十二話
ギュルテルティーアからトラックに載せても支障のない重量でアミダ細胞を積み込み。三人は先を急いだ。
山間部を抜けると、今度は一気に木々が多くなり、太い木の根を避けてトラックは更に進む。
途中、泥にトラックのタイヤがはまり込み空転することもあったが、アミの剛力によって難なくトラブルを脱して澱みなく進行は続いていく。
木漏れ日が強くなり始めたと感じたころ、ついに森を抜け。目的のものが見えてきた。
それは、周囲に森で囲まれた古びた一軒家。頑丈な石造りに苔とツルが巻き付いている。そして、塗装が剥げてベージュのまだらがついた木の板と、所々欠けている青い屋根も、同じく家の古さを演出している。
「帰ってきました。もう、帰ってこれないと思いました。懐かしいです」
アミに訊くところによれば、単身荷物も持たないで故郷から抜け出したのは約一か月前のことだそうだ。郷愁の念を感じるには十分すぎる時間の経過だろう。
トラックから降りると、アミは玄関までの階段を駆け上がり。鍵のかかっていなドアを開き、言うのだった。
「ようこそ。わが家へ」
招かれたからには宗太郎とレーナは遠慮なく入らせてもらうことにした。
中に入ると、中も古風に出来ているという感想が頭に浮かぶ。吊り下げられた屋根付きのランタン、こじゃれたインテリアみたいな机と椅子複数、狩りをしたのか壁に掛けたシュトラウスの胸像など。電気も娯楽も無縁な家にぴったりの装飾達だった。
「調べものは夜が来る前にすました方がよさそうね」
お世辞にも明るいとは言い難い屋根付きのランタンを試しに点灯してみて、レーナは言った。その明かりは、ひどくさびしげに瞬いていた。
三人は簡単な荷解きを終えると、さっそく目的のものを探すことにした。
「まずは、書斎からだな」
宗太郎とレーナはアミに案内されて二階に上がる。
書斎を開くと、そこには予想通りというか。右と左を本棚に囲まれた質実剛健な部屋だった。唯一の飾りは意匠が彫られたデスクくらいなもので、それさえも本棚に入れきれなかった書物が山積みにされている。
アミには休憩を取らせ、宗太郎とレーナはそれぞれ探索を始める。
まずは、ざっと書物に目を通す。
「ソシアル解剖図録、社会アミダ生物形態論、グレイのソシアル学、やはりというか。ソシアルの専門書が多いな」
「こっちは動物磁気についての本もあるわ。疑似科学の書物もたくさん。これを参考にしたなら、きっと学会でも異端の学者だったのでしょうね」
レーナの言葉に、アミはやや不服そうな顔を見せた。
それを無視して探索は続行される。今度はデスクの方だ。
「研究書でもあればいいが… …」
宗太郎がデスクを見渡すと、デスクの上に一際使い込まれた本が置かれていた。
「これは、オットー博士の日記か」
日記を開き、大まかに呼んでいく。中には日々とれる農作物の話や狩りに出かけて出会ったアミダ生物のことばかりだったが、いつのまにかアミの記述もされるようになっていた。
アミについての日記は以下の通りであった。
○月○日晴れ。
シュトラウスを狩りに東の森に入る。しかし、珍しいことにシュトラウスも他のアミダ生物も見かけず、ついつい東へと行き過ぎた。そこで、非常に奇妙なソシアルと出会うことになる。
最初は草むらに人が倒れていると思い近づいたところ、胸にあるアミダ核からそれが人の造形にかなり酷似したソシアルであるとわかった。私は眠るように動かないこのソシアルを家に連れ帰り、様子を見た。
一向に眠りから覚めないように思われたので、私は命令回路のアンインストールとインストールを試してみることにした。これは昔の知り合いの加工屋が試していた再起動方法であったからだ。
試したところ、そのソシアルは動き出した。彼女は何も覚えておらず、ひどく動揺していた。おそらく再インストールしたのが原因だろう。
私は彼女にアミという名前を付け、私が造りだしたと説明して落ち着きを取り戻すように努力した。
しばらくは、彼女と生活する必要があるようだ。
と、書かれていた。これがアミについての最初の日記だった。
それから、ほとんどのことを覚えていないアミに自然のこと、アミダ生物のこと、昔の家族のことについて語ることが嬉々とした語り口で書かれるようになった。
オットー博士も独り身で知らず知らずコミュニケーションをとる温かさを忘れていたのだろう。アミを通して人と接する喜びを思い出している節があった。
そんな喜びの日々も、唐突に終わりを告げた。日記の新しいページを開くと、そこは白紙であった。
最後の日付は一週間前、身体の調子が悪いことと彼女にアレを伝えるべきかという記述が最後だった。
「オットー博士は私に何も言わなかったのです。身体の調子が悪いことも告げず、朝起きて起こしに行くと既に息を引き取っていました。私は悲しくて、悲しくて、三日間泣き続けて、オットー博士に教えてもらった通りお墓に、奥さんの隣に埋めてあげました」
アミは眼を伏せたまま、そう言った。
宗太郎は日記を再度開きなおして確認するも、アレが何なのか書かれてはいなかった。アミに語るべきか悩んだことはおそらく、今回の襲撃騒動に関連があるかもしれないのに、見つからない。
もし、襲撃騒動の原因が単にアミが指揮官ソシアルであり、それを取り返しに来たのならばオットー博士も襲われているはずなのだ。
「書斎にはこれ以上めぼしい物はなさそうね。アミ、他にどこか調べられそうな場所はない?」
「ええと、そういえば地下に、オットー博士が絶対に入ってはいけないと言っていた場所があります」
「そこに行こう」
書斎を出て、三人は階段を降りる。その際、ふと宗太郎は気になることを訊いた。
「オットー博士はお前を目覚めさせる前に再インストールしたってことは、昔のアミは、死んだってことだよな。何か思うことはないのか?」
アミは意外なことを訊く、という感じにキョトンとしていた。
「私は、私が生まれたのはその時だと思ったんです。昔の私には悪いけど、私はオットー博士との出会いが嬉しすぎて気になんてならなかったんです」
葛藤はいくらあれど、喉元過ぎてしまえば関係は無くなる。昔のアミを軽視するようだが、それが現実だ。
だからと言って、今のアミは再インストールされることを良しとはしないだろう。
地下のオットー博士に禁じられた部屋にたどり着くのはすぐだった。だが、部屋にはカギがかけられ、ピッキングの技術がない三人には到底開けられそうにはなかった。
もちろん、壊さずにという意味である。
「アミ、頼めるか」
「はい、オットー博士の言いつけを破るんです。私がやります」
アミは扉のノブを握ると、容赦なくひねる。すると、ノブはあっさりと壊れ、留め金のなくなった扉は幽霊みたいに独りでに開いた。
中は、凄まじい様子だった。
部屋の床には乱雑に散らかった紙が山のように積もり、どれも数式によって黒ずみ灰の山と見間違うほどだった。数式の書かれた紙は床だけではなく、壁にもピン止めされ、重要そうな部分には大きく何重にも丸がされている。
「研究は、書斎でしているとばかり思っていました」
「ああ、どうやら本当の研究はこちらでしてたみたいだな」
研究室にもデスクはあり、そこにも山のように重ねられた研究書の束が鎮座していた。
宗太郎とレーナは早速研究書の解読に入り。時間をかけ、その一枚一枚を紐解いていく。
数時間は経っただろうか。宗太郎とレーナが互いに難しい顔をして見合わせた時、すでに答えは出ていた。
先に何か言おうとしたレーナを制し、宗太郎が話す。
「アミ、落ち着いて聞いてくれ。このままではアミは死ぬ。おそらく、俺たちも含めてだ」
出された答えに、アミは大きな目を更に見開いた。
それは地下の階段から差す日光がまもなく陰り、日が沈む頃のことだった。




