fragment (幸福の夢を見せる神1)
「ああ……なんという仕打ちなのだろう」
世界を見下ろし、そこで行われている行為に思わずそう呟いてしまう。
「……これもまた人間の行いであることに間違いはない。彼らはそういう生き物だ。それは理解できる」
知っている。そういうことができるのが人間であると言うことを。もちろんそれだけでないということも理解している。
「……しかし、これはあんまりではないだろうか」
その行いに、私は思わず眉をしかめる。いや、その程度で済ませていいことではない。そう思うくらいに彼らの行いは非道すぎる。
神は人を愛する。そうでなくとも人に対する好意を持つ。我らの始祖、存在はそもそも人から生まれし者である。創造主からして人が作りし者。この世界、この世界を含めた大世界はそうして人から作られたものだ。創造者が人を愛し人を好むゆえに、我らもまた人を好む。多くの世界は人の営みを舞台として作られており、それらを管理する世界の神々は人を好む。そうでなければ人の庇護などやってはいられない。
しかし、人に対する好意を持つからと言って人の行いのすべてを肯定するわけではない。善悪と好悪はまた別である。また、個と全もまた違う。そういった全ての物事を考えていけば、我々が好意を持つべきものは人類という種そのものであり、彼等の営む世界における社会である。
さて、人とは何かも問題だろう。人間、ホモサピエンスのみが人なのか。さて、獣人は人であるか。虫人は人であるか。鳥人は人であるか。翼人は人であるか。魚人は人であるか。魔人は人であるか。俗にいう亜人とも呼ばれる種であるが、彼らは果たして人であると認識される者なのだろうか。我らにとっては彼等もまた人である。さて、人の行いとは如何様なものか。人間の行いとは如何様なものか。
多くの社会にとって、人とは人間の事。そして彼等は他の人、亜人と呼ばれる者たちとの共存を行わないことが多い。いや、行うこともあるだろう。果たしてそれが共存と呼べるような物かどうかはさておいて。彼らは人として扱われず、獣か何かのように、ペットのように扱われることも多い。我らにとってはそれは許せることではない。いや……少し違う。許す許さないではない。それは確かに誰しもが行えることであり、どの世界にも存在することであり、人間同士ですらも行うことのある事柄だ。それゆえに、それを否定することはできない。否定してはいけない。それを行うのもまた人間であることに変わりがないのだから。
だが、神と呼ばれる存在の多くはそういった悪行を好まない、望まない。我らとて人間がそういうものであると知っていても、当然ながらそれを認めるわけではない。しかしそれを許容することは必要である。善も悪も存在しなければ歪なものとなる。そう、ほぼすべての神はそうだろう。中には悪に走る神もいるが、それはまた別の話だ。
そうは言うが、私にはそれを認めることはできない。
「……こんなことをしてはいけない、してはいけないはずだ。なのに、彼らはなぜこんなことができてしまうのだ」
人間に対する悪感情が芽生えかける。これはいけない。もってはいけない。我ら神は人間を嫌ってはならない。憎悪を持ってはいけない。そうなってしまえば、世界を管理することが難しくなる。
「ああ……だが……」
だが、それでも。人が善き社会を、他の人種と共に社会を、世界を築けるそんな生き方を。そうなってしまうことを望んでしまう。
「どうしたらいい……」
このままでは、私は世界を滅ぼしてしまうだろう。
「お困りですか」
「っ!? 何者だっ!」
この場所は世界の外側に近い。そんな場所に普通の人間が訪れることはない。いや、人間どころか多くの生物には不可能だ。この場所に来れるのは、すなわち神に等しい存在である。
声の方向に目を向けるとそこにいたのは女性だ。少なくとも私はその存在に出会った覚えはない。恐らくは私と同じ神に近い存在であることには間違いがないはずだが……少しその存在は異質に見える。見た目状はただ普通の女性のようにしか見えないのだが。
「ええ、少し困っているように見えたので。私はその手助けをしたいと思いここに立ち寄ったのです」
「……どういうことだ?」
「私は困っている者を助ける者、抱いている願いを果たす者。さあ、私の教えてください」
「あなたの願いは何ですか?」
「……私は、私の願いは、人が善き営みを果たす事」
「はい、わかりました。では叶えましょう」
目の前の女性が光を放ち、そしてその姿を消した。
「……何だったのだ今のは」
あまり気にしすぎてはいけないだろう。私は元の私の役割に戻る。世界の管理を行うことに。
「……何?」
そして、世界を見ていると人の動きに変化が見えた。
現在の社会体制、状況下に対する疑問。最初はそれが小さい形でとりあげられる。そこから、池に石を投げ込んだかのように波紋として各方面にその波が広がり、それにより隠れていた疑問や問題が徐々に大きな石を投げ込む形となって、大きく、大きく、波紋を広げていった。
そうして最終的に間違った社会はただされた。なんということだろう。
「ああ、あの女性はこれほどまでに素晴らしいことができるのだな」
そう思った。今の私は何と幸せなことなのだろう。こうして、善き世界となった世界の管理を行えているのだから。ああ、私は幸せだ。幸せだ。幸せだ。
「ああ、なんと幸せなことだろう」
一人の神の男がそう呟く。その神は何も見ていない。何も見ることができていない。彼は夢を見ているようなものに等しい状況だ。
「どうぞ、幸せな夢を」
その神に声をかけるのは女性。彼に願いを訊ねた女性。彼が現在の状態になったその原因。
「終わった?」
「はい。終わりました。彼はもうこの世界を見ることはできません。手を出すことはできません」
「そう。なら好きにさせてもらうわね?」
女性の後ろに別の女性が姿を現していた。切れ長の目は全てを自分より下に見ている。人も神も、世界のすべてを。唯一まともに彼女が相手をしているのは、先ほど神を幸福な夢に落とした目の前の女性だろう。
「ええ、ご自由にどうぞ」
「もちろん。ああ、最初は何にしようかしら。どれから虐めようかしら。女にしようかしら、男にしようかしら。虐げられてきた者を虐めようかしら? それとも虐げてきた方を虐めようかしら? まあ、どちらでも構わないわね。どちらも殺して、犯して、壊して、潰して、焼いて、腐らせて、泣き喚かせるのだから。ああ、聞きたいわ、悲鳴を、嘆きを、絶望を。うふふふふふふ」
そうして彼女は世界に視線を落とす。たまたま目についた一人の人間をターゲットにし、そのまま世界の中へと降りて行った。
「……はあ。仕事は私がしてばっかりで面倒ですね。あの人は本当に遊んでばかり。まあ、彼女はそういうひとなので別にいいんですけど」
そんな残虐な趣味を持つ女性を見送った彼女は小さく呟く。管理されている世界をその管理者たる神に干渉し、何もできなくして自分たちの活動圏にする。それを成立させたのは幸せの夢を見せた彼女だ。残虐趣味の女性ではない。彼女たちは同じ所属、同種に近い立場であり、それゆえに一緒に行動しているのだが、その中でも彼女……幸せの夢を見せる女性は世界の乗っ取りなど大変な仕事や役割が多い。
「……あなたはいかないんですか?」
「………………」
女性の隣にはいつのまにか少女がいる。彼女は世界を見下ろしていた。
「……見当たらない。誰か、愛を、愛を、愛を……素晴らしい両想いの愛を叶えている二人はいないのかしら」
世界を見下ろしながら、彼女はそう呟く。
「教会か神社でも見たらどうですか? 結婚するなら大抵は両思いでしょう?」
「そうじゃないのが多い」
「……そうですか」
そういった会話をするのだが、少女は何かを見つけたようにぴくりと反応する。
「ああ、見つけた。あの二人、いい。あの二人の想いは素晴らしいわ」
「そうですか……では言ってきたらどうですか」
「そうする。待っててね、私が、二人に永遠の幸せを上げるから」
そう言って少女もまた世界の中へと降りていく。
「永遠の幸せですか。まあ、ずっと二人一緒にいられるのは幸せなのかもしれませんね?」
幸せとは何か、幸せにする力を持つ女性にはよくわからない。それでも彼女はそういうことができてしまうのだが。
「ふう……まあ、二人とも後は好き勝手自由にするんでしょう。管理神さえどうにかすればもうどうにでもなりますし……さて、私もそろそろ……自分の仕事をしますか」
そう言って女性もまた世界へ降りていく。
「二人の事を言える立場ではありませんね、私も」
そう呟きながら。




