表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

29. 王女の宣言と彼の因縁

 




「私の命を懸けて、彼――リカルド団長の無実を、ここに証明します!!」



 私の声が、王都の中央広場に響き渡った直後。

 木造の処刑台の上。

 手足を縛られていたリカルドが、激しく身をよじった。

 全身の傷から血を滲ませながら泣きそうな表情で私を見つめる。



「お前……なんで……ッ!! なんで、ここに来たんだ!!」



 自身の死を前にしても微動だにしなかった彼が、声を荒げて激昂する。

 その叫びには、どうしようもないほどの歓喜と愛おしさが混じっていた。

 それは、彼が私の命を、彼自身の命より大切に想ってくれているという何よりの証拠だ。


 私は、彼のその絶叫を全身で受け止め、泥だらけの顔で誇り高く微笑んでみせた。

 そして、太ももに差していた護身用のナイフを、彼を縛る麻縄へ躊躇いなく振り下ろす。

 断ち切られた縄がパラリと床に落ちた。



「ばーか。貴方を置いて逃げるわけないでしょう」

「……ッ、この、大バカ野郎が……!」



 私の言葉に、リカルドは己の瞳を限界まで見開いた。

 今まで一度も泣かなかった彼の目から、涙が一筋零れ落ちた。

 その時だった。

 処刑台を見下ろすバルコニーから、狂ったような叫び声が聞こえてくる。



「馬鹿な、あり得ん! 貴様、死んだはずじゃ……!!? しかも、たった十日で辺境から王都へ来ただと!?」



 戴冠式用の豪華な衣装を着た叔父、オズワルド公。

 十年間、冷酷な計算と陰謀でこの国を裏から支配してきた簒奪者。

 その彼の顔が、今、完全に恐怖と混乱で引き攣っていた。

 彼の足元には、驚きで落とした赤ワインのグラスが粉々に砕け散っている。


 無理もない。

 彼のような理性的な悪党にとって、今日の出来事はすべてが計算外の狂気だったのだ。


 死んだと報告を受けたはずの姪が、泥だらけの服で処刑台に立っていること。

 辺境で腐っていたはずの騎士たちが、身一つで突進してきたこと。

 そして何より、昼夜を問わず走り続け、この処刑に間に合ったこと。


 何よりも重装甲という常識を捨てた狂気が、叔父の論理を根底から叩き壊したのだ。



「……偽物だ! そいつは王女ではない! 反乱軍が用意した偽物だ!!」



 パニックに陥った叔父は、顔を真っ赤にして唾を飛ばし始めた。

 バルコニーの手すりから身を乗り出し、自身の盾となる近衛兵たちへと命じる。



「殺せ! その小娘も、裏切り者も、今すぐここで全員殺せ!! 邪魔する民衆がいるなら、まとめて射ち殺せ!! 誰一人、生かして広場から出すなァッ!!!!」



 そこには王としての威厳は欠片もなかった。

 ただの怯えた老人の暴挙。

 しかし、オズワルドに忠誠を誓った鉄鴉騎士団の兵士たちはその異常な命令に即座に反応した。



「構えッ!! 反乱軍ごと広場のネズミ共を一掃しろ!!」



 ガシャガシャという無機質な金属音が連鎖する。

 広場を囲む城壁の上、そして退路である大通りへ続く入口。

 そこを固めていた正規兵たちが、クロスボウや長槍を一斉に構え始める。

 祝祭の見物に来ていた数万の一般民衆ごと、私たちを消すつもりなのだ。



「ひぃぃッ!?」

「や、やめてくれ! 撃たないでくれ!!」



 広場は一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 逃げ惑う人々。将棋倒しになり、子供を抱き抱えてうずくまる母親。

 そこへ向けて、無情にも正規軍の矢と刃が振り下ろされようとした。



「どけ! 邪魔だ、下民共ッ!!」



 正規兵が逃げ遅れた老人を槍の柄で殴り飛ばそうとした、その瞬間だった。



「――てめぇらの相手は、俺たちだろうが!!」



 ――ザシュッ!!


 鈍く肉を裂く音と共に、老人の前に血まみれの影が割り込んだ人間。

 それは、鎧を持たないカシムたち――白銀騎士団の亡霊たちだった。



「……ぐぅッ!」



 防具を持たない彼らの肩や腕。

 そこに、正規軍の放った矢が深々と突き刺さる。

 それでもカシムは一歩も退かなかった。

 自分の血を広場の石畳に撒き散らしながら、背後の民衆を庇うようにして剣を構える。



「ここは俺たちが引き受ける! 皆の者、早く逃げろォッ!!!!」



 血を吐きながら叫ぶカシム。

 その彼の叫びに、逃げ惑っていた民衆たちの足が一瞬だけピタリと止まる。

 言葉はいらなかった。演説なども必要なかった。


 今、自分たちを殺そうとしているのが、新王の軍隊であり。

 自分たちの盾となっているのが、十年間蔑んできた大逆人たちだという事実。

 その真実の光景が、痛いほどに彼らの目に焼き付いたのだ。



「……あ、ありがとう……っ! あんたたち、死ぬなよ!!」



 群衆の中から誰かがそう叫んだのがきっかけだった。

 民衆たちは我先にと広場から路地裏へ退避を始める。

 彼らが逃げ去ることで、中央広場から一般人が一人もいなくなった。

 私たちと簒奪者の軍勢だけが残る、純粋で血なまぐさい戦場が完成したのだ。



「……ッ、エクラァッ!!!!」



 不意に、処刑台の上でリカルドが鋭い警告の声を上げた。

 民衆が逃げ惑う混乱に乗じ、私の首を狙って騎士たちが殺到してきたのだ。

 処刑台の裏手から、明確な殺意を持って迫ってくる黒い甲冑の騎士たち。


 その先頭を走るのは、オスカーだった。

 彼は剣を抜き放ち、真っ直ぐに私を見据えていた。

 だが、その瞳に以前のような逆賊と蔑む色は微塵もなかった。



「――自ら死地へ戻って来られたか、第一王女殿下」



 彼は静かに、ただ己の命を燃やすような悲痛な覚悟を声に滲ませた。

 私が本物のエクラだと確信していながら、彼は剣を引かない。

 オズワルドの猟犬として、そして十年前の罪に囚われた一人の騎士として。

 彼はこの狂った舞台で最後まで己の役割を全うしようとしていた。



「ならば、血に塗れたこの騎士の誇りを懸け――貴女の首を頂戴する!!」

「させるかぁっ!! 団長、受けとれぇぇ!!」



 オスカーが処刑台に飛び乗ろうとした瞬間、広場の下から雷鳴のような咆哮が轟いた。

 カシムだ。

 彼は全身に矢を受けながら、正規軍の死体から一振りの長剣を奪い取る。

 そして、処刑台へ向けて思い切り放り投げた。


 銀色の刃が太陽の光を反射し、美しい放物線を描いて私たちの頭上へと舞い上がる。

 その間にもオスカーの長剣が、処刑台に立つ私に向けて振り下ろされる。


 私の動体視力では、避けることは不可能だった。

 しかし、私の心には微塵の恐怖もなかった。

 なぜなら、私の背後には必ず守ってくれる『彼』がいたから。



「――どけェッ!!!!」



 鼓膜を破るような叫びが、処刑台の上に轟いた。

 そして、私が目を瞬いた時。

 私の目の前には、あの見慣れた広く巨大な背中が立ち塞がっていたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ