金色と幼女
「いっつ……」
鈍く走る痛みに顔をしかめながらも、黒髪黒瞳の少年――玲はゆっくりと立ち上がる。
珍しくくまの少ない瞳で周囲を見回すが、見える限りでは人の気配はない。セピアはもちろん、一般人もいなさそうだ。
「まったく、無謀なことをする奴じゃ」
と、もぞもぞと動く胸元から苦言を呈してくる声が一つ。
声の主は、ピコンと耳を立てながら胸ポケットから顔を出してくる。その顔は、セリフ同じように玲に言いたいことがあるような顔だ。
「お主が『不死身』の異能を持っていたからよかったものの」
「俺だって、あんなにあっさりと死ぬとは思わなかったんだよ……」
リィの言いたいことは十二分に理解しているだけに、玲は視線を逸らしながらバツが悪そうに返す。
そう、今でこそごく普通に会話をしているが、玲はつい数分前に死んだばかりなのだ。いや、正確には死んだ、という表現は少しばかりおかしい。なぜなら、『不死身』の異能を持つ玲が死ぬことはあり得ないからだ。心臓を突き刺されようと、頭を潰されようと、雷に打たれようと、玲が死ぬことは決してない。
とははいえ、心臓がなくなり、一時的にだが生命活動が停止したので、死んだという表現もまた正しいわけだが……。
まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく、玲はつい先程セピアに殺されたのだ。
「しかし、何だったんだあれは……」
玲は、考え込むように顎に手を当てた。
玲の、玲らしからぬおしゃれに気を付けた服装は、傷はおろか血の一つもついてはいない。あるのは、倒れた時についた小さな汚れ程度だ。そう、死んだのにも関わらず、玲の恰好は綺麗すぎるのだ。
しかし、それもそのはず。
玲の死因は、心臓をぐしゃりと一握りにされたのだ。体に手を突っ込まれたとか、そういう話ではない。ほんの一瞬。気が付いたら、目の前のセピアの手の中に玲の心臓があった。玲とセピアは、勝負にすらならなかったのだ。
「普通に考えてあんなことありえない。となると、奴の異能によるものか……」
「じゃが、エルの話によれば奴の異能は魔獣を操るもののはずじゃが」
玲の呟きに、リィもいつになく真剣に答える。
つい先日、リィの親友であるエルは、セピアに関する情報をできる限り二人に話した。その中にあったものが、セピアは魔獣を操れる、ということだった。知性のない魔獣を操ることなど本来できるわけがなく、恐らくはセピアの異能によるものだ、というエルの考察にリィも同意していたのだが……。
「どう考えれば魔獣を操る異能で人の心臓を取れるんだよ……」
玲は呻くように言った。
玲も似たような異能『魅惑の囁き』を持っている。これは、言ったことに絶対自複縦になる異能で、対象を操る、という点においてセピアの異能と似ている。しかし、決定的に違う部分がある。それが、玲の異能は声である故に言葉を理解できない者には効果がないのだ。つまり、人間の言葉が理解できない、そのうえ知性のないという魔獣を操ることはできない。
が、根本的なところは同じだろう。それ故に玲も考えるが、複縦させる類の能力で、他人の心臓を取ることなど絶対にできない。そもそも効果が違いすぎる。
「であれば、セピアは異能を二つもっているということになるのかの……」
「……もっと情報があればな」
そもそも、玲はセピアに関する情報を集めるためにセピアの前に出ていったのだ。本来情報収集は裏でこそこそ行うようなものだが、玲の場合は『不死身』の異能があるため万が一のことがあっても死にはしない。正面切って、自分自身でセピアと対峙する方が、聞くより何倍も確実で有用な情報が手に入る。と、思ってやったことだったが……。
「まさか情報を集める隙もなく殺されるとはなぁ……」
正直、あれ程までにあっさり殺されるとは思わなかったので、情報なんて集める隙も無かった。
唯一の情報が、セピアは何等かの方法で他人の心臓を手に入れることができる、ということだけだ。しかも、それだけだと余計に謎が増すばかり。
「まだ近くにいるかな……」
「また行く気か……?」
「今は少しでも情報が欲しい。特にセピアの異能に関しては」
リィはセピアは二つの異能を持つ、と仮定したが、玲にはどうもそれだけではないような気がしてならない。もっと何が、重要なことが隠されているような気が……。
そこらへんも含めて、今は少しでも多くの情報がいるのだ。そのためには、玲は自分が何回死のうと構わないと思ってすらいる。どうせすぐに取り戻す命だ。それに……。
「今は静かになったけど、奴がいつまた暴れだすか分からない。奴は、誰かを探していると言ってた。恐らくは、エルのことだろう……。奴は、エルが見つかるまで暴れ続ける可能性がある」
と、そこまで言い、玲は一つの引っかかりに気が付く。
セピアは周囲を爆発させて暴れていた。しかし、見たところ爆弾の類を持っている様子はなかったし、この先も暴れるのだとすると、相当の爆弾を必要とするはずだ。わざわざ爆弾を使ってまで暴れるとは考えにくい……。
「……まさか、爆発も異能……?」
玲は、驚愕に小さく呟いた。
何でもかんでも異能につなげるのは早計としか言えないが、それでも異能でしか説明できない程に不可解な現象なのだ。
となれば、セピアは魔獣を操る、心臓を取る、爆発を起こす。この三つの異能を持っていることになる。
「三つ……そんなことありえるのか……?」
もしくは、三つの事柄を成せる一つの異能……。
玲は考えるが、即座に中断しふるふると頭を振った。現段階では情報が少なすぎる。この状況でいくら考えたところで、聖界にはたどり着けないだろう。どちらにせよ、セピアの情報はこの身をもって得るしかない。
「しかし、セピアはどこに――」
と、玲が首位を見回した瞬間。
「――っ!?」
玲の体を、ドンと何らかの衝撃が襲った。
何かがぶつかったかのような衝撃だったが、幸いそこまで強いものではなかったため、細身の玲でも受け止めることができた。見ると、一人の小さな子供がぎゅっと玲の服を握っていた。
「ど、どうした……?」
玲は、自然と優しいトーンで語りかけていた。
玲の服に顔をうずめているのでその表情までは伺えないが、細い腕が震えているのを見るととても元気に走り回っていたようには思えない。と、いうより所かまわず爆発が起き、甚大な被害が出ているこの状況で子供が一人。どのような心境かなど、馬鹿でも分かるだろう。
恐らく、逃げる途中で親とはぐれたのだろう。
さすがは赤塚の元クラスメイトにロリコンと呼ばれるだけのことはある。縋るようにしてくる幼女に、玲は保護欲が全力で掻き立てられる。今すぐにでも頭を撫でて、ぎゅっとして安心させてやりたい衝動に襲われるが、さすがにそれをやるとロリコンでは済まなくなるので、強く拳を握りなんとか自制する。
「お母さんとはぐれたのか? 一緒に探してやろうか……?」
今は一刻も早くセピアの下へ向かうことが先決。小さな幼女一人にかまっている余裕など、どこにもない。誰もがそう思うだろう。が、玲にこんなにも弱い存在を放っておくことなどできない。余裕がないのは玲自身分かっているが、それでもだ。
ありていに言うならば、幼女一人救えない奴がもっと多くの人を救えるか、だ。
しかし、いくら玲が語りかけても、聞こえてくるのは鼻をすする音だけで一向に口を開かないし、玲から離れようともしない。怖くて言葉も紡げないか、心を落ち着かせようとしているのか、玲の声など聞こえていないのか……。いずれにせよ、ずっとこうしているわけにもいかない。
たった今かっこいいことを思ったばかりではあるが、いくらそれっぽい言葉を並べようが時間がないのは事実。玲はどうすることもできず視線を彷徨わせる。と、
「はぁ、仕方がないのう……」
そんな呆れるような声が玲の胸ポケットから聞こえてくる。
声の主であるリィは、これまた呆れるような視線を玲に送り、ポケットからもぞもぞと出てくる。玲に対して何も言わないのは、もう玲の性格を知っているからだろう。
「? どうするんだリィ?」
「こうするんじゃよ」
それだけ言うと、リィはひょいっと幼女の肩に乗り移る。
重みが伝わったのか、幼女は顔を少しばかり動かして、チラリとリィの方に視線をやる。と、可愛い子猫を見て幾分か心が癒されたのか、幼女の表情が少しだが柔らかくなった。
確かにリィはどんなに落ち込んだ時でも撫で繰り回したい程可愛い。玲も思わず頬が緩んでしまう程。その容姿を生かし、震える幼女の心にゆとりを作ったのだろう。いつもは寝てばかりで、今回何の役にも立っていなかったが、やる時はやる猫ちゃんだ。後で存分に撫でてやろう。
ここにきて、初めて幼女の尊顔を拝むことができた。
ぱっちりした目と丸い輪郭は、予想通りの童顔だ。しかし、問題なのは充血し赤くなった瞳と泣き腫らした痕。せっかくの可愛い顔が台無しになっている。
「どうしたのかな?」
玲は、先程以上に優しく声をかける。
すると、リィの作戦が上手く行ったのか、心に余裕のできた幼女が震える唇を何とか開く。
「……あっちで、へんてこなふくをきた、ちっちゃい、こわいひとが……」
「怖い人……」
何とか言葉を紡ぐ幼女は、何かを思い出したのか、何やら怖気を感じるように全身をぶるりと震わせた。見ると、顔色が先程よりも悪くなってしまっている。それを見てか、リィが注目を引くように小さく鳴いた。
幼女の話に出てきているのは、恐らくセピアで間違いないだろう。
セピアは異世界人。この世界の人間からすれば、少しばかりおかしいと思えるファンタジーチックな服装をしている。それに、玲はほんの一端を垣間見たにすぎないが、セピアの底のない狂気は幼女に恐怖を与えるのには十分だ。そして何よりセピアは小さい。幼女からすれば大きいはずなのだが、そんな幼女にもって言わせても小さい。
しかし、この幼女はセピアと会ったというのか……? あの狂気の塊のような奴が見逃すとは思えないが、関係のない幼女にまでは手をかけないということなのだろうか。
玲はリィと軽く視線を交わし、コクリと頷く。
しかし、幼女の話はまだ終わっていなかったようで、再び唇を動かした。
「それと、きんいろのおねえちゃんも……」
「金色……?」
「まさかっ!?」
幼女の言葉に首を捻る玲だが、リィは心当たりがあったのか、驚くように叫んだ。当然、肩で叫んだのだから幼女には聞こえてしまい、案の定子猫が言葉を発したことに、まん丸い瞳をさらに丸くしている。
「しまった……」
「ねこさんが、しゃべった……?」
自身の失態にまたも声を出してしまうリィだが、そんなリィの心も知らずに幼女の表情が見る見るうちにパアッと明るくなっていく。すると、可愛がっているつもりなのかリィを不器用に撫で回した。その笑みは年相応に無邪気なもので、さしものリィも幼女相手には強く文句を言えないのか、ちょ、とか、あ、とか間抜けな声をだしながら大人しく撫でられている。
「……まぁ、結果オーライか」
これくらいの年の子ならば、たとえリィをみられたとしてもさほど問題はないだろう。もし誰かに他言したとしても、子供の戯言と判断するだろうし。何より、幼女が笑顔になったので全てがオーケーだ。
「しかし、金色……ってなんだ?」
玲は撫で繰り回されるリィを見つめながら、幼女の言った金色について考える。
リィはどうやら思い当たる節があったようだが、玲には何も分からない。おねえちゃん、というからには人間であり女性なのだろう。しかし、金色、とはいったいどういう意味なのか。まさか、全身が金色というわけではあるまい。もしもそんな人物がいたとするならば、もはやそっちの方が恐怖を感じるだろう。となると、金色なのは荷物か服装か髪か……。髪?
と、そこで玲はふと引っかかりを覚える。
金色の髪。
玲は、それを最近どこかで見たことがある気がする。それも、よく。
玲は記憶を探るようにこめかみを抑えると、うんうんと唸る。玲は、他と比べれば圧倒的に記憶力がいい。しかしながら、情報量が多すぎるが故に必要な情報がパッと出てくれない。無論、思い出そうとすれば思い出せるのだが……。
「……まさか」
と、玲は遅まきながらに気づき、驚愕に目を見開く。
玲としたことが、きづくのに時間がかかってしまった。玲は自信を戒めるようにコツンと額を小突く。
金色の髪。
それは、玲がここ最近よく見てきたものだ。すなわち、エルの髪。もっと言えば、エルは瞳の色も透き通るような金色だ。確かに、金色と表現したい気持ちはわかる。
リィはとエルは親友。きっと、一緒にいた期間が長かったため、リィは金色と聞いて真っ先にエルを想像することができたのだろう。
だとすれば、だ。
幼女が言うにはエルとセピアがこの近くにいるということになる。最悪、すでにエンカウントしている可能性もあるだろう。エルがセピアの爆発に気づき、駆けつけることは玲も想定していた。エルがそういう人間であることはリィから聞いていたし、実際エルと話した玲もそう感じていた。しかしながら、これ程早いとは思わなかった。どうやら、気絶している間に相当時間をロスしてしまったらしい。
「……もし、エルとセピアが戦うなんてことがあったら」
玲は、最悪の展開を想像し、軽く身震いする。
エルの強さは、リィが言う限り相当なものらしい。玲は自身の目で見たことがないので何とも言えないが、玲よりも強いことだけは確実だろう。しかしながら、セピアもまたそこのしれない相手だ。力が強力すぎる故無条件で使えるとは思えないが、もしセピアが自由に相手の心臓を奪えるのであれば、たとえエルがどれだけの実力者でも負ける可能性は十分ある。というより、その可能性の方が高いとも言える。
――急がないと……!
玲は、頬を伝う汗の感触を味わいながら、ゴクリと生唾を飲み込む。
このままでは、エルの命が危ない……。
「リィ……」
「? どうしたのじゃ?」
玲は、リィと幼女の顔を交互に見やる。
もし、エルとセピアが戦闘になっているのだとしたら、何の役にも立たないかもしれないが玲も行くべきだ。最悪身代わりにでもしてもらって構わない。しかし、だからといって幼女をこのまま放置しておくわけにもいかない。
「……リィ、この子を頼んだ」
それだけ言うと、玲は全力で幼女の来た方向へ駆けた。
後方から何やら声が聞こえたが、今は構っている余裕はない。
玲は最大限注意を払いながら、周囲を確認する。まだ会っていないうちにエルち合流するのがベストだが、最悪の状況も考えられる……。
「どうか無事でいてくれよ……」
玲は必死に呟いた。




