十九話
玉座の間で、槍の刃の数撃が風を裂いて唸る。それに呼応するように、アミは大地を短く踏みしめ、右に左に槍を躱す。
腕に、顔に王の槍捌きがかすめるのも構わず、アミの常人ならぬ膂力から生み出される超反応で槍はわずかに避けられる。
「研鑽は十分か」
王の槍使いは素人目にも達人の域だ。それまでほぼ一撃で敵を蹴散らしてきたアミに、決定的な踏み込みを許さず、槍先で牽制している。
アミは上手く距離を詰められず、歯を剥いた。
「卑怯ですよ!」
だが王は意に介した様子もなく、隙あらばアミの身体に槍を突き立てる。
それを、アミは辛うじて踏みとどまり、肩に伸ばされた刃先を受けても致命傷を避ける。
「一度下がれ、アミ!」
槍によってわずかに生まれたアミと王との隙間に、宗太郎は銃撃を挟む。
当然、王に銃弾が飛来するが、避けない。アミダ弾頭は王に命中する。
しかし、アミダ弾頭はその皮膚に全く食い込まない。王は痛痒もない顔をして、その薄皮に刺さった程度のアミダ弾頭を軽く払いのけてしまった。
「アミは力で、王は守りか。羨ましいな」
こうなると遠距離からの狙撃は意味をなさない。王を倒すには至近距離から狙うか、胸元に露出しているアミダ核を破壊するしかない。
アミダ核を壊す。これにはアミの力も頼るほかない。
宗太郎はすかさず赤外線をもかく乱するスモークグレネードを投げる。同時にアミは大きく後ろに跳躍して、発生した煙の中にその身を隠した。
追撃はない。王はアミを追いかけず、槍を構えて悠然と待ち構えている。
その間に、宗太郎も煙の中に入りアミとの合流をはかった。
「アミ、大丈夫か」
「はい、でも私の技量では王に近づけません。どうしましょう」
「心配ない。作戦がある。俺が奴を引きつけるから―――」
「えっ、でもそれは宗太郎さんが危ないんじゃ」
「いいから、所定の通りにしてろよ」
宗太郎とアミが小声で話している間に、スモークグレネードの煙が晴れる。
霧のように白煙が残る中、浮かび上がってきたのは宗太郎の影だけだった。
「王女はどこだ?」
王は静かな怒りを湛えるような迫力に満ちた問いを飛ばす。
宗太郎はそれを鼻で笑っていた。
「俺で十分だろ。お前の相手なんて」
分かりやすい挑発だったが、王はそれを買った。
まだ煙が残る中、演舞をするように槍を遊ばせながら王は宗太郎に近づいてきた。
宗太郎はこれに、柱を壁にしてクーゲルの銃声で応える。
「狙いは、不意打ちだろう。読めているぞ」
王は槍を振り上げる。槍を回転させ、円柱に打ち付けた。
その威力はすさまじい。槍は釘のように柱に撃ち込まれたかと思うと、反対側まで破砕して、その陰にあるものを貫いた。
柱の裏で布地がぱっと散る。
「何!?」
だが、それだけだ。柱の後ろに隠されていたのは包んだ布で他は何もない。もちろん、アミはいない。
王は戸惑い、周囲を確認するとアミはいた。
アミは柱の上、天井に張り付くようにしていた。円柱に指を埋めて身体を支え、じっと耐えていたのだ。
王が柱から槍を抜く隙に、アミは天井から跳躍する。
「ア、ミ、ダー、キック!」
かつてアーマネスの時にも見せた重力と反跳を用いた鋭角な蹴り、それが王を目掛けて跳んだ。
王は槍から手を放し、わずかに身じろぎする。
アミの蹴りは中心を外れ、王の右脇腹をえぐった。
そして、アミの足は余力もあって床のタイルに脛まで突き刺さった。
「まだまだあ!」
追撃は緩まない。距離を取っていた宗太郎が銃剣突撃のように接近する。
宗太郎は王に近づくと、銃口をアミダ核に向けた。
その瞬間、王は左手で払う。力はアミの全力ほどでないにしてもそれは鋭く、左手は刃のごとく宗太郎の右腕を切り裂いた。
鋭い一撃はたやすく宗太郎と右腕を切り離し、ぼとりと床に右腕が落ちた。
「っ!」
「宗太郎さん!」
宗太郎は声なき苦痛の声をあげながらも残りの腕でクーゲルの引き金を指にかけ、引く。狙いは狂ったが、至近距離でクーゲルの筒先が爆ぜた。
王は身体にアミダ弾頭をめり込ませ、その動きを一瞬止めた。
「宗太郎さんを、いじめないでください!」
アミはその瞬間を逃さない。王の懐にとびこみ右掌底を構えると、そのまま打ち込む。
それにより伸ばし切ったアミの右腕は王の胸の、アミダ核を打ち抜いた。
王は身体全身に電流が流れたようにびくりと反応し、それっきり動かなくなった。
「宗太郎さん!」
アミは王を討ち取ったのを確認すると、すぐに宗太郎の元に駆け寄った。
「さすがにこいつをくっつけるのは無理だろうな」
宗太郎は仰向けに倒れながら、物惜しそうに別れ離れになった右腕を見ていた。
アミに抱き起され、不器用ながらも自分のスカートの切れ端や宗太郎の服を使って切り口を塞ぎ、止血のために結んだ。十分ではないが、一時しのぎになった。
「さて後は帰るだけだな」
「はい」
アミは宗太郎を支えて、代わりにクーゲルを担ぎ、元来た扉に向かった。
扉の先を覗くと、そこには子飼いのソシアルを盾に必死に交戦するレーナの姿があった。
「あ、帰ってきたわね。指揮官ソシアルは?」
「倒したぜ。俺じゃなくてアミが、だけどな」
「何よその腕、斬られたの? 大丈夫なの」
「まあ、な。話はいい。すぐに抜け道に向かうぞ」
戦況は苦しそうだ。レーナのソシアルはかなり倒され、もう銃持ちが一体と盾持ちが二体にまで減っていた。
レーナが号令を出すと、しどろもどろに歩く宗太郎を盾持ちのソシアルがカバーして進む。敵のソシアルは目前まで迫っているが、逃げられそうだ。
アミは宗太郎をレーナに任せると、先に抜け道へのスイッチを起動させた。
「さあ、早く入ってください」
抜け道への入り口が開き、宗太郎とレーナ、それから盾持ちのソシアルと順に入る。
だが、銃持ちのソシアルはこちらに来ない。どうやら逃げる際に脚を破壊されたようだった。
「もういい、閉めなさい」
アミは躊躇しながらも、スイッチを押す。抜け道の扉は音を立てて上から下に閉まっていく。その間にも銃持ちのソシアルは懸命に応射し、まるで身を挺して殿をしているようだった。
抜け道への扉が完全に塞がり、暗闇が訪れた。
扉が閉まった時、宗太郎が口を開いた。
「扉のギミックをまた外から開けられないか?」
その問いに、レーナが答えた。
「大丈夫なはずよ。外にいたのは下級と上級ソシアルばかりだったし、スイッチを押すような知能まではないわ」
レーナが再び宗太郎の身を、アミに任せる。レーナが何をしようとしているかと言えば、また抜け道の部屋に鎮座している大型の機械を見に行ったようだった。
正直に言えばできるだけ早く帰還することに越したことはない。まだハンターやまどね達が時間稼ぎにソシアルと戦っているはずなのだ。
「俺もこのケガだ。そんな機械ほうっておいてもいいだろ」
宗太郎は自嘲気味にレーナに忠告する。
「ごめんなさい。でも、これはもしかしたら重要なものかもしれないの」
「一体、何がそんなに重要なんだ」
「待って、もう少し… …。もしかしたらね。この機械でアミを、人格を消さずにすべての終末崩壊を止められるかもしれないの」
その言葉に、アミはもちろん、宗太郎も驚いたのだった。




