違ってはいなかったのだと川原井は理解する。
まさに、取り調べ室に入って、席に座った瞬間に言われたのだ。
「刑事さん。僕って優しいんですよ」
あまりの言葉に「はぁ?」という呆れた声すら漏らすことができずにいた。
代わりに、目の上の眉がグッと中央に寄るのを感じた。
目の前にいるのは20代の男。
見た目は童顔よりの顔だが、不気味さが漂う。
髪はストレートだが、手入れのされていないような感じだ。
川原井を見つめるその瞳は不気味さの中に、謎の純粋さを感じさせる。
対して、川原井は整った服装、整ったセンター分けパーマの髪、目付きが少し悪いと周りに言われるが、気にしたことはない。今年で28になる。
取り調べをするのは初めてではなかった。
酔っ払い、ひき逃げ事件の犯人、ある程度の山場は超えてきたと思ったが、今回の件は異常だ。
それも、目の前にいる男は「自首」してきた男なのだから。
40分前。
警察署に1本の電話がかかってきた。
電話に出た警察官は困惑していたが、無理もない。
電話の内容と言うのが「人を殺してしまいました」という内容だったのだから。
警察はすぐに、電話があった場所に急行。
そこでこの男の身柄を確保したという流れだ。
川原井は経験もあったこと、それだけだ取り調べをするように仕向けられた。
1言目から犯人から出るような言葉ではないものをが飛んできて、頭の中にあった、たくさんの考えが全て白紙になってしまった気がしたのだ。
なぜこんなことをしたのか?
動機は?
その前に、お前は誰なのか?
色んな疑問が飛び交っていたはずなのに、ライトを目に直接当てられているかのように真っ白になってしまった。
けれども、仕事は仕事。
やることはきっちりとやらなくてはならない。
後ろの方で石井達朗という刑事がパソコンに文字を打ち込む準備を整えている。
石井からの視線を感じるが、それ以上に目の前の男からの視線の方が気に触った。
「君、名前は?」
「志村卓也です。
年齢25、今は彼女はいません。独り身です。
仕事はアルバイトをしていました。
職に中々付けなかったもので」
名前を聞いただけなのに、ペラペラと自分のことを話し出す志村に違和感を覚える。
かなり不気味だった。
口元がずっとニヤけていて、口角を強制的に引っ張られでもしているのではないかと思える。
しかし、この情報からアルバイト先の人にコイツがどういう人間なのかを聞き出すことができると確信。
机の下で、スマホを手に取り、情報を流す手前まで行く。
どこでバイトしていたのかを聞き出さなければならないためだ。
「川原井っていいます。
志村さん、『優しいんですよ。』ってどういうこと?」
単純な質問だった。
だが、最初にする質問ではない。
興味本位、あまりの衝撃に聞いてしまいたくなった、というのが正しいだろう。
そして、予想外なことはさらに続く。
志村が腹を抱えて笑いだしたのだ。
机に手を叩きつけ、必死に笑いを堪えようとしているのが分かる。
「それ、説明が必要ですか?
そのまんまの意味なんですけどね」
言葉通り、嘲笑われた。
誰が見たって、馬鹿にされたというのが分かる。
取り調べ室はさっきまで静まり返っているはずだった。
なのに、今は志村の甲高い笑い声が支配している。
後ろで聞いていた石井もかなり動揺しているように思えた。
振り返ってみると、目配せで「大丈夫ですか?」とでも言いたそうな顔をしていたからだ。
「そうですね。
僕の人生は色んなことを押し付けられることの連続でした。
責任、価値観、失態や失敗。
上手く人間社会に馴染めなかった罰なんでしょうかね?
でも、全部受け入れてきました。
特に、愛に関してはかなーり優しいと思うんですけど」
「怪物が愛を語るのか」
煽られたように感じ、カッとなってしまい、気がつけば、こんな答えを返していた。
志村が笑った姿が、川原井には怪物に見えてしまったのだ。
口が裂け、心の底から笑っている。
それは嘘ではないと勘が言っていた。
「怪物?誰が?」
「あんただよ。人を殺した人間を普通の人間と呼べるわけがないだろ。
そんな奴が愛を語るんだ。
こっちとしては、かなり不快だよ」
「そうなんですか。
それでも、僕の話を聞いたら少しは共感してくれると思うんですけどね」
「悪いけど、そんな長話をしている暇はないんだ。
君、バイト先はどこなの?」
本当はコイツのことをもっと知りたいと思っている自分がいることを押し殺していた。
今までこんな犯罪者を見たことがなかったからだ。
それに…
1番気になっているのは、目の前の男がなぜ、「自首」という手段を取ったのかという疑問。
だが、実際、犯人自体が捕まっているため、これ以上、事態が悪化することはないと、警察の誰もが思っていた。
もちろん川原井も。
「バイト先は渋谷辺りのコンビニですね」
「具体的にはどこなの?」
「店名、忘れました」
舌打ちが出そうになるのを堪えて、ハァとため息をついて背もたれへと体重をかける。
もう一度、力を入れ直して、志村の方を見て質問を続けた。
「なんで、自首してきたの?」
「人を殺したからですけど?」
「いや、普通だったら、犯人が自首してくるなんて願ってもない話だ。
それに、君、ずっと平気そうな顔してるよね?
感情に任せて、やっちまったって感じでもないように見えるんだけど」
「そう見えますか?」
志村が顎を引きながら、川原井の顔を見つめた。
上から見た志村の顔は、より一層不気味さを増す。
こんな変なやつは初めてだという感想だけが頭の中を巡る。
スマホ片手に渋谷辺りのコンビニでの聞き込みを要請した。
場所自体が突き止められていない時点で、あとから課長にとやかく言われるのは目に見えていたが、そんなことを気にしている暇はない。
「《《今回は》》感情に任せて、殺しちゃったんですよねぇ」
志村は天井を見回しながらそう言った。
川原井の方を見ていない。
川原井もその時は志村を見てはいなかったのだが、言葉に引っかかり、志村の方へと視線を戻す。
後ろの石井のパソコンをタイピングする音も中々聞こえなく、しばらくしてから、カタカタ言い始めた。
おそらく、石井もこの発言に疑問を抱いたのだろう。
当たり前だ。
目の前にいるのは、今回が初めて殺人を犯した人間ではない可能性が出てきたのだから。
「君、殺しをしたの、今回が初めてじゃないの?」
「そんなこと言いましたっけ?」
すっとぼけたように答えてきた。
さも、当たり前かのような表情で。
「いつ、僕が今回の殺人が初めて、なんて言いました?」
川原井は急いでスマホでメールを送る。
これまでに、この志村という男に殺された人間が複数いるという事実を探さなくてはならなくなった。
この事件はすんなりと終焉を迎えてくれる、と思っていた数分前の自分をぶん殴りたくなる。
志村はまだ不敵に笑みを浮かべていた。
その笑顔は…作っている感じ…ではないと川原井の勘がまた言っていた。
そんなことはどうでもいい、今は、この男から、殺した人間について話を聞かなくては。
「志村さん、今回殺した人の名前は?」
「ん〜忘れてしまいました。
そんな道具のことなんていちいち覚えていませんから」
ムカついてちゃぶ台返しをしてそのまま志村を潰してしまいたい気持ちになる。
ギリギリのところで堪えた。
代わりに、バン!と机を叩く。
音に驚いたのは志村ではなく、石井の方だったが、川原井は気がつかなかった。
ふざけるなよ、と机を叩いた音とは正反対の声量で志村に向かって言う。
声を抑えたのは、怒りを抑えようという気持ちがほんの少しあったから。
ここで怒りをあらわにしてしまえば相手に飲まれてしまうのだ。
といっても、机を叩いた時点でかなり怒った様子を見せてしまったことにはなるが。
今は、穏やかに質問をしていって目の前の精神異常者から話を聞き出すことが鮮血なのだ。
川原井は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「志村さん…」
質問を投げかけた時、後ろから石井が話しかけてきた。
「川原井さん、これ」
椅子から立ち上がり、後ろにいた石井の場所まで行く。
パソコンに移された事件を目の当たりにする。
そこには、渋谷付近で殺人事件が発生したというニュースだった。
路地裏で死体が発見され、通りかかった人が通報したらしい。
川原井はパソコンから目を志村の方に向ける。
志村と目が合うと、今まで以上に、笑みを浮かべてきた。




