十話
太陽が中天にある頃、一台のオフロードトラックが荒野を走る。走った後には砂塵が舞い散り。草木は少なく遮蔽物もないこの場所は、走行に不便することはない。
欲を言えば休憩する木陰も少ないくらいで、ドライビングは快適であった。
ただし、懸念事項もある。
「車運転できるって言った割には、さっきから揺れがひどいのだけど!」
「運転できるとは言ったが、車は車でもこんな大型車じゃなくてもっと小型のだって言っただろ。事故起こさないだけでも感謝してくれ」
運転席には宗太郎が、助手席にはレーナが座り、後部座席には心配顔なアミがシートベルトで縛られたみたいに椅子に張り付けられている。
「私、車乗るの初めてなんです。もっとゆっくり走ってくれませんか」
「馬鹿言え、ちんたら走ってたら日が暮れる前にイエロー山脈を越えられないだろ。我慢しろ」
「ひ、ひええ~」
現在向かっている場所はオットー博士の住居、アミの故郷だ。アミが話すところ、オットー博士の住居に行くにはイエロー山脈を越えなければならないそうだ。
そこはまさに人里離れた隠者の住処、人格を有したアミが現在まで誰にも知られることがなかったのも納得の僻地である。
さて、山道を超えるのにトラックで大丈夫かと考えるが、抜かりはない。アミに訊くところ、イエロー山脈には切れ目があり近道になる通り道が存在するのだ。
ソシアルであるアミであっても、単身山脈を越えるのは難しかったらしく。オットー博士の教えの通り街に行くため、抜け道もあらかじめ知らされていたそうだ。
アミが通った感じ、道幅は車一台が通るには十分なスペースがあり、トラックでも問題ないとお墨付きが出た。信じてもいいだろう。
「もし途中で通れないとしても、シュトラウスとソシアルに荷物を運ばして軽い登山も、悪くはないわよ」
とレーナが言うように、腹案もあるのでたどり着くだけなら大丈夫だ。
宗太郎は話を聞きながら、ふと尋ねる。
「今更だが、よくレーナも付いてくる気になったな。頼んでも来てくれるか怪しい。というか無茶な相談とも思ったんだが」
「当たり前じゃない。あんな可愛い素材に頼られたなら、ほっとけるわけないじゃない。正直、宗太郎が嫌だと言っても私は後ろ髪を掴んででも付いていくつもりよ」
レーナはそう豪語した。
「それに私の貸した車や装備なしでどう山を越えるつもりなのよ」
「時間はかかるが、シュトラウスでもいけない距離じゃないだろ。後はどうにかなるさ」
「呆れた。そんな気構えで山越えするつもりなんて、山を舐めるんじゃないわよ」
お前は山についてそこまで詳しくないだろ。と宗太郎は心の内で訴えつつも、確かに行き当たりばったりだと己を自嘲する。
そのまま車を駆ること数時間、特にトラブルもなく、イエロー山脈のおひざ元までやってくることができた。
アミの指示のもと、山脈を沿うように西へと走っていくと、山脈の切れ目が見えてきた。
抜け道と言われるだけあって、山肌に隠れるようにあるその道はあらかじめ気づかなければ見落としてしまいそうな細い道だ。トラック一台通るだけで精いっぱいといったところだろう。
「途中で道幅が変わったりしないだろうな?」
「大丈夫です。見た感じ問題ないです」
感覚的かよ。と宗太郎は嘆息をつきつつも、ハンドルを抜け道の間に滑り込ませていく。
道幅は、車体を擦るほどまで迫ってはいないものの、宗太郎はハンドルさばきに神経を使った。長い手足があれば山肌に手が届きそうなほど道幅は近く、岩の回廊は大蛇の臓腑のように曲がりくねって先が見えないのだ。
苦戦すること数分、案外抜け道は短く、山脈の反対側であろう森の木々が視界の先に入ってきた。
「もうすぐだぞ」
期待に満ちた宗太郎の声は明るく弾む。
しかし、急に甲高い鳴き声が空気をたわませ、宗太郎の声を遮った。
「キュオオオオオ―――」
何だ何だと辺りを見回してみれば、正面から巨大な生き物が接近してくるのが見えた。
体格は大型バス一台分ほどもあり、目は昆虫のような複眼、クジラのような胴体と頭に大きな口、脚部はこれも昆虫のような節足の六本脚だ。
どう観察しても自然の産物ではないそれは、アミダ生物だった。
「ギュルテルティーア!? ここは奴の縄張りなの!?」
レーナが叫び、宗太郎はトラックのスロットを手早くバックに切り替える。
ギュルテルティーアは宗太郎たちに戦意がないのもお構いなく、正面衝突のコースに入っていた。
急スピードでバックしたトラックは案の定、車体を岩肌に擦り付ける。だが、傷を構っている暇はない。トラックは岩の回廊を引っ掻くように後退していく。
トラックは後退しつつもそれなりの速度を出しているにも関わらず、ギュルテルティーアとの距離は開くどころか埋まっていく。狭い岩の回廊もギュルテルティーアは無理やり身体をうねらせて、お構いなしに近づいてくる。
ギュルテルティーアがついにフロントガラスいっぱいに広がったとき、やっとのことで岩の回廊を抜けた。
そのままトラックは荒野を駆ける。一目散だ。
ところがギュルテルティーアはというと、岩の回廊を出たところで突進の迫力は衰えていた。
そして、ついには興味が失せた様に踵を返し、岩の回廊へと引き返してしまった。
「か、回廊までが奴のテリトリーみたいだな」
宗太郎はスロットをドライブに戻し、一息つく。振り返ってみれば、レーナもアミも戦々恐々として凍り付いてしまっていた。
これは厄介なことになったぞ。と宗太郎はハンドルの上で腕を組む。
見上げた空は既に赤く染まり、時刻はまもなく日暮れとなろうとしていた。
もう時間も遅く、今日のところは回廊より離れた荒野でキャンプすることにした。
荷台から野営するテント、食事のための飯盒と小型の鍋とレトルトカレーのパックを各自用意した。
「私、外でお泊りなんて初めてです」
アミはテントをたてるのも初めてなのに、宗太郎が教えた方法を渇いたスポンジのようにすぐ吸収し、正確に組み立てていく。飲み込みが良くて、助かる。
逆にレーナは何もせず、というより作業は全て子飼いのソシアル七体に任せてしまい。指示を飛ばしているだけである。
作業効率は確かに良いのだが、少しばかり不公平である。
「自分ではやらないのかよ」
「ふふっ。真の賢きものは自分から手出しする必要もないくらい能率的に事を進めるのよ。宗太郎もソシアルを持てばいいのに」
「仕事には手が足りてる。それに店番も一人でこなせないようなガラクタは要らないっての」
捨て台詞のように吐いた言葉に、より反応したのはアミの方だった。
「宗太郎さん! ガラクタ扱いは流石にひどいんじゃないですか!」
「お前のことじゃないっての。話をややこしくするな」
そんな雑談を繰り返しながらも、用意は順当に整った。
料理は、レトルトとはいえレーナのソシアルに任せるのは気が引けたため、何故か宗太郎が中心にすることになった。
「こういう場合、女性が甲斐甲斐しくやってくれるものだろ」
「仕方ないじゃない。私はいつもデリバリーに頼ってるんだから」
「おいおい、デリバリーばかりの生活は健康に悪いだろ。一度うちのばあちゃんの食事を食いに来てみろよ。味は保証するぞ」
「い、家に来いって。それにおばあさまにご紹介って、早すぎるでしょ!」
「は? 食事するのに早いも遅いもないだろ」
宗太郎はレーナの言い分にさっぱり見当がつかない。
アミはどうやらまどねのところで料理に自信をつけたのか、手伝う気満々だった。
「張り合いがないと思うが、アミはレトルトカレーを煮てくれ。説明書通りにすれば温まるからよ」
「はい! はい! 万能ソシアル、アミにお任せください」
アミのテンションがいつもより高い。まどねのところで料理というものをいたく気に入ったのだろう。ただのレトルトなのに手作業が毅然として早い。
宗太郎は持ち寄った水で米を軽く洗い。飯盒の中に入れる。更に飯盒に水を加えて、米がひたひたになるくらいにする。
後は飯盒を火にかけ、半刻ほど待つ。できれば火にかける前に半刻水に浸した方が芯のないおいしいお米になるのだが、今回は省く。
時間が経ち、飯盒を火からおろした後はすぐ開けず、十分ほど新聞紙にくるんで蒸らして置く。新聞紙を使うのは熱が逃げないようにするためだ。
こうしてできた飯盒飯は、開けてみると湯気の中から粒々の白い宝石のようなお米が登場する。多少芯は残るものの、しっかり蒸らしたので丸々ほくほくとしたお米に仕上がった。
アミが真面目に監視していたレトルトカレーのパックも十分に温まったので、更にご飯を盛りつけ、レトルトカレーをかけて準備はできた。
「いただきます」
「いただくわね」
「いただきます!」
一番元気よく食事のあいさつをするアミダが、手に持っているのはソシアル用の食事だ。
レーナのソシアルが食べているようなブロックタイプの保存食みたいな食べ物で、食べこぼしを防ぐために寒天のような触感になっている。正直、とてもおいしそうに見えない。
それでも、アミは子供が大好物のお菓子をほうばるように喜々としてブロックを口に運ぶ。噛む音は寒天風にも拘らず噛み応えがあるようで、ポリポリときゅうりを口にしたような音感が聞こえている。
「うまいのか? それ」
「おいしいですよ! 少なくとも私がオットー博士のところにいた時は自生していたハーベストを丸焼きにして食べてましたから、こうやって加工された食事は珍しいんです」
「ハーベストの丸焼き… …」
あの芋虫のような外見から、丸焼きは想像したくないような映像だ。カレーを食べる前にあまりよろしくない話を聞いてしまった。
「おいしいわよ。これ」
レーナの方は研究者故か生理的に無理そうな話も構わず食事をしている。こちらもアミに負けず劣らず目を輝かして、艶やかな白米ととろみのあるカレーを口に運んでいる。
「白米にひと手間かけるだけで電子レンジで炊くようなレトルト商品より一味も二味も違う。分かっただろ。その場で料理をするだけでこれだけ違うんだ。そのうち、まどねの料理も食べに来いって」
「… …しょうがないわね。考えておくわ」
レーナは渋々ながらそう言うと、残りのカレーも黙々と食べた。
宗太郎も二人に続き、カレー皿にスプーンをつける。まどねの料理とは比べるべくもないが、これはこれで旨い。ちょうどよい辛さと白米のまろやかさのハーモニーが舌の上で転がり、絶妙な組み合わせになっている。
三人はそうして晩飯を平らげ、明日に備えて早めの就寝に入ったのだった。




