北からの潜水艦
世界は広い。俺達は世界の半分も知らない。俺達人類はニ千年以上も前から世界が巨大な球体だと知っているが、北半球がどうなっているのか知らないし、確かめてもいない。赤道付近は一年中時化に襲われ、東から西へ向かう強力で巨大な海流が北方への航海を妨げている。無理に行こうとすれば難破する。飛行機で赤道を横断しようとしても激しい時化が襲う。
しかし、北半球からは時折、奇妙な物体がこちらの世界に来ては去って行く。赤道近くまで入ってしまい、難破していた商船や貨物船をその物体が拿捕して、死にかかっていた商人や水夫を助けて言葉を教わったり教えたりするのだ。一度は北半球の世界に連れて行かれて、こちらの世界に戻してもらったと証言する者が少なからずいる。
その物体は潜水艦である。俺達の世界でも俺が物心がついた頃には潜水艦が発明されていたが、北半球から来た潜水艦は遥かに性能が良い。深海に潜って荒れた赤道を往来している。一方、俺達の世界の潜水艦は船体を隠すので精一杯だ。
こちらは世界各国が北半球から来た潜水艦を拿捕して操艦している人間を捕虜にして技術を訊き出そうとしているが、いずれも失敗に終わっている。北の潜水艦は難破した民間人を気前良く助けてこちらに戻しているが、こちらの軍を警戒している。
こちらの世界では北からの潜水艦に憧れる者と利用したがる者に分かれている。北の人達を礼節を持って迎えて文化交流すべきだと考える人達が多いと同時に、生け捕りにして技術や情報を聞き出して軍事利用したり攻められる前に侵略しようと考える輩も多い。
俺の兄は侵略してでも北の文明をこちらが吸収すべきで、父は戦争を起こさない為に相互不干渉であるべきだと主張している。俺は漠然と北の人達と仲良くなれれば良いと思っている。母は北からの侵略を怖がっており、こちらの世界への干渉を嫌がっている。
俺の国・嵐の国は大陸北岸の中心部に位置しているので、赤道に近い。北からの潜水艦はラジオや新聞を通じて時々話題になっている。今日もまた俺達の軍は逃がしたようだ。俺は捕まえようとするから逃げるのだと思う。
嵐の国では戦闘機と潜水艦と軍艦を赤道付近まで行かせている。しかし今までに一度も北からの潜水艦を捕まえたことがない。
北半球には高度な文明を持った人類がいる。それだけでも俺は楽しくなる。文明人であっても俺達と同じ人の姿なのか分からない。しかし珍獣ではないのだから捕まえるという発想は野蛮ではないかと俺は思う。
北からの潜水艦を逃がした事を報じたラジオが残念そうに伝えている。父はその報道に呆れ気味な様子で聴いていた。




