fragment+ (邪神の子のお仕事・幸福の夢を見せる神2)
映像を見ている。それは彼にとって絶望に等しいものだ。
「…………………………」
絶望である。少なくとも希望ではない。この世界に救いなどない。彼らに救いなどはない。
「…………………………」
しかし、彼の中にはその絶望を愉しむ気持ちが生まれつつある。それは彼の防衛本能によるものか、それとも彼の中にあった暗い感情の資質だったのか。それは不明である。
「…………………………」
また待ち望んでしまうのだろう。絶望を。それが愉しみとなってしまっているのだから。
「ああ、悲しいわ」
声が降ってくる。いつの間にか彼の側には二人の女性がいた。いや、女性というには二人は若い。見た目だけで言えば人間の少女に見える二人だが、その姿が少々珍しい感じだ。一人は黒と銀……もしくは黒と白の少女、もう一人は青か水色、空の色合いの少女。
「悲しいわ。あなたがそうなってしまっていることが。ああ、悲しいわ。悲しい、悲しい、私にはどうしようもないことが一番悲しいわ」
空色の少女はそう彼に向けて言った。悲しいと言っている表情は、本当に悲しいと思っているかわからない。しかし、少女のいう通り少女には本当に何もできないのだろう。身を引いて、黒と銀の少女に後を任せているようだ。
その空色の少女にあわせるように黒と銀の少女が前に出る。
「あなた、絶望しているのでしょう? 暗いわ、心がとても暗い……その暗闇に、闇に呑まれようとしている。支配されようとしている。受け入れようとしている……本当にそれでいいの?」
それでいいか、と少女が訊ねる。その意味を彼は理解できていない。
「あなたは今の状況を受け入れるの? それなら私は諦めるだけだけど。もし……どうにかしたい気持ちがあるのなら、その絶望を私に差し出しなさい」
わからない。わからない。もうわからない。彼にはもう何も、何をすればいいかもわからない。しかし、彼の中に、諦めに等しく絶望した彼の中に、まだ何か残っているものがあったのか。その身を少女の前へと動かした。
「いいわ。それでいいわ。ああ、そう望むなら、応えてあげる。絶望を、嘆きを、その力にしてあげる」
黒い海がその場に生まれる。闇が少女の前に立った彼を包み込む。彼は黒く染まり、その身を闇へと変貌させる。二人はその様子をただ見守るのみ。変貌はわずかな間だった。その間に、彼の姿は獣へと変わる。その姿は大きな狼の姿となっていた。黒く、黒く、黒く、暗く、暗く、暗く。何よりも闇に等しい黒の獣に。
「あなたは嘆きの獣。さあ、あなたを今の状況に追い込んだすべてを喰らいつくしなさい。それであなたの復讐は終わり。それを果たせば、あなたは闇の所有物として生きることになる。さあ、行きなさい。終わったらここに戻ってくるのよ」
獣は外へと駆けだした。彼を絶望させた関係者を喰らうために。
「私がお母様に差し出すのはあれでいいわね。カナタはどうするの?」
「どこかで探すだけよ、クロ。ああ、それにしても……悲しいわ。私には何もできなかったのだから」
「受け入れても意味がないものね、あれは。あれはむしろこちらの分野でしょうし」
絶望の少女と悲観の少女。クロとカナタ。彼女たちはちょっとした仕事でこの世界に来ている。
「それよりも、あれが帰ってきたらすぐに別の世界に移るわよ」
「……それは構わないわ。でも、どうして?」
「……気にしなくてもいいわ」
クロはここに来てから少し異常を感じていた。彼女たちは世界にとって異物。特に普通の世界であるこの世界のような場所にとっては。闇の存在である彼女たちはまともに世界に居つくことはできない。各々役割があるためその役割に準じる間はともかく、勝手な行動を別の世界で行うのは難しい立場にある。特にこの世界は神によって管理されている世界であるのだから。本来ならば、許可を得て侵入する必要がある。本来ならば。
「何が起きてるのかしら。戻ってちょっと言っておかないとダメかしらね……」
彼女たちが入るのに、何も問題はなかった。この世界の神による管理が機能していない。それは問題である。闇である彼女も、神々の役割についてはよく知っている。彼女の母親、邪神もまた同様に世界の管理を行う立場にあるのだから。善悪光闇、そういった在り様に関わらず神は己の役割を持つ。世界の管理もそうであり、それは闇であること、悪であることとはまた別だ。
だから連絡を取る。世界の異常は正さなければ問題であるゆえに。
「あら、気づかれちゃった? ふふ、まあしかたないですね」
彼女たちの様子を見ていた一人の女性が呟く。以前世界を乗っ取った、幸せの夢を見せる女性。
「まあすぐに移動するみたいですし、構わない所ではありますが……ばれてしまう以上、次の場所への移動を準備したほうがいいですね」
そう言って女性は二つの映像に視線を向ける。
「やだ……食べないで……」
一人の女性の内臓を食らう獣が数匹。それらはその女性を殺すようなことはせず、内臓のみを食べている。普通ならば内臓が食われるような事態になれば出血多量など死亡する要因は多々あるように思われるのだが。しかしその女性はそんな状態であると言うのに死んではいない。
「ふふ……いいわあ」
それを見ている女性、その存在の手によって。
「やっぱりいいわね……嘆き、絶望、悲哀、泣きわめかないのは残念だけど、これはこれ。仮にこれ以上食べなくたって、もう生きられる状況ではないと言うのにね?」
既に食べられている女性はもしこの女性がこの状態を解消すればすぐにでも死んでしまうような状態である。
「ああ、それに気が付くのは何時かしら?」
女性は楽しそうに食べられている女性を見つめる。次はだれに何をしようか、そんなことも考えながら。
「ここに永遠の愛を誓いますか? 病める時も、健やかなる時も、お互い愛し合うことを誓いますか?」
「誓います」
神の前で二人が誓う。それを聞いてその式の進行役は話を進める。
「では、誓いのキスを」
結婚式。そんな舞台で他者にその行為をみられるのは恥ずかしい所ではあるだろう。しかし、それは別に恋人同士の愛の確認ではなく、神聖な誓いのもの。触れる程度の軽いものならばそこまででもないだろう。恐らく。多分。メイビー。
まあ、そんな話はさておいて、二人は言われた通り、キスをする。そうして二人の愛は結ばれる。
「素晴らしいわ」
そうであったはずなのに。
「とても素晴らしいことよ。愛を、愛が、愛することは!」
突然狂ったように叫ぶ式の進行役。通常神父であるその役目を担うのは一人の少女。それに違和感を抱くものは何故かその場にはおらず、少女がずっとその式を進行していた。
以上はそれだけではない。誓いのキスをした二人が、融け合うように体がどろどろになる。そして二人は混ざり合い、そのまま固まってしまう。
「死が二人を別つまで? 死が二人を別つとも? いいえ、死は相愛を別たない! 永遠に、融け愛、混ざり愛、ずっと一緒に愛を想い続けるの! それがとてもとても素晴らしいことなのよ!」
愛すること。それに関して極めた心情までに行きついた、その想いの果てにある狂気。それが少女の抱いたものである。
「…………二人ともあまり良い趣味はしていませんね。特にあの子は、下手に関わって私が愛されれば融かし愛にされてしまいますし。接触は宜しくないんですよね」
そう言いながら、女性は別所へと視線を向ける。
「私も他人のことは言えないのですが」
そこにはかつての神と同じように、幸せの夢をみさせられている多くの人間がいた。
「まあ、私は皆さんを幸せにしているので構いませんよね? 心は幸せの中に。体は私が利用します。それで構わないでしょう? 幸せなのだから」
それはどう考えてもいいことではないだろう。善ではない、悪の行い。下手をすれば、先ほど見ていた二人よりもはるかに恐ろしいもの。
「ああ……あなたの願いは何ですか?」
それが彼女の抱く狂気。願いを叶えて幸福になる。そんな終わりを与える力。永遠の幸福、これ以上ない幸福はすなわちそこで終わってもいいと言う成長の停滞であり、それ以上の望みを抱かなくなる生にとっての終わりである。幸福の終わりを与えること。




