父の嘆き
「所詮、歴史なんてゴミだ」
と、父は俺の前で何度も嘆いていた。何時も母はそんな父を慰めていたし、兄は冷たい目で父を睨んでいる。
父は俺達の国・嵐の国一番の考古学者だ。遺跡や墳墓が見つかると現地まで行って調査する。外国に行って一年ほど家を留守にする時もあれば、逆に一日の大半を俺達兄弟と一緒に過ごして勉強を教えている。
一方、母は保育士。母は俺達を近所の子達と一緒に育てていた。俺達が学校に通い始めた頃、更に仕事に専念した。母も家事をするが通いの使用人一人を雇って手伝わせている。
父も母も元々は貴族の家柄だったが、曾祖父母の代から没落している。嵐の国では半世紀ほど前から台頭してきた富裕層が発言権を得ている。政治家を沢山輩出している。父はその富裕層達が出資している研究所に勤務しているし、母も多額の寄付を受けている保育園に勤めている。
両親は貴族の血筋を自慢しなかったし、没落した事を恥じて卑屈になっているわけでもない。淡々と仕事をこなしている。俺はそんな両親が好きだったけれど、兄は父を敬遠していた。兄は野心家で政治家か金持ちになりたがっていた。読書したり熱心に勉強したりラジオで報道を聴いたり頑張っている。
だから時折父が歴史を呪っていると兄は父を軽蔑する。歴史は勝者の物であり、勝者が切り拓いていくものだ。兄はその勝者になりたがっている。兄には父は敗者に見えるようだ。
しかし俺は父が嘆く気持ちも分かる気がした。兄は今年で十五歳、俺は十二歳。父は昔は歴史の浪漫を語っていたけれど、最近は悲劇ばかりを語っている。それは俺達が幼かった時には傷付けまいと努力をしていただけで、本当は人類が蛮行を繰り返してきた事実を知って父は嘆息しているのだ。
太古の昔から飢餓と病はあったが、農耕が始まると更に飢饉と疫病が何度も襲ってきた。また、政治が発達すればするほど腐敗した時の反動や経済恐慌の影響は強い。資源や哲学をめぐって戦争も勃発して、多くの国は滅んだ。
歴史を振り返れば人類の殆どは理不尽な死に方をしている。文献史料だけではなく、考古学的にも証明されている。遺跡から惨殺された遺体を発見してきた父は何度も俺達の前で嘆息するのだ。
特に父は、
「女達が下らない理由で殺される」
と、暗い顔で呟く。現在、女達から参政権と公正な雇用を求める声が上がっている。昔は女達には何も権限も権利も無かった。結婚して子どもが生まなければ排除されたし、子宝に恵まれても評価されなかった。むしろ男が女を殺しても大した罪にはならない時代が続いた。
他にも父は歴史の闇を知っている。父は女に対する暴力にウンザリしているようだ。とりわけ性暴力を憎んでいる。俺には性暴力が何なのかよく分からなかったが、非常に恐ろしい暴力なのだろうと何となく感じた。
飛行機が飛ぶこの時代でも、人類は野蛮なのだろうか。




