第一章『空っぽの創造者』 その3
生徒達の成績を表す単位として、ランクがAからEと五段階設けられている。学科にかかわらず、それは純粋に各生徒の強さを格付けしたモノだと考えていい。
しかしランクは純粋な比例関係で決まるのではなく、戦闘学科で例えると、Eが一般人だとすれば、Fは少し強い一般人、Cは訓練兵、Bは一小隊、Aは大国の軍事総力、つまり二次関数の様に、上に行けば行く程ランク同士の壁が大きく設計されているのだ。
そのためBCランクこそ多いが、Aランクは極少人数しか存在しない。その希少性は全校生徒の0.5%未満だと云われている。
故にAランク生徒は、必然的に有名人の座に座らされる。
他人との関係が乏しい俺でさえ十人程Aランクの人物を知っているのだから、彼等の知名度は相当なモノだ。
その中でも特に有名人、鬼沢凍恵は普通学科と戦闘学科、共にA+という化け物みたいな優秀成績を誇っている。数学学者達が何年も苦悩し続けた難題方式をあっさりと解読したり、Aランクモンスターの徘徊する危険地帯で人命救助を行ったりと、実績も計り知れない。
対して俺は普通学科Cランク、戦闘学科Cランクと平均並みの成績に落ち着いており、教室で座学に勤しめば、特殊施設でライフル銃の狙撃訓練に励んだりしている。
実力差を考えても、彼女と俺では天地という言葉すら生温い絶大なる差が開けているであろう。
右手で連続した爆発を制御しながら、俺は唸りを上げて迫り来る跳び蹴りを危ういながら躱した。相手の足が通過したと同時に、掠めた鼻先が熱を感じる。
このまま連撃を受ければ押し負けてしまう。
堪らずバックステップで距離を置く。
相手は好機だと察し、後ろに体勢を傾けた俺に覆いかぶさる様にして襲い掛かる。バックステップ直後はバランスが不安定になり絶好の攻撃チャンスとなる、これは戦闘学科で幾度と教え込まれた定石だ。
だからこそ、俺は定石を利用した。
相手が確実に攻撃を仕掛けて来ると分かれば、幾分か対処しやすい。
相手が勢いよく跳び上がり二段蹴りの姿勢に入る。刹那の間が空き、俺の足が特殊素材の床を踏みしめた。
繰り出される一段目を屈んで避け、来たる追撃に備えて手を構える。
直後、左脚から放たれる強烈な膝蹴りと俺の右手が合わさった。バチンッ、と肌を打つ音が半球ガラスの覆うドームに響き渡る。
受け止められた攻撃、宙に浮いた身体、相手が目を丸くし自らの失態に気が付いた時点で既に遅し。俺は力の限り踏み込み、空中で静止する相手を押し返した。
バランスを崩し、相手が背中から床に落ちる。
すぐさま俺は脇下のホルダーから拳銃を抜き取り、照準。
「そこまでッ!」
端からトリガーを引くつもりはなかった。仮に引くとしても、当たらないよう工夫はしたであろう。
審判のジャッジが決着を知らせ、拳銃をホルダーに納める。
武道科の礼儀作法であろう、相手は制服を整えて綺麗なお辞儀をして魅せた。つられて俺も頭を下げる。
勝敗の知らせを耳に入れ、俺は足早にドームを出た。
出口をくぐり、階段を上がり、手頃なベンチを見付けて腰を下ろす。
額の汗を乱暴に拭いながら、俺は何気なく横へと目をやった。
巨大な半球状の闘技施設。ここは3DCGやらの最先端技術を駆使してあらゆる実戦的模擬戦闘を可能とした訓練場だ。この建物には闘技場が十以上あり、それぞれがローマのコロッセオよろしく直径百メートル級の絶大な広さを備えている。
特に障害物の無い平坦ステージ『フラット』は一番人気で、先程同様、科を越えた戦闘によく使われているらしい。
横一列に並ぶガラスの半球を漠然と眺めていると、不意に反対側から声を掛けられた。
「おつかれ!」
元気、という言葉を連想してしまったのは俺だけではないであろう。
振り返ると、緩やかな放物線を描きながらこちらに向かう、スポーツ飲料の入ったペットボトルが視界に映った。
咄嗟にキャッチ。確かな重みと冷たい感覚が手を伝う。どうやら自販機から買ってきた新品のようだ。
「……おつかれ」
対して気力の薄い声色で返しながら、俺は視線に声の主を捉えた。
肩まで伸びたセミロングの茶髪は左右に結ばれ、健康色の肌が男子制服から見え隠れする。年齢相応より少し小柄な背丈はセリアや凍恵と大差ないが、彼女から発される雰囲気は何処となく活気に充ち溢れていた。
まるで、元気という単語をそのまま体現したかのような人物だ。
恋藤恋菜、俺と同じ戦闘学科兵士科に通うA+の強さを誇った、俺と同じ人間である。
別のドームで戦闘したばかりなのか、恋菜は自らの首に橙色のスポーツタオルを掛けていた。
「やるじゃん無境、これで七連勝!」
「誰かさんのお陰でな」
盛大なため息を漏らしながら、俺はペットボトルの蓋を乱暴に開けた。何処か苛立ちめいた態度を察してか、まるで面白い玩具を見付けた子猫の様な顔をし、彼女はさりげなく俺の隣へと腰を下ろす。
……寄ると余計に暑いだろ、隣りのベンチ空いてるぞ。
火照った身体、ブレザーを脱ぎネクタイを緩めながら、俺は頭の中だけで愚痴を流した。
そんなことはいざ知らず、恋菜はタオルで汗を拭い、太腿に挟んだペットボトルを片手で開封。そのまま蓋口を口元まで持っていき、嚥下に合わせて喉が動く。
「それにしても無境、よくCランクでAランクに勝てるよね」
「知ってるなら相手のランクを下げてくれ」
凍恵と共に戦闘学科棟の門をくぐったところで、俺は偶然移動中だった恋菜と鉢合わせした。
そこで、どうやら教室で俺の成績表を盗み見したらしく、凍恵が恋菜に戦闘学科単位不足の事実を教え、まるで以前から計画していたかのような手際の良さで、短期間単位獲得作戦が執行。半ば押し付けられるようにして『十人組み手』というスパルタコースをこなす破目に。
組み手のルールは一対一のシングルス。上手く十人抜きが達成できれば一週間分の単位を盛り返せる算段だ。
しかし、それでも二人は物足りないと判断し、更に単位が加算される『下剋上制度』を取り入れることになった。これにより敵は全員ABランクと強豪揃い。許可がいただけるのなら出口に向かって全力疾走したい内容である。
「無境は単位欲しくないの?」
「欲しいけど、命懸けなら留年してもいい」
「つまり死にモノ狂いで頑張れば留年しない、ってことでしょ。頑張りなさいな」
まさかの言い返しに、思わず舌を巻いてしまった。
そんな俺の反応を見てか、彼女はニカッと白い歯を魅せ面白そうに笑った。
話しに一本取られ、この話題から逃れるためにペットボトルを傾ける。
冷たい液体が喉を通る感覚。身体に蓄積された余分な熱が抜け落ち、戦闘時の興奮から騒いでいたアドレナリンの鎮圧に拍車を掛ける。
落ち着きを取り戻し、俺は大きく息を吐いた。
「……つか恋菜、その男子制服誰から借りた?」
「ふ、ふ、ふ、ついに購入しちゃいました」
ついに買いやがった……セリアが聞いたら驚くだろうな……。
何故か得意げな顔になる恋菜を尻目に、俺は今日だけで既に十は超えているであろうため息をプラス一させた。
恋菜の身に纏っている男子制服だが、彼女は決して男装趣味があるわけではない。こう見えてもファッションには拘り持ちで、土日の日中、女の子らしいミニスカートを穿いて出掛けている彼女を何度か見かけたことがある。
昔、本人に男装の理由を聞いてみたが、どうやら恥じらい故に、スカートでの戦闘が極端に嫌いらしい。当時一緒にいた月読がスパッツを提案したが、拘りが引っ掛かるのか、恋菜は拒否の一点張りであった。
そんでもって色々検証した末、校則に違反しない男子制服にて事態は終着。
「考えてもみてよ、皆が見てる中でスカート穿いて大暴れしたら色々大変でしょ……私だったら絶対夜眠れなくなる」
「……男の俺に同情を求めるな」
何、欲情した? と口端を吊り上げる彼女に、俺は極めて冷静に軽いチョップを返した。
云っては何だが、恋菜の男装姿は本当に似合っている。遠目から見て美男子と間違われても不思議ではない(実際女性ファンクラブがあると聞く)。だが、こうして近付くことにより、女性特有の甘い体臭や長い睫毛が真相を教えてくれる。
「その点凍恵は凄いよ、何でスカート穿いたまま戦えるわけ?」
「そりゃ、あいつの武器は拳だからな……それに戦う時は体操服穿いてるし……」
「お、噂をすればなんとやら!」
突然背中をバシバシと叩かれ、スポーツ飲料を呑みこんだ直後だった俺は派手に咳き込む。
潤った喉が切れんばかりに咽返った後、俺は恋菜が興奮気味に指差す手前のドームへと目を向けた。
会話の流れから予想はしていたが、黒光りする『フラット』の闘技場に薄水色の長髪を靡かせた凍恵の姿があった。
観客席から沢山の女子生徒が歓声を上げる。彼女達に手を振って返す凍恵の姿は、プロレスの登場シーンを連想させた。
対して反対側のコーナーにも歓声が上がる。今度は熱の上がった男達によるモノだ。視線を向けると、世紀末風のファッションを着こなす巨漢が肩で風を切りながらドーム中央へと歩いていた。
彼の傍らに、彼より二回り程大きい鉄鋼系ゴーレムが続く。ゴーレムが身に纏っている制服には西洋風の王冠がピン付けされており、俺は巨漢の男が誰なのか簡単に見極めることが出来た。
「……あいつ誰?」
恋菜が男に気付き、頭上に疑問符を浮かべる。
無理もない。
……あいつの知名度は、良い意味でも悪い意味でも、Bランク以下の連中に広がっているからな。
ペットボトルに蓋をしながら、俺は口を開いた。
「Bランク兵士科を集めて作られた大型コミュニティ『皇帝軍』。あいつはその親玉さ」
台詞を言い終えるタイミングと、皇帝と凍恵が対峙するタイミングはほぼ一緒だった。
互いに睨み合う二人。嫌悪しているのではない、強者同士が自然と発する眼力とでも云えば分かり易いであろう。
真名不明、皇帝の言葉から会話が始まる。
「よう女、俺様の告白を断るとは何様のつもりか?」
図体のでかさ同様、皇帝の態度は大きかった。
苛立ちめいた様子こそ無いが、低くドスの効いた声にはドーム外の俺ですら身震いを起こしてしまう。
が、
「人にモノを訪ねる前に、まず名乗りを上げるのがマナーではないかしら?」
凍恵の態度もまた大きかった。彼女は手の甲を口元に添え、薄笑みを返す。
相手が大軍背負った皇帝なら、対する財閥令嬢は女帝とでも……くだらない冗談を頭に流していると、皇帝は口端を吊り上げて怪しく笑みを浮かべた。
「やはり、俺様が見込んだ女だけあるな」
「あら、嬉しいことを吼えるじゃない?」
ほ、吼える……怖いこと言うな凍恵。
普段セリアや俺の前では決して見せない、絶対強者の姿を目の当たりにし、思わず息を呑む。
「けどお生憎様。私は雪女、一途な乙女なのよ」
断じて口には出さないが、俺のような弱者からは、今の彼女を乙女として捉えることが出来ない。恐怖心が背筋に氷塊を走らせ、鳥肌が全身を駆け巡る。
これ程の威圧を間近で感じても気圧されない皇帝、流石はAランクだ。
と、そこで、同じく絶対強者である恋菜が隣で微笑する。
「あらら、これから無境と連戦だなんて、可哀想だね凍恵」
「はぁッ!?」
聞き捨てられない一言に、俺はベンチから勢いよく立ち上がった。
「凍恵が相手だと流石に死ぬぞ。いくら死ぬ気で稼げと言われても、本当に死のリスクを背負うのは御免だッ」
「じゃあ私と組み手する?」
重ねた両手に顎を乗せ、恋菜は挑発的な笑った。
……四面楚歌、風前の灯火、絶体絶命、他何かあったっけ?
絶望的な状況に、俺は仕方なく腰を下ろした。
実力行使で逃げたい気持ちも山々だが、Cランクの俺が逃走を図ったところでA+の恋菜から逃げ切れる筈がない。それに、『この距離は彼女のテリトリー』だ。いくら工夫しようが秒未満で捕まる自信がある。
「ったく……労わるなら凍恵じゃなくて俺だろ。七連戦だぞ、たかが二連戦に何を同情すればいい」
「無境は男の子、凍恵は女の子、OK?」
「俺は人間、あいつは妖怪、OK?」
「NO!」
何時の間にか英語の混じった討論になり、その末俺は盛大なため息を漏らした。
……まぁ、敵選択を恋菜に任せた俺が言えた義理でもないか。
いい加減腹をくくり、再びペットボトルを傾ける。
要は考え方を変えればいい。
戦闘学科随一の戦闘狂である恋菜よりも、比較的融通の効く戦闘狂である凍恵と対戦出来るだけありがたく思うんだ。
意を決して開き直るった直後、またも恋菜が口を開く。
「え~、私異能持ちだから単位加算されるよ。もったいない」
――異能。
俺は思考の中で単語を復唱した。
異能とは、全世界に共通する天才や超能力(学科の超能力とは別)を示す言葉だ。
例えば物心ついた当初からプロ並みにピアノが上手かったり、ふとした時から風を操れるようになったり、鍛錬を積んで未来が見えるようになったり、開花のタイミングや種類も千差万別である。
その中でも恋菜の異能『近接戦闘』はポピュラーである。
異能にも成績同様のランクが設けられており、彼女が持つ異能ランクはS、つまりAの一つ上だ。
この異能こそ、恋菜がA+の強さを誇る骨頂と云って過言ではない。
……狙撃の腕がEランク並みでなければ、成績Sランクなんだけどな……。
因みに余談だが、セリアや月読、そして凍恵も異能を有している。凍恵に関しては今から行われる戦闘にて見られる筈だ。
「いいよべつに、もう諦めた」
恋菜を言葉をぶっきらぼうに一蹴しながら、頬杖を立て、ドーム内に視線を移す。
戦闘の火蓋が切って落とされたのは、その直後であった。
皇帝の腕の筋肉が盛り上がる。ライトに照らされ影が差した巨体の姿は、相手に頑固たる恐怖心を植え付ける。
拳が上に振りかぶられ、まるで隕石の如く唸りを上げ垂直に落下する。
ヒットの直前、凍恵は危なげなく鉄拳を回避。空振りの攻撃が強烈な破壊音と共に床へ突き刺さった。
何かが軋む音にギャラリーの全員が顔をしかめる。次にドームを刮目した時、周囲は響動めきに包まれた。
闘技場の床、戦車砲をぶつけても傷一つ付かない特殊素材の床に亀裂が走っていたのだ。
衝撃的な出来事に目を見張る中、皇帝はゆっくりとした動作で拳を戻した。
「貴様が本気を出していないことは知っている。早く異能を使え。あまり焦らすようであれば容赦せぬぞ」
……あれで本気ではないのか。
途端、皇帝側の連中から歓声が上がった。凄まじい力量を目の当たりにし、女性陣の士気が落ち込む。
しかし、凍恵に臆した様子はなかった。髪をさっとはらい、氷像の美しさを裏に猛獣の眼差しが皇帝を射抜く。口元は笑っていた。
「引き出せばいいじゃない。こういった戦いではそれが定石でしょ」
「そうだな、実に好みの回答だ……ならば容赦はいらぬなッ!」
刹那、皇帝が床を蹴った。強靭な脚力がモノを云わせ、五メートル程の距離が数瞬の間に詰まる。
拳の間合い。キャノン砲のように担いだ拳が空気を轟かせる。
振り下ろされるメテオ。凍恵はまたも危なげなく躱した。
――ここからが人外戦の始まりである。
あろうことか、皇帝の拳がゴム製のスーパーボールの様に跳ね上がったのだ。その軌道を追う様に、彼の腕が伸び、不自然な場所で鋭角に折れ曲がる。
予期せぬ出来事に、流石の凍恵も目を丸くした。
続いて今度は左拳が担がれる。同時に、凍恵の後ろへと回り込んだ右拳が軌道を変えた。
「潰れろやああぁぁぁッ!!」
皇帝の絶叫に合わせ、前後の拳が突然巨大化。迫る鉄拳の挟撃が凍恵を追い詰める。
これが皇帝の異能『身体伸縮』だ。身体を自由に伸び縮みさせることが可能で、また骨格とは関係なく自由に体躯を屈折させられる出来る特殊な体質。その異能によって繰り出される魔の手から逃げられる術はない。
誰もが皇帝の勝ちを悟った。
挟まれる直前、事態が急変する。
凍恵は口端を緩め、小さく呟いた。
「……呆れた」
直後、爆弾が爆発したのではないかという勢いで、ドーム全体に青白い霧が充満した。一瞬の差を置き、二発の衝撃音が施設を木霊する。
あまりの唐突さに、ギャラリー全員が動揺を隠し切れずに騒めきを漂わせ始める。
不意に、観客席の気温が一気に激変する。真冬の寒さが周囲を支配した。
脳裏に彼女の種族が過ぎり、俺はドームに飽和する霧の正体に気が付いた。
……冷気か。
答え合わせはすぐに行われた。
ドーム内の換気扇が働き、徐々に霧が吸い出されていく。
完全に視界が回復し、冷気とは別の理由で全身が逆撫でされた感覚を覚える。
「お……俺様の手が……」
情けない声と共に驚愕の色を浮かばせる皇帝。彼の両腕は左右に引き伸ばされ、その末はドームの壁に氷漬けとなって固定されていた。
「冷気の噴出だけで吹き飛ぶだなんて、とんだ軟な攻撃ね……まぁ、倒れなかったことに関しては評価してあげるわ」
彼女が放つ雰囲気には、既に獰猛な野獣の姿は見られなかった。軽く息をつき、無傷戦闘不能の相手に冷ややかな目を向ける。
「馬鹿な……貴様のようはハーフに……半人前に……」
狼狽した表情を隠し切れないまま、皇帝が言葉を漏らした。
凍恵が二種族の妖怪から生まれたハーフだという話しは、随分前に本人から聞いている。その母方が雪女であり、どうやら凍恵は母方の血を多く受け継いでいるらしい。
しかし結局はハーフだ。他方の種族が混じっている以上、種族特有の能力に減衰が見られても不思議ではない。人型という一個体に一以上は納まらないと普通学科の授業で幾度と教わっている。
だが、さっきの凍恵は百パーセント雪女でしか出せない出力で冷気を操ってみせた。あまり種族の特性に詳しくない俺でも、皇帝の驚愕した顔や周囲の反応を見れば容易に判断することが出来た。
――そう、これこそ異能だ。
「半人前……確かにそんな言い方も出来るわね」
髪先を弄びながら、凍恵は皇帝を正面に捉えた。
そして、力強く言い放つ。
「でも、私の異能『分血』は決して半人前だなんて呼ばせないわッ」
途端、今度は女性陣ギャラリーから盛大な歓声が上がった。
黄色い声を向けられ、凍恵は満面の笑顔で手を振って返した。
『分血』
それは多種族混合の個体に希にみられ、任意の比率で己の中の種族的出力を変えられるという特殊な異能である。
一対〇、半対半、〇対一、この場合凍恵は雪女の種族的出力を最大にしていると考えていい。
確かに雪女も強いが、暑さ等弱点も多い。直接的なメリットは薄いが、場合に似合った種族で戦える特権こそ、この異能の強みと云えよう。
やがて一つの勝敗が完全に決し、凍恵は次なる挑戦者を見遣った。
「さて、大人しく降参したら怪我しなくて済むけど、貴方はどうする?」
「……グ、グオオオオオォォォォ!!」
怖じ気づきながらも、鉄鋼系ゴーレムは咆哮を上げながら床を蹴った。自棄になったのか、何の策もろうさない単純な突撃だ。
勇敢か無謀か云われれば後者であろう。そんなゴーレムの姿を目に収め、凍恵は憐れむように息をついた。
「……いいわ、せめて鬼は使わないであげる」
彼女の言葉を耳にし、俺は恐怖心から身体を跳ね上がらせた。
直後、凄まじい轟音が施設に轟くと共に、C4プラスチック爆弾でも爆発したのではと勘違いしてしまう程の衝撃がドーム外にまで襲い掛かった。
建物が崩壊しかねない振動に、ギャラリー全員が無様に倒れる。勿論俺も例に漏れず、ベンチから真っ逆さまに転がり落ちた。
何故か動じない恋菜を尻目に、ベンチに手をつき、ドームの様子を確認するために急いで身体を起こす。
視界の端、半球ガラスに黒い点が付着しているのが見えた。少し間を置き、ガラスの軋む音が控えめに鼓膜を刺激する。
これは余談だが、闘技場建設にて想定された最大衝撃レベルは核爆弾並であり、例えAランクの一撃にでも耐えられる構造となっている。故に設けられている半球ガラスは規格外に頑丈だ。
胴体右側を完膚無きまでに破壊された鉄鋼系ゴーレムが、ゆっくりとガラスから剥がれ落ち、やがて虚しい金属音を鳴らしながら、黒光りす床へ激突した。
……これで鬼を使ってないだなんて、誰が信じるであろうか。
自身の中にある雪女のイメージを完全に覆さんばかりの怪力を目の当たりにし、ギャラリー全員、開いた口が塞がらない。
「ば、化け物……」
同胞の倒れる姿を間近で見た皇帝が、完全に臆した様子で言葉を漏らした。
凍恵が再び皇帝を睨む。既に威勢は切れており、彼は跳び上がる程の身震いを起こす。
「化け物って、それは貴方も同じでしょ。……少なくとも、彼から見たら」
何故か面白そうな笑みを浮かべながら、凍恵は見向きもせず真っ直ぐ横を指差した。
文字通り、人差し指の先。それは寸分違わず観客席から覗いている俺の視線と一致した。
しまった……思考が叫ぶ時には既に遅し。
視線が迫るスピードから逃れられる筈がなく、皇帝が俺の姿を捉える。
最初こそ驚きに目を見開く皇帝ではあったが、一瞬にして憤怒の表情が湧き立った。
「坂井無境ーッ!!」




