論文を読んだ皇帝
俺と父は宰相に呼ばれた。他の者達は歴史映画を観ている。何故、俺と父だけが別行動なのかと不思議に思った。皇帝の執務室で皇帝からの質疑応答に答えてほしいとのことであった。
政治の駆け引きならば外交官、貿易の交渉ならば資産家、安全保障ならば将官がふさわしい。俺の父は考古学者だ。皇帝は俺達南半球の歴史に興味を持っているのだろう。
執務室前に着いた。扉が開く前に拱手して頭を下げなければならない。俺達はそれに従う。扉が開く。宰相の合図で俺達は中に入る。部屋の奥には皇帝が大きな机の席に座っている。今まで御簾の奥に鎮座していたので初めて顔を見る。威厳有る佇まいからすると俺より少し年上の四十歳前後だろうか。顔つきから察すると俺より年下の三十歳前後にも見える。
宰相が五歩手前で立ち止まる。俺と父はその後ろに止まる。皇帝は宰相に目配せすると宰相は皇帝の向かって左側に立つ。俺達の通訳をする。
皇帝は微笑んでいる。美人だと俺は思う。たとえブスであっても威厳は有るだろう。皇帝が喋り、宰相が訳す、
「お前達が送った論文を解読させて読んだ」
以前に父が書いた論文を何部か印刷して何度か北半球にパラシュートで落としたことがある。それを北半球の人達が回収したのだろう。俺達は父以外の学者達の論文も送っていた。
皇帝は父を見つめながら話す。宰相が訳す、
「お前がテオドールだね。お前の論文は面白い」
皇帝が父の名前を覚えている。俺は驚いた。父も目を大きくさせながら、
「光栄です、陛下」
皇帝はゆっくりと喋る。宰相が逐一訳していく。
南半球から届いた論文を解読すると自分達の文明の自慢ばかりをする。何を解明しどんな技術を開発しどれだけ豊かになったのか。自分達の哲学の深さを説く。敵を倒し国を建て領土を広げてきた英雄の物語を誇らしげに自慢する。
しかし父だけは例外であった。浪漫溢れるはずの考古学で人類の暴力と差別と腐敗を語る。何を壊し誰を殺しどんな思い込みを植え付けてきたのか。特に女達への迫害を遺物や遺跡から復元しながら語っていく。
これから交渉する相手に送る文章にしては悲観的な内容だ。しかし読めば読むほど父の論文には卑屈な姿勢は感じられず、奇妙な矜持が感じられる。墓を暴いてでも真実を探求する凄みが感じられる。
北半球では南半球よりも戦争は少なく、積極的に女を迫害する文化は無い。むしろ現代では女の地位が高い。しかしそれでも国と地域によっては男尊女卑の文化は根強い。皇帝・帝国という仕組み自体が家父長制そのものである。今の皇帝が女帝なのは偶然に過ぎない。
父は深呼吸をした。自分の書いた論文を皇帝が深く読み込んでいたとは夢にも思わなかっただろう。俺は嬉しくなって皇帝に礼を言いたかったが、口出しするような雰囲気ではなかった。




