5,被害者の家族
マンションのインターホン。
押すのに躊躇いなどないはずだった。
警察という職業に就いて、事件を追っていれば、聞き込みをすることなんてザラだ。
川島は人差し指を用意していたのに、そこから動いてくれない。
西宮とパトカーの中で話している時、衝撃の事実を聞かされた。
「家族の方…多分だけど、娘のこと気にしてないと思う」
「え?」
あまりにも衝撃的だった。
川島は疑問が大きすぎて、質問を返す。
ハンドルを操作する手が乱れそうになる。
「なんでそう思うんだ?」
「さっき、アポ取った時、娘に関することですって伝えたんだけど。
すごく嫌そうな声に変わりやがったんだよ。
だから…」
家庭環境に問題がある。
西宮はそう言いたかったのだろうが、言うのをやめた。
口にしてしまえば、彼らの前でもそんなふうに話してしまうかもしれないからだ。
家庭環境が何も問題がなかった時、こちら側に大きな責任が伴う。
事実を確認するまでは発言を控えなくてはならない。
例え、警察同士であっても慣れてしまってはいけないのだ。
インターホンの音が鳴り、中から中年ぐらいの男が扉を開けて出てくる。
被害者の東雲綾音の父親である、東雲叶夜だ。
「どうぞ入ってください、妻がお茶を入れてくれてるので」
最初の印象は人の良さそうな父親という感じ。
家庭環境に問題があるとは思えなかった。
警察相手ということで、猫を被っているだけなのかもしれないが。
お茶を既に入れてしまっているのなら、断ってもしょうがない。
言葉に甘えて家の中に入り、テーブルの周りに置かれた椅子に座る。
叶夜の妻である東雲心咲がお茶をテーブルの上に置き、椅子に座った。
2人とも真剣な表情で体が硬直しているように見える。
これから話す内容がさらに彼らを硬直させてしまうことだろう。川島は申し訳なく思った。
川島たちよりも先に口を開いたのは叶夜の方である。
「あの、うちの娘が何かやらかしたんでしょうか?」
1番に心配したのが娘の安否ではなく、娘が何かやらかひたのではないかという心配。
川島は不快に感じた。
西宮が感じたように、本当にこの家族は被害者のことをなんとも思っていない可能性があるなと考える。
「そういう訳じゃありません。
すいませんが、娘さんとの関係について聞いてもよろしいでしょうか?」
西宮がグッと攻め入るように聞いた。
2人は顔を見合せ、仕方ない、とでも言うように正面に向き直る。
「娘は数年前に家を出ました。
それから連絡は取っていません」
叶夜の方が答えた。
「なぜ、連絡を取らなくなったんですか?」
続けて川島が質問をする。
「娘は…私たち親のことをよく思っていなかったんです。
ちゃんとしつけているつもりでした。
でも、厳しすぎたのか夫にも私にも口を聞かずに、最後には家を出たいと言い出しました。
それで…」
「行かせたんですか?」
西宮は遠慮など知らないかのように聞く。
現在、状況は悪い。
相手の気持ちを考えるのは難しいのだ。
これも警察としての悲しい性だと川島は思う。
「いえ、手放す気なんてありませんでした。
でも、ある日、娘は自殺未遂をしたんです。
僕たちのせいにされても困ると思い、最後の願いを聞き届けて渋谷に住居を見つけてやり、そのあとは自分でやってくれと、仕方なく娘を手放しました。
それ以来、連絡を取っていません」
「なるほど…。
すいませんが、心して聞いてください」
西宮の言葉と同時に、2人の顔が強ばる。
川島はとうに知っている事実が飛んでくると分かっているのに、知らない2人のような反応をしてしまいそうになった。
「お2人の娘さんは、殺されてしまったんです」
父親の叶夜の方は驚きの表情を。
母親の心咲の方は悲しみの表情に涙を。
あまりにも辛い現実を突きつけられ、さぞかし心が崩れたことだろう。
やっと家族感が出たと川島は感じる。
「死んだ」という事実が結びつける家族の絆。
それは美しさなどどこにもないように思える。
しかし、「死」という事実がなければ、この家族は永遠に離れ離れだったに違いない。
いや、「死」と言うよりも「殺された」という事実が結びつけたとでも言うべきか。
「僕の娘を殺した犯人は捕まっていないんですか?」
「捕まっています」
川島が即答する。
だが「ですが…」と続ける。
「捕まっていて、取り調べを受けているのですが、共犯者がいるんです。
無差別殺人鬼が街をうろついている。
まだマスコミは報道していませんが、これは事実です。
そこで、犯人に繋がる手がかりがないかと思い、ここを尋ねました」
川島が話している間に、西宮が志村の顔写真を2人の前に出す。
「この人…」と心咲の方がすぐに反応を示した。
「あったことがあるんですか?」
西宮の問に、心咲は頷く。
「娘が友達だと言って外でばったり会った時に紹介してもらいました」
「彼はどんな人でしたか?」
川島の問に心咲は先程と違い頭を抱えている様子だった。
「すごく優しそうな人でした。
友達と言ってましたが、雰囲気は付き合っていたと思います。
本当に、殺人なんてするとは思えない行儀のいい子ってイメージです。
本当にこの人が娘を殺したんですか?」
まるで、この人は殺していないと主張したいように感じた。
彼女が言うのなら、本当にいい人を演じていたのだろう。
そんな話は知らないぞと言わんばかりに叶夜の方は心咲の方を見つめている。
構わずに質問を2人は続けた。
この男を見たのは綾音さんといる時だけか?
答えはYES。
となると、共犯らしい人物は特定できそうにない。
その後も質問をしていったが、娘との関係が曖昧になった親は何も分かっていない様子だった。
分かったのは志村という男が人殺しとは思えないほど、いい人そうという印象だけ。
なんの手がかりにもなりやしない。
話が終わり、2人は頭を下げ、娘さんの不幸を心からお悔やみ申し上げた。
そしてアパートを後にした。
川島は曖昧な関係の家族でも死に直面すると崩れ落ち、泣くものなのだと感心している。
あんな関係では他人と呼べるもののはずなのに、心のどこかでいつまでも娘を思っているという愛に感じられたのだ。
強めたのがものすごく嫌なものでなければ、もっといいのに。
しかし、収穫はない。
上にどう報告をすべきなのかが分からない。
この先、どうするのかといえば、犯人が現れそうな場所をひたすらにパトロールすることとなる。
聞き込みで監視カメラに映ったあの黒い影の不審者を見かけなかったなどを聞く。
まだ志村がバイトをしていた場所も見つかっていない。
早く見つけて欲しいが、渋谷にはいくつもコンビニがある。見つかるまでにはもう少しかかるかもしれないのだ。
そんなもので犯人は見つかるはずもない。
途方にくれていた時、川島の携帯に柊木から電話がかかってきた。
「もしもし?柊木さん?どうしました?」
『川島か?今、最初の死体の解析が終わって、死亡推定時刻が分かったらしい』
「本当ですか?」
『本当だ。
死亡時刻はおそらく、18時だそうだ』
川島は違和感を覚えた。
自分たちがアパートで志村を逮捕したのは19時30分。
殺してから通報するまでに1時間30分の間が空いていることになる。
その間に志村は何をしていたのか?
川島は被害者との会話を柊木に全て話した。
『とりあえず、渋谷に戻れ。
聞き込みと、怪しい人物がいないか調査だ』
「はい」




