9 そして、旅は終わらない
「それでは新たな提案をさせていただきます」
翌朝、遺産分けの話し合いを再開した。
昨日と同じ天幕に三兄弟が再び顔を揃えた。昨日の今日で、場には最初からピリピリとした緊張感が漂っていた。
長男と次男は視線を合わせようともしなかった。
「35頭のアルゴシープにもう一つ、前族長の遺産を一つ追加する案です。
そうすれば遺産は36になり、3人で遺言どおり分配できます」
「馬鹿な!
アルゴシープと同じ程の価値があるものなどもう何も残ってはいない」
すぐさま、長男が吠えた。
「それに関してはカイジャリスイギョノフウライマツも同意だ。
詭弁を弄してカイジャリスイギョノフウライマツの価値を不当に貶めるのは断固拒否する」
俺の提案に長男と次男は口を揃えて異を唱えた。さっきまで反目しあっていたのに、この辺の連携は見事に取れているのは皮肉だった。
「ポンポコナーノポンポコピーも、疑問です。果たしてそのように都合のよいものがあったでしょうか?
ただ、ポンポコナーノポンポコピーは、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様の提案を聞いてから判断したいと思います」
三男は穏やかな口調で答えた。
まあ、概ね予想していた反応だった。
そこで俺はおもむろに話を再開した。
「元族長の二つ名『草原の育て主』を遺産に加えましょう。
これで遺産は36です」
俺の提案に三人は一瞬驚いた表情を見せた。そして……
「そのようなものが遺産になるわけがない!」
「……、そ、そうだ。そのような名ばかりのなんの効力もないものを、このカイジャリスイギョノフウライマツに押し付けようとしても断じて納得はしないぞ!」
長男、次男は顔を真っ赤にして叫んだ。
三男は、黙り込んでしまった。しかし、その頬を徐々に興奮したように赤く染まる。そして、言った。
「父上の二つ名を継げると申されたか?
もしも、ポンポコナーノポンポコピーがそれを遺産として受ければ、『草原の育て主』を名乗っても良いと?」
「そうなります」
「兄上たちが受けないのならば、ポンポコナーノポンポコピーがその二つ名をいただきたい!」
一呼吸置いた後、ポンポコナーノポンポコピーは叫んだ。
「なんと!? 正気か?」
「同意。弟ながら、なんと愚かなことを申すか」
長男、次男は三男を見つめるとほぼ同時に叫んでいた。だが、すぐに小さな声で続ける。
「……まあ、だが、それで良いと言うのであれば、このジュゲムジュゲムゴコーノスリキレは止めはせぬ」
「ふむ。それで父上の遺言の帳尻が合うのであれば不服ではあるものの異論を挟むのは親不孝でもあろう。
カイジャリスイギョノフウライマツも異存はないぞ」
長男、次男の言葉にエイジャナイカエイジャナイカドドンガドンさんが安堵のため息をつくのが見えた。
俺も肩の荷をようやく降ろす事が出来そうだった。
「皆さん同意でよろしいですか?
三男さんは、『草原の育て主』と、アルゴシープを5頭。
次男さんは、アルゴシープを12頭。
長男さんは、18頭を引き継ぐということで、よろしいですね。
どのアルゴシープを選ぶかは、三男さん、次男さん、長男さんの順番で1頭ずつ選んでください。
これで良いですね」
俺の念押しに、三人は静かに頷いた。
エイジャナイカエイジャナイカドドンガドンさんが俺の手を包むようにがっちりと握りしめた。
「おお、おお、さすが、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様だ。見事にこの難題を解決していただけた。まさに200年前の伝承の再現ですじゃ。
ありがとうございます。ありがとうございます」
「ああ、いや、まぐれですよ。まぐれ。でも丸く収まって良かったです」
俺はそう言うと笑って見せた。
その後、さっそくアルゴシープの遺産分けが、部族の重鎮立ち合いのもと、厳かに行われ、そのまま祝宴が始まった。勿論、俺たちも出席した。
そして、次の日の早朝。
まだ、ヘッドスライディングドゲザは昨日の宴の夢から覚めていないようで、とても静かだった。
俺たちは、町の人々が目を覚ます前に旅立つことにした。
そうしないと、一週間ぐらい引き止められそうな雰囲気があったからだ。
「エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様、出発なされるのですか?」
馬車に乗り込もうとしたところを呼び止められた。
振り向くと、それはポンポコナーノポンポコピーだった。
「ええ、目的がありますので。
あなたも、早いですね。羊の世話ですか?」
「はい。今はたった五頭ですが、これからどんどん増やして、はやく、『草原の育て主』の名に恥じないようにしたいのです」
「なるほど。きっとあなたならなれるでしょう。
ではご機嫌よう」
「では、出発します」
パチキカマシタローが鞭を鳴らすと、馬車がゆっくりと動き出した。
「しかし、ふう、なんで、ふう、ふう、前族長は、はあ、はあ、はあ、あんな妙な遺言を残したでしょう、は、はぁ、はっ」
朝の筋トレをしながらヒラメキンが言った。
「前族長は三男さんに自分の称号を継いでほしかったんだろうと思う。彼の資質に気づいていたんだ思うよ」
「あら、でしたら、最初からそう言えばよかったではないですか」
シモネッタが納得できない、という顔をする。
「直接そうしたら、長男や次男が文句を言って、争いの種になる、と思ったんじゃないのかな。だから、あんな割り切れない遺言を残したんじゃないかな」
「なるほど。深いですわ。
しかし、それに気づくとはさすが、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様です」
「本当のところは分からないけどね」
尊敬のまなざしを向けられた、俺はすごく居心地が悪かった。
そんなに買いかぶらないでくれ、と心の中で思う。
なんといっても、俺はエロデロンドロロンスットコドッコイダッタが何なのも可も知らないんだから。
そして、そっと馬車の進むほうへと目を向ける。
まだ見ぬ、西の賢者の館へ。そして俺自身がなんなのかを知るために。
俺の自分探しの旅はまだ、これからだ。
(第1部 完)
この後、おまけの小噺がございます。




