3,交代
上司である白鷺が怒鳴る度に、自分の評価が地の底に落ちていくような感覚に川原井はなってしまっていた。
1日に2度も叱られることなど、人生のうちでも数える程ぐらいでしかない。
失態をやらかすことは人生の中でいくつもあるだろう。
日に2度というのは中々ないものだ。
殺人鬼を刺激し、口を聞いて貰えなくなった。
刺激したのは、時間的にはかなり前だというのに、志村は発言を掘り返し、攻撃してきた。
報告をした時、白鷺は怒りを隠そうともしなかったのだ。
毎秒飛んでくる罵倒。
耳から入っては反対側の耳から外へ流れ出ていく。
川原井は今、説教をされている状況で志村がなぜ、自分の言葉を掘り返してきたのかを必死に考えていたのだ。
答えに辿り着くことはないが、何とか納得のいく形にしなければ気が済まなかった。
「自分が何したのか分かってるのか?!」
「はい…」
気力なく答えた。
考えないようにしていた。
自分が犯した失態について。
しかし、自分以外の人間が担当していたとして、果たして違う結果になっただろうか?
せめて、自分が「サイコ野郎」なんて言わなければ、志村は取り調べを拒否することはなかったのかもしれない。
思ったことを口にしてしまったのは自分。
掘り返されたとはいえ、失態を犯してしまったのは自分。
そう思うと自分自身がどれだけ使えないかを思い知らされてしまうのだ。
どうにか正当化して、失態から逃れようとしていた。
だが、川原井が正当化する前に、違う人物が正当化してくれたのだ。
「白鷺さん、あまり彼を責めないでください。
彼はよくやってくれましたよ。
ここまでくれば、大きな成果が出ていると思います。
あとは、私に任せてください」
黒崎だった。
よくやった?何を?
自問自答してみたが、やはり分からない。
自分の失態を黒崎は成果だと言ってくれた。
嬉しかった。ひたすらに。
会って間もないが、黒崎に軽く惚れてしまいそうになる。
事件が起きているという過酷な状況の中で、感性も狂い始めているのかもしれなかった。
故に、人に対しても酷く嫌悪感を抱くし、ちょろいと言われるぐらいに惚れてしまいそうになるのだ。
「川原井さん。
あなたには別のことをお願いしたいんです。
白鷺さんの奥さんの所へ行ってくれませんか?」
「自分がですか?
というか、まだ行ってなかったんですね」
「私が止めていたんです。
白鷺さんに事情を問い詰めていたんですが、答えが出そうにないと思いまして。
その瞬間に取り調べが志村によって拒否された。
成果を出してくれた川原井さんなら、何か掴めるんじゃないかと思ったんです。
大丈夫ですか?」
「分かりました」
隣で白鷺はムッとした顔をしていた。
おそらく、失態を犯した部下が自分の妻のところに行くのが気に入らないのだろう。
「俺も行く」と言ったが、黒崎が強く止める。
実際、彼がいない方が話はスムーズに運ぶだろう。
黒崎の言い分は確かなものだった。
通話ですら拒否される関係性の人物が会いに行ったところで何も話してくれはしないだろう。
未だに、奥さんが夫である人間に娘のことを話したがらない理由を話してはくれない。
それほどまでに外部に出したくないことなのだろう。
なるべくその場にいたくなかった川原井はすぐに出動の準備をした。
1人の刑事と一緒に行くことに。
あまり乗り気ではなかった。
失態を挽回しようなんて気にもなれやしない。
隣に座る刑事は自分の失態を知っているだろうか?
いや、知らなくても、あとから知ることになる。
そうなれば、あとから「俺の隣に座った刑事は取り調べを犯人に拒否られたらしいぜ」なんて周りに言いふらすに違いない。
行くなら自分一人で行きたかった。
自分を認めてくれた黒崎には感謝しているが、今は何もしたくなかったのだ。
今、自分がいた席にはもっと優秀な人間が座る。
なぜ、彼は自分に取り調べを任せていたのだろう。
彼が言う成果とは何なのだろう?
自分では成果なんて微塵も感じられなかったのに。
助手席に座りながら、川原井は考え続けた。




