6 ヘッドスライディングドゲザ
「この方たちが旅の供ということでしょうか?」
「うむ、みな、その道の達人ばかりだ」
いや、お断りだ!
と、叫びたくなるのをぐっとこらえ、3人を見つめた。
「よろしくお願いします」
俺は王様に礼を言った。
と言うのが1週間ほど前の話だ。
「そろそろヘッドスライディングドゲザが見えてきますよ」
と、シモネッタが言った。
名前からどんな喋り方をするんだろうかと思ったが、シモネッタは至って普通だった。少し残念ではある。
シモネッタに言われて、俺は馬車の窓から身を乗り出して前を見た。けれどだだっ広い草原が広がるばかりで何もなかった。
「なにもないようだけど、本当にあってるの?」
「……たしかに見えてきませんね。
まあ、ヘッドスライディングドゲザは放牧民の町なので、移動するんですよ。
だいたいこの辺にある、ぐらいな感じなんですよね」
「そんな町なの!」
「そうです。そうです。この辺はもともと、モンモン族という牧畜を生業にしている民族のテリトリーだったのですよ。
それを300年ほど前、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様がウーンマンダムン王国に恭順させた、といわれているのです。
ですから、名もなきエロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様と縁がある地方とも言えますね」
「そうなの……」
エウレカが言っていた争いを収めたというのはここの事なのだろうかと思った。
「ところでさ、その俺の名前を呼ぶときにいちいち、名もなきエロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者、とか呼ぶのをいい加減やめないか?
仮でもいいので名前をつけない?」
自分の提案に、シモネッタは少しキョトンとした顔になった。そして隣に座るヒラメキンの方を見た。
ヒラメキンは、ものすごくデカくて重そうな魔導書を開いたままヒンズースクワットをしていた。
なんでもこの世界では、筋肉量に魔力が比例しているらしく、魔法使いたちは筋トレに余念がないらしい。旅に出る前に紹介してもらったヒラメキンの同僚たちは、みんなムッキムキでやはり上半身裸だった。
名前もジョーワンニトーキンとかダイキョーキンとか名乗っていた。
代々受け継がれている由緒正しい名前らしい。ご愁傷さまだ。
自分、魔法使いじゃなくてよかったと割かし本気で思ったものだ。
「はぅ、はぅ、はっ、なんだって? エロデロンドロロン、はぁ、はぁ、スットコドッコイ、ふう、ダッタの勇者様の仮の名前、ふふふふう。だと?」
「と、とりあえず、筋トレ止めて話をしないか。もう、こっちが疲れてくる」
ヒラメキンは額の汗をぬぐいながら、さわやかな笑顔で言った。
「あー、なんと言いますか。エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様は名無しでありまして、ゆえに仮の名前とか付けれんのです」
「どういう意味?」
「そのまんまです。名前を付けることができないのです」
「そんな馬鹿な話はないでしょう。仮に名前を付けようと思えばなんだってつけれるでしょう」
俺の言葉に、シモネッタとヒラメキンは困ったように顔を見合わせた。
「失礼ですが、一度ご自分で試されればよいです。自分をこう呼んでくれと言ってみてください」
みょうちきりんなお願いをされてしまった。
「うーん、意味わからないけど、じゃあね……
あれ、ちょっとまってね。えっと……」
適当に名前を付けようとするが、名前がまるで思いつかなかった。名前の候補をいくつか考えることはできるのだけど、いざ、その名前で呼んでくれと言おうとすると、その思いついていた名前が真っ黒に塗りつぶされたみたいになんだったか分からなくなった。
「なんだこりゃ」
その不思議な現象に思わずつぶやいてしまった。かなり気持ち悪い。
「でしょう。だから、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様は、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様なのです」
「うーん……
どうにも納得できないけど、今のところはどうしようもないなぁ」
釈然としなかったけれど、名前を付けられないことは事実として受け入れるしかなかった。
俺の言葉にヒラメキンは満足したのか再び、ヒンズースクワットを始めた。
それから、しばらく、太陽が大草原の端っこにかかりそうなころ、御者台のパチキカマシタローの声がした。
「町が見えてきましたよ。多分、ヘッドスライディングドゲザです」
顔を外に出すと、今度こそ、見えてきた。 なんだか砂漠にこんもりと盛り上がる蟻塚を思わせるような天幕がいくつか見えた。天幕の周りにはたくさんの牛やヤギが見えた。なるほど、たしかにこれは放牧の民の町なんだ、と実感した。
町にある程度近づくと、武装したいかつい顔をした男たちが馬に乗ってやってきた。
男たちはジェスチャーで止まれと指示してきた。
なんだか雰囲気がピリピリしていた。こっちにもその緊張感が伝わってくる。
「お前たちはなにものだ」
リーダーらしき男が言った。
「我々は旅の者だ。別に怪しいものではない。王命で西に向かっている」
パチキカマシタローは男たちの圧に動じることなく平然と答えた。さすが剣聖と呼ばれるだけのことはあると、頼もしく思った。
「王命で西に向かっている、だと?」
男は訝しがるように馬車の中を覗き込んできた。
「ふむ。お前が旅のリーダーか?」
パチキカマシタローに男が尋ねた。
「いや、俺は従者だ。リーダーは、馬車の中にいる、名もなきエロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様だ」
パチキカマシタローの答えにリーダーの男の顔色がさっと変わるのが分かった。
え、またこのパターンか、と内心、次の展開が読めてしまった。
「なんと、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタ様が馬車の中にいるのだと!!」
リーダーの男は、やおら馬から降りると土下座をした。
「これはまさしく神の采配。エロデロンドロロンスットコドッコイダッタの勇者様。我らにお知恵をお貸しください」
いや、絶対これ、面倒くさいことになるでしょう。勘弁してほしい。
「ああ、いや、ちょっと俺たち……、いや我々は先を急いでいるので、そんな時間ないな」
丁重にお断りをすることにしたのだが、リーダーは必死の形相で言った。
「そこをなにとぞ。お力をお貸しください」
そして、周りの部下たちに命令する。
「さあ、お前たちもエロデロンドロロンスットコドッコイダッタ様にお願いをするんだ!」
すると男たちは馬から一斉にフライングヘッドスライディング土下座アタックをかましてきた。
「どうか
「どうか
「どうか
エロデロンドロロン
エロデロンドロロン
エロデロンドロロン
スットコドッコイダッタ様
スットコドッコイダッタ様
スットコドッコイダッタ様
我々にお知恵を
我々にお知恵を
我々にお知恵を
お貸しください」
お貸しください」
お貸しください」
軽いめまいに襲われた。




