第一章『空っぽの創造者』 その2
ここセレスティア学園は、俺の出身学校と比べると、ストライクゾーンをボール六個分外れた大暴投に位置するまか不思議学園だ。
入学規定は『人型であればよい』、と大雑把で、今俺が通っている普通学科普通科にも吸血鬼やら鬼やらロボットやら魔女やらがクラスメイトと駄弁っており、不定期に訪れる転校生が全員例外なく目を疑う奇天烈光景が広がっている。
学科もまた奇妙なモノで、普通学科を含め、戦闘学科、魔術学科、超能力学科、異能専攻、と大きく五つの学科に分かれており、更にその中で様々な科に分けられている。より柔軟に対処出来るようにと、学生は規則として二学科所属しなければならない。
単位の稼ぎ方もまた変わっている。手段は主に二通りあり、一つは授業やテストを受けて地道に単位を稼ぐ方法、そしてもう一つがクエストに出掛けて単位を貰う方法だ。
この学園の創立目的の一つとして、異世界モンスターの生態系管理が挙げられる。学生も参加貢献が可能で、これを俗にクエストと呼んでいる。
しかし今では時代も変わり、要人警護、薬草採取、校庭掃除、各世界の主要人物から発注されるモノや小遣い稼ぎのアルバイト的なモノまで、様々なクエストが図書館前の掲示板に貼り出されている。
そんな多様性が最近では主流となり、他方では『何でも屋』として認識している連中も少なくない。
見慣れた生徒と軽く挨拶を交わしながら普通学科棟の教室に入ると、机には数枚の書類が丁寧に置かれていた。いつものことなのでため息混じりに目を通す。
「戦闘学科、単位不足か」
……最近行ってないもんなぁ。
定期的に配られる単位報告書。自分がどれだけ単位を稼いでいるか表やグラフを確認すると、戦闘学科と書かれた場所が赤丸で囲まれていた。
鞄を机横に掛けながらしばらく書類を眺め、俺は力無く机に突っ伏せた。
とそこへ、誰かの足音が迫る。
「あら、どうかしたの無境?」
「最近寝不足なんだ。寝させてくれ」
「そう……なら永遠の眠りにでも連れて行ってあげようかしら」
「勘弁してくれよ、凍恵」
「冗談よ」
腕枕をそのままに視線を上げると、見慣れた女子制服が目と鼻の先に映った。
口元に手を置いてクスリと笑う彼女の名は、鬼沢凍恵。才色兼備と品行方正が合わさった優等生であり、何処か上品な声質は、彼女が多世界を股に掛けた大財閥の御令嬢であることを示している。
学科は戦闘学科武道科と普通学科普通科。普通科のクラスが一緒ということもあり、彼女とは多少ながら見知った仲だ。
「聞いたわよ、セリアからのお誘いを断ったみたいね」
「情報速いな。誰から聞いた?」
ハキハキとした言葉を投げる凍恵に対し、俺は眠気の抜けない籠った声を返した。
「本人からよ。さっき廊下で会ったのだけれど、あの子凄く拗ねてたわ」
「ふーん」
「そこで、一つ頼まれちゃった」
ここで言葉が区切れ、彼女は薄笑みを浮かべながら俺の机へと腰を乗せた。必然的に突っ伏せていた俺の手が彼女に触れ、スカート越しに柔らかい感触が伝わる。雪景色を連想させる肌はゾッとする程白く透きとおっており、腕に降り注ぐ薄水色の髪は妖麗という言葉が似合う特殊な美しさを帯びていた。
氷像の様な美麗さを誇る彼女でも、こうして触れることにより生きているのだと実感出来る。
「で、何を頼まれたんだ?」
「無境を誘う良い方法はないか? ってね。私はまどろっこしいことが苦手だから、直接本人に聞くことにしたの。さ、答えなさいな」
……何だ、そのことか。
雪女特有の冷気が程良く意識を覚醒させ、頭の働きに助力の手を差し伸べる。
一度ため息を漏らし、俺は先程よりもしっかりとした声色での返答を努めた。
「明日は土曜日だ。そうセリアに伝えてくれ」
「何の話し?」
「それと、来週からは一緒に登校できるよう善処する、とも伝えてくれ」
疑問符を浮かべるキョトンとした表情が一変、台詞を確認した凍恵は安心したかのように胸を撫で下ろした。
「あら、素直じゃない。無境だから少し心配したわ」
「どういう意味だよそれ」
「嫌味に聞こえたなら謝るわ……だって無境、他人とある程度距離を置いて接してるところがあるから」
「……なるほどな」
俺はクラスで目立たない立場だけれど、やっぱりアンテナ巡らせて観察している人もいるんだな……。
人との付き合い方はさて置き、七割程意識が覚醒した俺は身体を起こし、大きく伸びをした。ここまま寝ればいずれ風邪を引いてしまう。なら起きるしかないであろう。それに何時までも寝たままなのは凍恵に悪い。
「それにしても、どうして今朝のお誘い断ったの?」
「最近物騒だからな」
「物騒? ……確かに物騒ね」
今度は俺が頭上に疑問符を浮かべた。
低血圧の目眩から回復した視界が凍恵の姿を映す。彼女は目を細めて教室の中心を眺めていた。
つられて俺も視線を向ける。
「おいおい無境、ただでさえセリアちゃんと付き合ってるってのに、浮気は良くないぜ」
……なるほど、確かに物騒だ。
着崩した制服に身を包んでいる不良生徒が三人、その内の一人がドスの効いた声を響かせる。本来なら校章が飾られるブレザー襟、そこにピン付けされた西洋風の王冠を見て、俺は苦虫を噛んだ。
「逃げるぞ凍恵ッ」
「え? あ、ちょっと!?」
凍恵を跳ね飛ばす程の勢いで椅子から跳び上がり、俺は教室から脱出を試みるために身を翻した。裏返った奇声が上がり、彼女は派手にバランスを崩す。
しまった、そう思考で呟く。
傾き始める先にある座席の椅子、あの位置は絶妙にして危ない。このまま行けば後頭部を強打、下手すれば凍恵の首が背凭れに当たってしまう。いくら彼女が人間より遥かに強く丈夫な妖怪種族であるとしても、こればかりは冗談で済まされない。
二択の天秤が揺らぐ。一方はこのまま全力逃走を決断して野郎達から離れる選択、一方は凍恵に助けの手を伸ばす選択だ。
考えるよりも先に身体が動いた。
一歩目を踏む前にブレーキを踏む。再度身を翻し、右手が素早く伸びる。
水泳でいう背泳ぎの様に腕を振り回す凍恵だが、最早自力で体勢を立て直せないことは明白であった。
円を描く彼女の手と、直線を描く俺の手が合わさる。パシッ、と肌が打ち合う甲高い音が鳴り響いた。
――これが事態の引き金となった。
「「「無境てめぇッ!!」」」
ブレザーの裏から黒光りする拳銃を取り出し、三人は怒声をかましながら一斉に発砲を仕掛けた。カメラフラッシュの様な銃口炎三つ同時に瞬き、重なる銃声が鼓膜へ突き刺さる。
初弾が当たらなかったのは不幸中の幸いであろう。俺は即座に手頃な机を倒してバリケードを築き、その裏へと身を隠した。
しかし所詮は机だ。拳銃の攻撃を防げる筈がなく、徐々に防衛機能を失い始める。
「始まったわね……無境は撃ち返さないの?」
「……ったく、弾だってタダじゃねぇんだぞ」
悪態を吐きながら、俺は脇下のホルダーから拳銃を抜き取った。
スライドを引き、反撃のタイミングを窺う。
薬莢が落ちる軽い金属音、嗅ぎ慣れた火薬の匂い、ふと亜音速の銃弾から発せられる風切り音が鳴りやんだ。
「……ッ」
防壁から身を乗り出し、ロクに照準を合わせる間もなくトリガーを引く。反撃に対応し、不良生徒達も適当な机を倒して身を隠した。
一瞬の隙、この僅かな間を使って背後でひび割れた防弾ガラスの窓鍵へと手を伸ばした。金具が動き、刹那の差で相手の弾丸がガラスへと突き刺さる。
「何してるの?」
「教室から出るには、こっちの方が近いからな」
こんな事態を想定していたわけではないが、窓際の席でいたことが幸いした。
三階教室から飛び降りるなど正気の沙汰ではない。しかし背に腹が代えられないのも事実だ。
再びバリケードから身を乗り出し、一マガジンを使い切る勢いで拳銃を連射。同時進行で窓をスライドさせる。
と、その時……。
「グオオオォォォ!!」
突然前方から人外的低音の咆哮が上がったかと思うと、目の前に倒していた机が跡形もなく粉砕された。木材の欠片が舞い散り、鉄パイプの破片が足首を掠める。
予期せぬ事態に目を丸くする。
普通学科普通科のクラスメイトである鉄鋼系ゴーレム、彼の両手によって作られた拳のハンマーが机のあった場所に振り下ろされていた。
……つか、お前もかよッ!
巨体に似合う寸分で作られた制服、ブレザー襟にピン付けされた西洋風の王冠を目にし、俺は口に出さずして驚いた。
だが、これは好機だ。
ゴーレムが敵との射線を遮ってくれたお陰で、絶好の脱出タイミングが訪れる。
逃す手はない。
「出るぞッ」
凍恵の合図を待つ間もなく、俺は窓縁に足を掛けた。
脚に力を籠め、宙へと身を投げ出す。
日の光が身体を包み込み、涼しく爽やかな風が制服を靡かせる。
一気に開けた視界。何処までも澄みきった青空。
跳躍した勢いが目に見える速さで消え失せ、落下が始まる。
バランスを取るために、手を上に差し出す。
――差し出す先には無人の空間が佇んでいた。
*
「居たかッ」「駄目だ、見失ったッ」「探せ、まだ遠くには行ってない筈だッ」
上から降り注ぐ空恐ろしい言葉には努めて耳を貸さず、俺は校舎一階の壁を背凭れにため息を漏らした。
この校舎は雨水が室内に降り掛からないよう階ごとに出っ張りが設けられている。故に三階教室から俺達の姿を目視することが出来ない。
幸い後を追って跳び降りる連中はいないらしい。これで逃亡時間は充分に稼げた筈だ。
スライドが開いたままの拳銃に新しいマガジンを装填し、脇下のホルダーへと納める。
周囲の安全を確認して隣を見ると、薬莢が珍しいのか、黄金色の筒を摘まんでマジマジと見詰める凍恵が座っていた。
「ところで無境、貴方とセリアはいったいどういった関係なの?」
一瞬の戦闘にもかかわらず息が上がった俺に対し、全く動じた様子を見せない雪女が問いを投げる。
忙しく働く心臓が静まるのを待ち、俺はため息混じりに答えた。
「……偶然異世界クエストで鉢合わせしただけだ。それ以外の関係はねぇよ」
そう、それ以外の関係はない。
ただ出会った日を境に、俺が常日頃独りぼっちであることを知ったセリアが勝手に付き纏い始めたのだ。
お陰で男子達の間で『リア充』説が浮上し、俺はこうして追い回される破目に……まったく迷惑な話である。
「……あら、何処へ行くの?」
校舎に沿ってゆっくりと歩き始める俺を見て、凍恵がキョトンとした表情を浮かべた。
「戦闘学科棟だ。教室に戻ってもハチの巣になるだけだし、学科的に残った場所はあそこしかないだろ」
野郎達が俺達を見失ったとはいえ、見付かるのは時間の問題だ。何時までも立ち止っているのは不味い。
しかし、個人的な私情を挟むとなれば、本来行きたくない場所である。
あそこは発砲自由どころか発砲推奨の場だ。そもそもこの学園に銃刀法違反は存在せず、下手な問題にならない限り銃刀使用に制限はない。
種族が人間である俺にとって必滅の武器である拳銃を『何時でも撃っていい』ではなく『隙あらば撃て』と教訓された場所。入学した初期に通って分かった経験談だが、戦闘学科棟に通う=身投げ、と考えていい。何故生きていたのか、過去の自分に問いたいくらいだ。
「そう、なら私も行こうかしら」
「ついて来るな……言ってもどうせ来るだろうけど……」
正解、と凍恵は口端を吊り上げて挑戦的な笑みを魅せた。尻目に、俺は彼女から見えない角度でため息を漏らす。
「そういえば無境、まだ寝不足の理由を聞いていなかったわね?」
再び口を開く凍恵。
……寝不足の理由なんてどうでもいいだろ。
思考の中で呟きながら、俺は言われるがまま返答に努めた。
「夜遅くまで男子達が部屋に押し掛けて来たんだ」
「男子達……さっきの三人?」
「違う……けど、野郎達は同業者――」
一旦間を置き、まだ完全に整っていない呼吸を回復させる。充分に全快を待ち、俺を覗き見るようにして首を傾ける凍恵に続けた。
「――あいつ等は『皇帝軍』、西洋風の王冠を軍旗とした不良集団だ」




