4,新しい相棒
今日だけで何度「KEEP OUT」「立入禁止」の文字を見たか。
川島はそう思った。
日に2度以上、そしてそれぞれが別の場所で見ることになるなんて…。
ここまで来れば、街の住人たちに危険を隠すことは不可能。
隠す必要も無い。とにかく、マスコミが危険を知らせてくれればいいなと思った。
死体が発見された場所は、いつもなら人通りがないであろう場所。
それが今では野次馬やマスコミが押し寄せている。
メモとカメラを持ち、何とか自分たちの特ダネだとこの気を逃すまいと狙うのだ。
数分後には報道されていることだろう。
志村の存在以外は。
全く、人の命が奪われたというのに、そんなことをして心が痛まないのか?
川島はそう思う。
実際、ニュースが何のために事件を報道するのか考えたことがあった。
しかし、途中で変な考えが浮かんだのを川島はよく覚えていた。
今回のように、殺人犯が野放しの状態だというのなら、報道する意味がある。
では、既に犯人が捕まっていたり、事故の情報、自殺のニュースを流すのはなぜか?
事故、自殺に関しては、なんとなくだが、納得のいく理由がつけられる気がしていた。
「こういうことがあった、だから皆も気をつけよう」小一ぐらいの言い方で言えば、こんなものだろう。
自殺した理由が報道されなければ意味がないが、いじめがあった、という理由があるのなら、注意喚起のようなものになる。
犯人が捕まった事件ならどうだろう?
もう安全だと世間に知らせるため?
別に、そんなことがあろうがなかろうが、関係の無い人間たちは今日も呑気に平和に生きているではないか。
それが、ニュースが流れることで、一気にネットの民たちが食いつく。
犯人の家族や親戚は酷く批判され、社会から阻害される。
批判を流した人は解決した訳じゃないのに、共感の嵐で一躍ヒーローのように扱われる。
いい自己肯定感の道具なのだ。
そんなものに意味なんて本当にあるのかと川島は疑いたくなるのだ。
「ぼーっとしてるが、どうした?」
「あぁ、いや、別に大したことでは」
「大したことではない考え事を今この場でやるなんて、相当肝が据わってると見えるね」
「す、すいません」
表情から読み取られたのか、柊木に注意され、自分が今は無意味な考え事をしていたことに気がつく。
今大事なのは、事件を解決し、市民の安全を守ること。
さっきまで嫌に思っていたマスコミの連中をも含むれている。
次、無差別殺人が起きるなら、アイツらの中の誰かがいいなと不謹慎な考えを捨てた。
「にしても…」
死体のそばでしゃがみこみ、手を合わせ終わった柊木が顔は見ずに、川島に言ってきた。
「どう思うよ?」
「どうって…」
「この死体のことだよ。
最初のアパートの死体に比べて明らかにおかしくはねぇか?
ついさっき見た死体と瓜二つ。
快楽殺人のような痕跡は、俺には見て取れないんだがね」
川島も同じ意見だった。
死体は背中から何度も刺され、出血多量で死に至ったと考えられる。
身元もハッキリと分かるほどには状態がいい。
顔には切り傷1つないのだ。
楽しむ時間がなかったとも考えられるが、明らかに最初のアパートでの事件とは別人が行った犯行といえる。
衝動というのは抑えられないものだ。
快楽殺人鬼が今の犯人なのだとすれば、少なくとも少しは快楽に見合う殺人をするはずだと考えた。
警察から見ても、殺し方が最小限の方法のように思える。
唯一、違う点があるとすれば…
「ここだよな」
柊木が死体の手元を指さす。
そこには、紙切れが置かれている。
何が書いてあるかは知っていた。
今現在、警察署の取り調べ室にいる自首してきた犯人の名前。
同一人物で、取り調べ室から人を殺した、なんて馬鹿げた話はどこにも浮かばなかった。
考えられる可能性は「共犯者」がいるといこと。
それが一体誰なのか?
おそらくは防犯カメラに映った、黒い影がその正体であろう。警察はそう考えていた。
同じ場所にたまたまいたから、という理由だが、馬鹿でも分かることだろう。
「でよぉ、川島」
「はい」
「なんか気になることはねぇか?
俺はあるんだが」
「気になること?
え〜っとそうですねぇ。
無差別、最初と辻褄が合わない」
「それはもうみんなが分かってるだろ。
そうじゃなく、観察眼をこらしてみろ」
観察眼。
何を見るのか、川島はあろうことか死体を見ずに柊木の目を見ていた。
つまるところ、何も浮かばなかったからである。
柊木がどこを見ているのかを見れば、分かると思ったのだ。
結果としては的中。
「その紙ですかね」
「ビンゴ!」
パチン!っと柊木が指パッチンをする。
そしてもう一度、死体の手にあった紙切れを指さす。
「これ、どう見ても血で書かれてるだろ?」
「そうですね、少し黒がかってますけど、所々赤いので血でしょうね」
「おかしいと思わないか?」
そこでようやく、川島は違和感を覚えることに成功した。
「そうか、紙に書くんなら、わざわざ血で書く必要はありませんね」
「そうか、って。
お前、今気がついただろ?」
「あ、」
柊には全て見透かされているのだなと感じ、刑事として不甲斐ない立場に立たされた。
「まぁいい」という表情を川島に押し付け、柊木は死体を見ながら話を続ける。
「なぜ、血で書く必要があったのか。
ボールペンやマッキーで書くんじゃダメだったのか。
それに…」
「それに、被害者の血で書くなら、見つかるリスクも上がる。
事前に準備しておけば、そのリスクをかなり減らすことができますね」
「俺の言いたいこと取りやがって。
いいだろう、やっと刑事の頭になってきたみたいだな。
文字を書くだけ、それも血で。
それだけじゃ、「快楽」とは言いずらいな。
謎解きだなんて子供っぽいって笑うのは刑事として恥だぞ。
その謎解きで救われる命もあるんだからな」
謎解き…か。と川島は柊木の言葉を噛み締める。
警察が事件を捜査する時、犯人探しで謎解きを必ずしている。
なのに、「捜査」という言葉から「謎解き」という言葉に変わっただけで、まるで別のもののように思えるから不思議だ。
死体をもう少しよく見ようとした時、柊木の携帯に電話がかかってきた。
「はい」
電話を切った柊木に川島は聞く。
「なんの連絡ですか?」
「1番最初のアパートでの死体の身元が分かったそうだ。
川島、お前は被害者の家族に話を聞いてこい。
俺はここに残って、もう少し調べる」
上からの命令のなれば従うしかない。
パトカーに乗り込む前に、同行する新しい刑事に挨拶をしようと川島は思った。
仲良くなりつつあったと感じていた柊木と離れてしまうのは心もとない気持ちではあったが、その気持ちはどこかへいってしまう。
今回、同行する刑事は知り合いの中でも、とりわけ仲のいい西宮涼太郎という刑事だったのだ。
「あ、もしかして一緒?」
「お!川島じゃんか。
今回は俺の相棒としてよろしくな」
よかった。川島はそう安堵する。
あまり関わりのなかった人物と組むとなると、同じ刑事なのに緊張してしまうもの。
偶然だとは思うが、相性のいい西宮と一緒なのは幸運としか言いようがなかった。
年齢は川島と同じ27歳。
人当たりが良く、誰にでも明るいと言った印象。
川島は相手から来られるのを待つ奥手、そんな川島と西宮は相性が良かったのだ。
2人はすぐにパトカーに乗り込み、被害者の家族の元へと向かう。
被害者は渋谷付近に住んでいたが、家族は渋谷からは少し離れ、新宿の近くに住んでいた。
車で約20分ぐらいの場所だ。
時刻はもう少しで22時を回る。
パトカーを運転する川島と被害者の家族に電話をする西宮。
スマホから声が聞こえると、まだ起きていてアポが取れることに安心ができた。
もしこれが、0時近ければ、怒鳴られる可能性すらある。
「今何時だと思ってんだ!」と聞いたことがありそうなセリフを警察に向けて放つのだ。
そうなってしまうと、かなり面倒なことになる。
今回はすんなりとアポが取れたようだった。
遅い時間に、起きていて貰うというのは少し罪悪感が湧いた。
「にしても、お前、柊木さんと組まされてたんだな」
整えられてはいるが、くせっ毛が目立つ西宮の髪の毛が首を回したと同時に茂みのように動く。
運転に集中していた川島はその僅かな動きから、西宮がこちらを向いていることに気がついた。
「え?なんか不思議なとこでもあるのか?」
組まされていた、という言い方に少し引っかかった。
柊木には何かあるのだろうか?
という思考になった。
「いや、別にそういう訳じゃないんだけど。
あの人、厳しくなかった?」
「あ〜別にそんな感じはしなかったけど」
「警察署内だと意外と有名なんだけどな、スパルタだって。
噂じゃ白鷺さんと肩並べるぐらい」
「マジ?でも、本当にそんな感じはしなかったけどなぁ」
「じゃあ、丸くなったのかなぁ。
噂が流れてたのも、少し前の話だし。
あれじゃ、自分の子どもにもスパルタだったりしてね」
話をしていて、柊木に娘がいることが分かった。
柊木との会話の中で、彼の生活や家族などに自分は一切触れていなかったということに少し驚く。
自分が他人に興味がないのか、事件を追っていてそれどころではなかったのか。
興味がないわけではないので、必然的に後者側になる訳だが。
次に会う時に事件が解決していたら、身内のことについても触れてみたいなと川島は思った。
西宮と話していると、いつの間にか被害者の家族の家の前に着いていた。




