6,コンビニ
無差別殺人の連絡がきたのは、パトカーに乗り込み、目的地のコンビニに向かったすぐ後だった。
このクソ忙しい時に限って無差別殺人が起きるとは…。
犯人の嫌がらせのように川島は感じた。
しかも、また普通の死体だった訳ではなく、前と同じで不可解な部分があったとのこと。
1つ前の死体にはハッキリと「志村卓也」の名前があったが、今回はそうはいかないらしい。
彼との接点が分からないとの事だった。
志村の共犯である人物が我々警察に対して、何を伝えようとしているのかさっぱりなのだ。
かといって、今からその現場に向かうことはしない。
自分は自分の仕事をこなす。
殺人の現場には他の警察官たちが向かったはず。
必要となれば、警察署内の刑事が派遣されるだろう。自分もあとから向かうことになる。
渋谷内というのもあってコンビニには比較的早く着いた。
コンビニに入ると川島は店員に警察だと伝える。
川島ともう1人の刑事は店の奥へと通された。
コンビニのバックヤードには1人の男が座っていて、2人を見て立ち上がり、挨拶をする。
「どうも、このコンビニの店長をやってます、芳川涼と言います」
「刑事の川島です。
夜遅いところ、ありがとうございます」
「いえ、今日はたまたま出勤日だったので。
それで、あの、お話というのは?」
川島は席に着き、もう1人の刑事は座らずに壁にもたれかかっている。
芳川は少しオドオドしている様子だった。
無理もない。夜遅くに警察が話を聞きに来たとなれば、動揺する。
内容も急ぎであったため、伝えてはいない。
警察だと伝えた時の店員も動揺を隠しきれていない様子だった。
店長は自分が何かしたのか、または店員の誰かが何かをやらかしてしまったのかと焦る。
残念ながら今回は後者に当たってしまった。
「この人をご存知ですか?」
「あぁ、志村くんですね。
彼はいい人ですよ。で、彼が何か?」
「芳川さん。こんなことを言うのは心苦しいですが、彼は殺人鬼なんです」
芳川の目には恐怖よりも驚きが現れていた。
彼が何気なく言った「いい人」というのがそれを物語っている。
そこに疑いの余地はなく、1ミリも殺人鬼、サイコパスであるという印象がなかったということ。
志村はそうやって日常に身を潜めていたのだ。
誰も奴の本当の正体に気づくことのないまま、殺されていく。
危機感の管理のなさと言うよりも、日本という国は平和ボケしているのだと川島は考えていた。
殺人事件が起きることがないとは言いきれないものの、自分がその場面に遭遇するなんて夢にも思っていないのだ。
「さ、殺人鬼?そんな、ご冗談でしょ?
志村くんに限って、そんな話…」
「申し訳ないんですが、本当のことなんです」
申し訳ない?なんの謝罪だ?
相手を気遣って出てしまった言葉の1つに過ぎなかった。
川島は志村という人間と日々を過ごしたこともなければ、本人を見たことすらなかったのだ。
どういう人間なのか想像することができない。
分かっているのは、殺人鬼であり、たくさんの人間を手にかけているということだけ。
そんな人間を「いい人」だと言われても納得することはできるわけがない。
「今日、彼は自首してきたんです。
今、警察署で取り調べを受けている最中なんです」
「そう…なんですか。
とりあえず、捕まったのなら、何も問題はないんじゃないですか?
刑事さんたちは、なぜここを?」
「無差別殺人事件が今起きていることはご存知ですか?」
「えぇ。ニュースでやってるのを見ましたから。
この辺りで起きているらしくて、シフトが終わって帰る子には気をつけるように呼びかけてますけど」
「志村と繋がりがあったんですよ。
だから、彼の周りをしらみ潰しに聞き込みをしているんです」
なるほど、と芳川は納得した顔をする。
しかし、志村が殺人鬼であるという事実をまだ受け止めきれていないようだった。
目線があちこちに飛び回っている。
川島は気づきながらも、質問を続けた。
「彼はどんな人だったんですか?」
「さっきも言いましたけど、いい人だったし、いい店員だったんです。
人当たりはいいし、店の業務もかなり熱心にやってくれましたし。
何より、人のことをよく見てくれている人でした」
芳川の話的に、日常ではいい人を演じていたらしい。
もしかしたら、その中で自分の好みの人間を見つけていた可能性だってある。
「彼は何かおかしな部分はなかったんですか?
例えば、女性に対して変だったりとか」
「いえ、別にそういった事はなかったと思いますけど。
女性と店員に色目を使っているようにも見えませんでしたし、どちらかと言うと友達のような感覚でみんなと仲が良かったような感じですかね」
そうですか、と少し肩を落とす。
来てみたはいいものの、そこまで収穫がなさそうだということを察してしまっているのかもしれない。
分かるのは志村という男がいい人を演じていたということだけ。
「あ〜でも」
思い出したかのように芳川が話し出す。
「人のことが見えすぎてる気はしてましたね」
「と、言いますと?」
「いや、雑談をしている最中にコンビニの店員だと、お客さんのことについて話すことも少なからずあるんですよ。
コンビニじゃなくても、あると思います。
渋谷なんかじゃ、派手な服装やメイクをしている人なんてザラでしょう?
刑事さんたちも『今の人の格好ヤバくない?』とか話すでしょ?」
「まぁ、ないとは言えませんね」
「そうでしょう?
彼もその類いと言いますか、かなりそれが多い人でね。
レジ終わりに、他の店員に『今の人、嬉しいことあったみたいだったね。』とか『さっきの人、人前出るの苦手だよ。』なんて言うんです。
お客さんの見た目を彼が口にしたところは見たことがなくて、どちらかと言うと人の心の方を見透かしてるようで」
芳川の言うことは、サイコパスならではなのかと思える発言だった。
見ただけで相手の素性、心を理解してそこに付け入るのだ。
もしかすると、志村はお客さんを見て、ターゲットを決めていた可能性もある。
しかし、その線は薄いと思われた。
店員として勤務している以上、ターゲットになる人間を見つけたとして、声をかけたり、後を追うことができないのである。
顔を覚えたとしても、そのお客が渋谷内に住んでいるかなんて分かるわけがない。
つまりはお客がターゲットではないということ。
「志村さんには、彼女とかはいましたか?」
「いえ、話を聞いたことはないですね。
店員の中には彼女持ちや彼氏持ちなんて普通にいますけど、たまーに迎えに来ている人もいました。
彼氏彼女がいたら、惚気の1つや2つ、必ず聞きますけど、迎えもないし、話に聞くこともなかったんですよね。
だから、多分、いなかったんじゃないですかね」
その後もめぼしい情報は出なかった。
分かるのは志村という男がちょっと変だが、いい人間っぽいということだけ。
芳川はずっと志村が人殺しをしたという事実を何かの間違いだと信じたい様子だ。
志村の擬態能力が高いことが伺える。
川島は志村のことをいい人間に思うことが一切できなかったため、芳川の様子を見てイラつきを覚えてしまった。
ありがとうございました。と伝え、コンビニを出ようとした時、芳川から質問をされた。
「今、起きてる無差別殺人事件って志村が考えたんですか?
取り調べ室に入るために自首をして、何らかの目的で無差別殺人を共犯者に頼んだ、的な」
「そうだと、我々は考えていますが、何か?」
「なんだろう。それは違うんじゃないかな?」
「どういうことですか?」
「解釈不一致と言いますか、その、志村くんは計画を立てられるような人じゃないんです。
人一倍、人の心を見抜く才能はあるかもしれません。
ですが、お金の管理だったり、就活で上手くいってないなんて話をよく聞いてました。
頭がいいとはお世辞にも言えなかったんです。
地頭も、人一倍あったとも言いがたくて。
計画性があるなんて思ったことは、一度も…」
「分かりました。情報提供ありがとうございます」
と言ったものの、収穫と言っていいのか分からないものが手に入ってしまった気分だった。
川島は志村に会っていないとはいえ、これまでの惨状を目の当たりにして、とても計画性のあるサイコパスであると想像をしていた。
映画なんかでよく見る、笑顔の裏や、狂気の裏に天才的な頭脳を隠し持ち、警察を欺くことなど容易であると見せつけるもの。
志村はそうではない?
侮れはしないことは確かである。
日常的に計画性の無さを演じていた可能性だってあるのだから。
川島は一度、無差別殺人が起きた場所へ調査することにした。




