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fragment (魔女の森と吸血鬼)

「うぐっ!」


 馬車から放り出される女性……来ている服はこの世界においてはそれなりに高価と言える服である。ただ、服は使い古されボロボロになっておりあまり洗った様子もなく汚れが酷い。しかし服自体の質は良い。その点において服装のちぐはぐさが見える。

 また、放り出された女性の容姿もまた服装と比べると少し妙に思える。いや、むしろ服の質、良さを考えると容姿と服は合っているともいえるだろう。女性の容姿は美人と言ってもいいくらいのものだ。髪もこの世界の住人の中ではとても綺麗で肌の状態も良い。一般的なこの世界の住人ではこうはいかないだろう。明らかに貴族のような上流階級の人間であると推測できてしまう。

 しかし、そんな女性が酷い服装で、馬車から放り出されるということは一体どういうことなのだろうか。


「ふん! 役に立たない娘だ」

「っ…………お父、様」


 放り出されたから……というのもあるだろう。しかし、弱弱しく、苦しそうに息を吐いて女性は体を起こす。女性の身体能力ではそのような体の動作ですら苦労し疲れを感じるものだった。役に立たない娘、彼女は父親にそのように言われるような存在である。上流階級、この世界においては貴族階級に値するその一族の娘であるのだが、役に立たないとはつまり嫁に出すようなことができないということ。どこかの側室、妾にすら女性はなることができない。それほどまでに女性の体が弱いものだったのである。

 病弱、虚弱と呼ばれる生来の体質。子供の頃はその体質があまり表に出ることはなく、比較的病気になることが多い程度だったが大人になるにつれ徐々にその虚弱さははっきりと見え、また体をむしばんでいった。そして子供を産む体力もなく、性行為すら彼女にとっては消耗が大きくまともに行うことができない。動作が少ない物であればまだできるかもしれないがそんな女性にどれほどの価値があるか。


「これでお前とは縁を切る。いや、お前はここで死ぬことになるのだから縁を切る意味もないな」

「そ、んな……」

「ここは魔女の森だ。お前は魔女に攫われ怪しい儀式の生贄にされた……お前が攫われるのを目撃した"証人"もいる。そしてその"証人"の証言をもとにこの森に魔女を討つために攻め入る。そういう筋書きにするらしい。おお、最後の最後で我々の役に立ってくれたな。実に我が娘として誇らしいぞ?」

「っ!」


 彼女はここで捨てられる。殺されはしない。ただ、森の中に捨てられるだけで彼女にとっては致命的である。そしてここは魔女の森と呼ばれる特別な森であった。目撃者は少ないがこの森には魔女がいて、その魔女が何かをしているという話。この森では獣も他に類を見ないような特殊な動きをしていたり、他の場所では見ないような植物や木々、果実があったりなどかなり特殊なものとなっている。

 しかし、そんな森で活動することはなかなかできず、森に入り込むとなぜか入り口の戻されるという事態が起きる。気が付けば入口に戻っていた……一瞬で入口に戻されるとかではなく、普通にまっすぐ進んでいたつもりなのにそうなっていたということであるらしい。それが魔女の目撃談からも魔女の存在を証明するようなものとなっている。

 そんな場所に女性が一人、しかも虚弱で動きまわるのにすら苦労するような女性である。先ほど馬車から放り出された時点で打ち、身体を痛めているというのに、そこに暗い森の中、歩きにくいしい虫や獣の類もいる彼女のような他に対する抵抗力の低い者にとっては全てが命の危険と言ってもいいくらいの場所である。


「それではな。もう二度と会うこともないだろう。せめて苦しまずに死ねるといいな?」

「あ…………」


 その言葉を最後に彼女の父親が乗った馬車が去っていった。ぽつんと彼女は森の中に残される。


「……っ、だめ、泣いたら……そんなこと、している場合じゃ、ない………………」


 泣くことはとても体力を使う。それゆえに泣くことはできない。泣けばこの場から動く体力もなくなる。森から抜け出ることもできない。たとえ、たとえ抜け出すことができないくらい自分の体が弱いとしても、彼女は生きることをあきらめるつもりはなかった。


「…………役立たず、か」


 今まで親に恩を返すことはできていない。自分の虚弱さを知っても、利用価値がないとわかっても、たとえ愛情が失われていたとしても、それでも何かに使えないかと彼女は育てられてきた。今まで彼女が生きていたのはそのおかげだ。そのこと自体は彼女にとっては大きな恩である。今ここで死んで恩を返す……それは少し違うと考えている。そもそも、捨てたのは向こうであるのだから恩を返す必要はない。


「…………さようなら」


 去っていった父親に対し、それを別れとして、恩も含め全ての縁を失くしたとして、彼女は告げた。




 と、そんなことをしているが感傷に浸っている暇はない。彼女は森の中をゆっくりと歩く。体を動かすだけですら彼女にとってはかなり体力を使う一大事。どれほどまでに虚弱なのか、ちゃんと成長はしているのに妙に彼女の体は虚弱である。生命力がない、体力がない、消耗が大きい、疲労が大きい。その割に怪我はあまりしないという奇妙さ。痛みは酷くても怪我はしにくい。病気にはなりやすいがずっと病気にかかるわけでもない。根本的にその虚弱の要因がわからない。


「はあ、はあ……はあ、はあ……」


 しかし、そんなことは今は重要ではない。わずかな動き、少しばかりの動き、それですら体力を大きく消耗して疲れ果てる。森から抜け出ることなど到底かなわないというような、そんな状況である。そしてどんどん森は暗くなっていく。捨てられた時はまだ日も高かったが、徐々に徐々に沈んでいっていた。森の中で獣にであるようなことはなく幸運ではあったが、しかし森から抜け出ることは叶わない。そもそも今いる場所がどこなのかもわからない。いったいどこが森の入口、森の境なのか。魔女がいる、入口に戻されるという話だから進んでいれば確実に入口にたどり着けるだろう……そう思っているのになぜかつかない。移動距離が短いからか? それとも道がわからず迷っているからか? あるいは噂は噂でしかないのか? 理由は不明だが、結局彼女は進むしかない。


「あかり?」


 疲れ果て、意識も朦朧としてきたなか、何かの明かりをみつける。暗い中にポツンと光る明かり。まるでそれに誘われるように彼女は灯りの方に向かう。


「すすむ…………はあ、はあ、はあ……………………あ」


 どさり、と彼女は体を地面に倒した。体力がなくなり、もう動けないというくらいだ。辛うじて意識はまだ残っている。地面に倒れた痛みもあり、それが体力が切れた彼女の意識をギリギリで留める要因となったのだろう。


「……………………う」


 しかし、意識があったからと言ってそれが救いになるわけではない。体が動かない、動けない。そのままその場に倒れたまま、意識を失い……この森で命尽きることになる、そんな絶望的な状況だ。


「あら? かわいい女の子。こんなところまでくるなんて珍しいわ」


 そんなときに、声がした。女性とは別の、何者か。声の主もまた女性である。


「ああ、これは酷い。誰がこんなふうにしたのかしら。むしろ良く生きていたわね? ああ、でももう死んでしまう、これで終わり」

「…………っ」

「ふうん? へえ、まだ生きている。まだ死んでいない。なかなかじゃない? ここまでくる資質もあり、それも大きいわ。ああ、なるほど。それが要因かしら? 普通なら十歳くらいで死ぬでしょうに、よく今まで生きていたわ。でも、もう流石にこれ以上は無理みたい。全身を蝕んで、救いようがない……ああ、まともな手段では、よねえ?」


 ニヤリと女性は笑う。


「ねえ、あなた、生きたい?」

「…………!」


 まだ意識は残っている。女性の、自分のとは違う別の女性の声に、微かに頭を動かす。こくりとうなずく肯定の形に。


「わかったわ」


 そう言葉を残し、声の主である女性は去った。残った彼女はその行動に若干の絶望を感じ、微かに残っていた意識も徐々に消えつつある。しかし、そんな時間も僅か。すぐに差って行った女性は戻ってきた。男性と一緒に。そして彼女の最後の記憶は、その男性に抱え上げられ……覆いかぶさられたものだった。







「…………ここは?」


 途切れていた意識が戻る。意識の目覚めた場所はベッドの上。建物の中。


「助かったの? それにしても暗い……」


 部屋の中はとても暗い。窓がない。明かりもない。そもそも多分地下室だと思われる。


「あら、起きたの?」

「……あなたは」

「そうねえ。この森に住んでいる魔女よ」

「………………あっさり正体を言うんですね」

「隠していても仕方ないもの。ああ、それと先に言っておくわ。ごめんなさいね?」

「……なぜ謝るんですか? 助けていただいたのはこちらですし」

「ああ。確かにそうなんだけど、やり方がね」


 憂うように魔女は女性を見る。


「あなたはもう二度と日の下を歩けない。闇夜に紛れ生きるしかなく、人の血を啜らなければ生きられない。あなたが生きるための手段としてあなたを吸血鬼へと変えてしまったの。ごめんなさいね?」

「……えっ!?」


 流石に助けてもらった事実は有れど、彼女はその事実に驚くしかなかった。吸血鬼、お話の中にしか出てこないような化け物。それに変わってしまったということに。

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