十一話
朝露に濡れた草が地平線から昇ってきたばかりの日に当たり、鏡のように反射している。山肌はその白さをむき出しにし、空気の冷たさに鋭さを磨かれているようだった。
霧も晴れぬ中、テントから女性二人が起きてきた。アミとレーナだ。宗太郎はと言うとトラックの助手席を後ろに倒して寝ていたが、既に起きてテントの前の焚火を再点火して待っていた。
アミは比較的元気そうな一方、レーナは陰気な顔つきをしていた。
「… …寒いわね」
「冬も近いからな。焚火に当たりなよ。少しはマシになるぞ」
「うん」
レーナはいつもより幾らか素直に宗太郎の言い分を聞き、焚火の近くに腰かける。そして、宗太郎が準備していた朝食代わりの携帯食をもぞもぞと食べだした。
アミも晩飯と同じソシアル用のブロック食品をほおばり、前と同じようなリアクションをしていた。
しばらくアミとレーナが食べ終えるのを待って、宗太郎が会話を切り出した。
「それで、ギュルテルティーアの件だが一晩寝ていい案は浮かんだか」
「いい案も何も、宗太郎は一度ギュルテルティーアを狩猟したことがあるんでしょ。そちらこそ名案の一つや二つあるでしょ」
「だから、あの時は運が良かったんだって」
宗太郎はアミにも分かるように概要を話し始めた。
ギュルテルティーアは体格もさることながら、上半分の皮膚は岩のように固く、アミダ弾頭を通しにくい。下半分は弾頭を通すが、アミダ細胞の量と質を考えれば弾薬を撃ち尽くしても倒れるかは怪しい。
一番の方法はアミダ核を狙うことだ。しかし、これもまた困難を極める。何故なら、ギュルテルティーアのアミダ核は口の奥にあるうえ、多数の太い舌でアミダ核を守っているからだ。
宗太郎が遭遇したギュルテルティーアは他のハンターによって舌を破壊されていた上に、脚も数本失っていた。宗太郎が狩猟できたのはそのままアミダ核を狙える好機が到来していたからに過ぎない。
他にも、ギュルテルティーアは自分の脚を十分に制御する命令回路はなく、突進は速くても、旋回が遅いという弱点もある。頭が弱いので威嚇のために口をよく開けるため慣れたハンターなら、その隙をつくことができる。
宗太郎も運よく舌のない口を開けたギュルテルティーアのアミダ核を狙撃し、難を逃れることができたのだ。
「だったら―――」
レーナは興味深げに話を聞き、提案した。
「だったら、私の手伝いがあれば可能かもしれないわね」
抜け道に流れ込んだ風は強く、そこを歩く宗太郎の首元を寒気が撫でる。
宗太郎は寒さに首を震わし、肩を縮こませて、歩みを止めず北に向かっていた。
その歩みは遅い。何故なら、宗太郎はいつものクーゲル以外に重い荷物を持っている身体。
それは四連ミサイルランチャーのアミダ兵器だ。加工により、元の、アーマネスが所有していた頃よりも縮尺されているため宗太郎にも持てる大きさになっている。
加工したのは隠す必要もなく、レーナだ。アミが狩ったアーマネスの四連ミサイルポッドを加工し、今回の旅にもソシアルに持たせるつもりで持ってきたらしい。物騒な話だ。
しかし、備えあれば憂いなし。これだけの火力があればギュルテルティーアの舌を破壊するどころかアミダ核までも破壊できるかもしれない。
宗太郎は近づくにつれ、四連ミサイルランチャーを構え、今か今かとギュルテルティーアの反応を待つ。
「… …きやがった」
目を凝らす必要もなく、大地が揺れ、視線の先に巨体が動き出していた。
ギュルテルティーアだ。六つの節足を地面に叩きつけるようにせわしなく動かし、両目の複眼で宗太郎を捕らえ駆け出している。
宗太郎は後方を確認し、ミサイルランチャーをしっかりと構えなおす。慌ててはいけない。十分に引き付けてから撃たないと外してしまう危険があるからだ。
抜け道は細く、狭い。引き付けて狙えば、慣れない武器でも決して外すことはない。
ギュルテルティーアの巨躯との間が百メートルを切った。
「キュオオオオオ―――」
ギュルテルティーアが雄たけびとばかりに鳴き声を上げる。チャンスは来た。
宗太郎はミサイルランチャーの狙いを口の中に絞り、引き金を引く。トリガーを引かれた途端、四連装のミサイルが、順々に発射され、ギュルテルティーアの口内目掛けて殺到した。
そしてミサイルはギュルテルティーアの口で着発した。
「おっし」
爆発による煙が晴れると、狙い通り、ギュルテルティーアの舌が破壊されてアミダ核が露出した。とはいえ、舌の根元までは破壊されず、アミダ核がはっきりと確認できるほどではない。
必要最低限のダメージを与えた宗太郎に、怒りのためか突進を緩めないギュルテルティーアが迫る。
宗太郎は惜しげもなくミサイルランチャーを捨てると、代わりにクーゲルを構える。
狙いはギュルテルティーアではなく。自分の頭上だ。
クーゲルから、新たに新調されたワイヤーアンカーが発射された。数メートル先の岩肌に着弾すると、ワイヤーが巻き取られ、宗太郎は天高く飛んだ。
宗太郎が高く跳躍した後、ギュルテルティーアはその下を猛然と駆け抜けていく。作戦の一段階目は終了だ。
ギュルテルティーアはそのまま回廊の先を抜けて、開けた草地に出た。
「今よ!」
レーナの合図とともに、三方から銃撃が始まる。それはレーナのソシアル二体三組による包囲攻撃だった。飽和攻撃はそれぞれギュルテルティーアの口を狙い銃弾が殺到する。
ギュルテルティーアは痛痒な攻撃に身もだえし、手短なソシアルのタッグに突貫をしかける。
けれど、そのソシアルらは左右に展開して容易く危険を脱した。
ギュルテルティーアは左右どちらを追いかけるか迷いつつも、不器用な六本脚を世話しなく動かすが反応は遅い。結果、再びソシアルに距離を取られてそれを追いかけるいたちごっこを演じている。
これで、二段階目は成功だ。後は、アミダ核をどいつかが破壊できれば完了だ。
だが、作戦は中々うまくいかない。ソシアルはギュルテルティーアの正面に立てないため、自然とアミダ核への狙いが困難になる。かと言って、正面に立てば巨体の餌食だ。
そうしてソシアルが手をこまねいているうちに、非常事態が発生した。
「わわわっ! こっちこないでよ!」
ギュルテルティーアは突如進路を変更すると、その方向にはアミとレーナ、更にソシアルに命令を出すための無線機持ちのソシアルが隠れている茂みへと向かった。
事前命令がされているソシアルと違って、後方に待機して物見遊山だと構えていたレーナたちの動きは遅く。対応できていない。
慌てているレーナに、ギュルテルティーアが、迫る。
「チェ、チェストオ!」
宗太郎はアミにあらかじめに命令していたことがある。
それは二つ。レーナを守るために傍にいること、そしてギュルテルティーアに攻撃を仕掛ける勇気があるならば、決して上部部分を狙わず、顎か節足を狙うことだ。
アミはその二つの命令に殉じて、動き出す。
まず最初の一撃はスピードが乗りきっていないギュルテルティーアの鼻先、より下からハイキックをかちあげる。アーマネスを打ち破ったその脚力は衰えなく、ギュルテルティーアは面食らって身体が弓なりに反った。
続いて、アミは追撃をする。右の節足に向けて低いローキックを繰り出し、足を払った。
脚の動きの複雑なギュルテルティーアはそれだけで簡単に転倒した。
宗太郎も、アミの活躍をただ見ているわけではない。ギュルテルティーアが宗太郎の下を通過するのを待って、既にチャンスを待ち構えて後ろに待機していた。
千載一遇のチャンスは今、宗太郎はギュルテルティーアの身体を駆け上ると、口に向かう。右側面を踏んで駆けている際も、ギュルテルティーアは身体を起こそうともがいていた。
宗太郎が左の口角にたどり着くも、ギュルテルティーアは今まさに全身を起こすタイミングだった。
「これで」
口角の隙間に、クーゲルが差し込まれる。宗太郎は頭の中でアミダ核の位置を逆算し、見えぬまま、クーゲルのトリガーを握った。
「終わらせる」
山間の冷たい空気にアミダ弾頭特有の乾いた音が響き、鈍い命中音と、ガラスが割れるような高い音が鳴る。
身体を起こそうとしていたギュルテルティーアは力なく、その身を地面へと横たえ。そして完全に沈黙した。
宗太郎はギュルテルティーアの口内からクーゲルを引き抜く。そこにはギュルテルティーアの唾液でべとべとに汚れているクーゲルの姿があった。
「うえ、ばっちい」
宗太郎はクーゲルについた分泌液を払い。自分が狩ったギュルテルティーアの亡骸を見た。
もし、ギュルテルティーアを食べられるなら、こいつはそうとう食いでがありそうだ。と、アミを見ながら思った。
当のアミは二回目の狩猟に、今度は全身を使って喜びを表しているところだった。




