6,観察眼
石井は取り調べ室に志村と2人きりになっていた。
まただ。また、サイコパスと2人きり。
こいつは、自分の過去を掘り返してきた。
そんなやつと一緒にいるなんてごめんだった。
パソコンを見て気を散らす。
気になる。やつが何をしているのか。
気になるだけならまだいい。体は勝手にやつを見てしまう。
見たくない。分かっているはずなのに、体は分かっていないようだ。
何が気になる?分からない。
トイレに行った川原井は戻ってこない。
いくらなんでも遅すぎる。
こんな時に大の方でも催してしまったのだろうか?
だとしたら石井もトイレへ行きたいと思った。
この状況から一刻も早く逃げ出したい。
1人になりたくはなかった。
1人になってしまえば、あの時の記憶が鮮明に蘇ってしまう気がしたからだ。
不意に志村の方を石井は見てしまう。
やはり、好奇心というものに、体は反応してしまうようだ。
いつからなのか分からないが、志村は石井のことをジッと見ていた。
ドキンっと心臓の音が身体中に響き、血流が止まったように感じられた。
志村は「やっとこっちを見た」というように口角の片側をクイッと上げる。
声に出さずとも口角を上げる音が聞こえるようだった。
「な、なんだよ」
ドキンっとした衝撃で口から言葉が飛び出していた。
言葉に反応したように志村は瞼を口角のように上げる。
「あなた、石井さん、でしたっけ。
先程、僕と話をした時、目に闇が見えました。
闇というよりも、病んでしまった方の病み、ですかね?
相当辛い思いを過去にしたと見えます。
僕が掘り返してしまったのなら、申し訳ない。
詫びという形で良ければ、その話を聞きますよ」
「誰がお前なんかに」
「でも、しまっておくのは苦しい。
誰かに話せば少しは楽になるんじゃないんですか?
僕なら、その話、その痛みを分かち合ってあげられますよ?
周りの人間はあなたの話を聞いても共感したように見せつけるだけ」
「お前は違うっていうのか?」
「ええ、実際、僕は人に寄り添ってきたという過去があります。
それが何よりの証拠」
「だとしても、殺人犯に話す気はない」
過去を掘り返されたのは、紛れもなく目の前のサイコパスのせいだった。
記憶の中にあって絶対に消えないもの。
忘れようと努力していたもの。
ドンピシャでサイコパスの話に当てはまってしまったという不運。
瞳に写った動揺だけで見抜かれてしまったという、恐ろしいほどの観察眼。
石井の頭の中に過去の記憶が鮮明に蘇ってくる。
高校時代の忌々しい記憶。
当時の彼女、自分を好いていたもう1人のクラスメイトの女子。
高校の校舎。その屋上から吊り下がっていた死体。
首吊り。
穏やかな顔とは程遠い顔で亡くなったクラスメイトの女子。
体の穴という穴から色んなものが吹き出していた。
皆が想像する綺麗な首吊りとは程遠い。
それが現実だった。
彼女の体から溢れ出たものが滴り、水溜まりのようになっていたのを今でも覚えている。
高校生活を満喫する中で2人の女子から好意を持たれていた。
石井はその事実を噂で聞き、知っていたのである。
知っている上で自分の好みの方を選んだのだ。
付き合ったという情報は、学校に監視カメラでもあるのではないかと思えるぐらい早く伝わった。
実際のところ、当時の彼女が流したらしい。
石井は聞くまで知らなかったが、好いていた2人というのは、恋敵というのもあって対立をしていたらしいのだ。
告白をする時も、片方に罪悪感を全く抱かなかったというわけではなかった。
しかし、振ったという形になったとはいえ、新しい恋をすぐに見つけるだろうと思っていたのだ。
本当に思っていた。
屋上から縄で首を吊っていたクラスメイトの女子を見た時、石井は自分のせいではないと言い聞かせる前に罪悪感に襲われた。
自分がどちらか片方を選んだからこそ、彼女は自殺をしてしまったのだと。
夢にその光景が現れなくなるまでにかなりの月日がかかっていた。
自分のせいでクラスメイトを死なせてしまったと思わずにはいられなかった。
周りや付き合っていた彼女は必死に石井のせいではない、と慰めてくれていた。
表面上は。
裏では何を言われていたか分からない。
聞こえた時があり、その時は「可哀想」「彼氏が選ばなければ死ななかったんじゃない?」などの不謹慎極まりない言葉が飛び交う。
あの時、自分はどうすれば良かったのだ?
分からない。
選ばないことが正解だったのか?
しかし、いつかは選ばなくてはいけない時がくる。
なんで自分が責められるのか…。
2人とも幸せにすることは自分にはできないのだろうか?
目の前のサイコパスの考えと同じに至りそうになっていると感じ、気分が悪くなる。
片方と付き合えば、情報はすぐに周りに回ったことだろう。
隠すことはできない。
そうやって自分を追い込んでいったことで、愛想をつかされ、高校卒業と同時に彼女には別れを告げられた。
以降、彼女を作ろうと思ったことはないし、女性から好意を持たれること自体、怖くなってしまっていたのだ。
自意識過剰かもしれないが、1人に好かれていると分かった時、他の誰かからも好意を持たれているのではないのかと錯覚する。
最近になってようやく、周りに諭され、人と付き合う気になってきたというのに、1人のサイコパスに邪魔されてしまった。
思い出したくもない罪悪感を思い出しながら、先程の会話を石井はパソコンに打ち込んだ。
カチカチと変換をしてEnterキーを押したと同時に、川原井が取り調べ室に戻ってきた。
石井は助かった、と安堵する。
やっとサイコパスとの2人きりの空間から逃れることができるのだと。
会話は川原井に任せ、自分はただパソコンに会話の内容を打ち込むだけ。
なのに何故だろう…。
パソコンの内容は石井の記憶を掘ろうとしてくるようなものなのだ。
志村が語る愛は歪んでいる。
自分に当てはまる内容も話された。
たったそれだけなのに、全てについて深く考え込んでしまう。
それがたまらなく不快であった。




