十五話
昼から夜へと暮れる薄暮の中、ラクナの街はまだ危機を知らされることもなく、人の賑わいが見てとれた。
家々は電球に明かりを点け、街灯も光を放ち、太陽光とは別の淡い光に街は包まれていた。
気が乗らないと外出を拒もうとしたアミを、宗太郎は気分を変えるためだと半ば無理やり街に連れ出していた。
「オットー博士にもこの街並みを、一緒に見に来たかったです」
雑踏を避けて人気のない場所を歩いていると、アミが一言口にした。
「博士は普段何をしていたんだ」
「オットー博士はいつも自室の書斎か、地下の部屋に引きこもってばかりでした。一言目は研究で、二言目も研究で。息抜きなんてしたこともありませんでした」
「加工を行っている間のレーナも似たようなものだな。作業中は耳を貸さないって感じだ」
「そうです。ご飯を作ってあげても片付けもしない。部屋も紙くずを丸めてそのまま。お風呂にも中々入らない。困った人でした。でも―――」
アミは懐かしそうにちょっとした愚痴を言ってから、声を明るくした。
「オットー博士が新しい発見や研究の成果を話してくれる時は、別人みたいにはしゃいで楽し気にしていました。まるで自慢の収集物を見せびらかすみたいに嬉しそうにして、そんなオットー博士のことが私は好きでした」
「… …そうか」
アミはそう談笑してから、急に胸を締め付けられたかのように声を小さくした。
「私がアンインストールされれば、その記憶も過去の感情もきっと消し飛んでしまうんでしょうね」
「… …」
「なら、私は何のために今まで生きてきたんですか。消えてしまう記憶のために、色あせてしまう思い出のために生活をしてきたなんて絶望しかないじゃないですか。それならいっそ、殺されてしまった方が苦しみは少なくて済みます」
宗太郎はアミが言わんとしていることに眉をひそめた。それは人生の悔恨だ。懺悔室の前での祈りだ。聞かせる人を選ぶ悲痛の叫びだ。
「だから私は―――」
その後の言葉は聞いてはいけない。
「仲直りのことでな」
宗太郎がアミの声を掻き消すように、言葉を吐いた。
「えっ?」
「レーナだけ負担を強いるのは悪いと思って、俺なりに贈り物をしようと思ってな。ちょうどいい。この店だ」
言うが早いか、宗太郎はアミの腕を引っ張って、ブティックの中に入る。
店の中は女性用の衣類の他、バックやおしゃれな帽子も飾ってあり、物の多い喫茶店という感じの概観であった。
訳も分からず入店したアミに、宗太郎はテキパキと店員に説明をするとこれまた店員も手慣れた手つきでアミのサイズを測り、用意していたものを出してくれた。
それは紅一色のドレスであった。
「これを… …どうしてですか」
アミの様子は突然のプレゼントに驚いたというよりも、何故知っているのかという疑問だった。
「前に、赤い髪留めを買っただろう。あの時、どうしてそれに拘るのか見当もつかなかった。けどオットー博士の家に行ったとき、研究室にある写真立てが気になってみたんだ。そこにはアミじゃない。別の女性が赤い髪留めと紅いドレスをしていた」
宗太郎に言われ、アミは首肯する。やはり、関連はあったのだ。
「この女性はオットー博士と歳は離れているが、娘という感じでもなかった。推測するに若い結婚相手、もしくは愛人だったんだろう」
アミは紅いドレスの生地を撫でながら思い出深そうに話し始めた。
「オットー博士が人気のないあの家に移る前の頃、知り合ったそうです。はっきりとは言いませんでしたが、オットー博士は彼女と結婚するつもりだったようでした。ただ、そのお相手さんは若くして亡くなってしまい。その悲しみからあの辺境へ越していったそうです」
「最愛の人を亡くして、人間関係が嫌になったんだろうな… …」
「おそらく、そうでしょう。でもオットー博士は人間に似た私を拾ってくれました。面倒を見て、私に少なくない知識と思い出をくれました。だから、私はオットー博士の心の安らぎに、なりたかったんです。今更ですよね」
アミは自嘲気味に呟く。それは情けない自分を笑うようでもあり、思い出にしがみつく自分を愛おしく慰めるようでもあった。
「恩返しって奴か?」
「いいえ。私が、私の意思がそうしたかったんです」
義務でもなく、しがらみでもなく。自由な言葉でアミはきっぱりと口にした。
「そうか。ま、ともかく試着してみろよ。皆にお披露目するにしても討伐の後だろうけどよ」
宗太郎に促され、アミは試着室に身を翻す。ささやかな衣擦れの音が細身の身体を何度かなぞった後、アミはその真紅の姿を宗太郎に披露した。
まるでそれは、黄色いアブラナ畑に咲く大輪のバラのように色濃く目に焼き付いた。
「似合うじゃねえか」
きっと、オットー博士が目にしても同じことを言うだろう。宗太郎はそう確信めいた気持ちで、アミに手を携えてやった。




