第6話不可言説の秘密
月明かりが雲の間から大地に静かに降り注ぐ。夜の虫の鳴き声がひときわ響き、そよ風が吹く中、瞬は学校の公園の遊歩道を歩いていた。
(はあ……ここ数日、やるべきことが色々とあるな)
「どうした、心が疲れたのか?だから散歩にでも来たのか?」
(そうだよ。お前は他人事みたいに言うけど、あの女の子のこと、どうすればいいかまだ分かってないんだ)
「俺が言っただろう、最初からあいつに関わるなって…」
(お前も酷い奴だな)
瞬は即座に白夜の言葉を遮った。
「ふん、俺は一応最悪の魔女だ。俺が今までにやってきた悪事なんて数え切れない。お前たちみたいに余計なことに首を突っ込むような真似はしないよ。俺の良心は人間だった頃に一緒に死んだ。お前を助けてやるのも、俺たちが運命共同体だからだ。こんなお節介、俺はごめんだ」
そう言い終えると、白夜は姿を消した。
(白夜、お前って本当に酷い女だな!)
しばらく歩いていると、女生徒の泣き声が聞こえてきた。
瞬は声のする方へ向かうと、紫髪の少女が一人でベンチに座ってすすり泣いていた。
(さっきイジメられてたあの子だ)
瞬は近づき、優しく声をかけた。
「もし何か悩み事があるなら、俺に話してくれ。助けられるかもしれない」
少女が顔を上げた。
「あなたは……あの金髪の子と一緒にいた人……」
「多分俺の友達はちょっと乱暴で、考えが足りなかったかもしれない。改めてここで彼女の代わりに謝る」
瞬は腰を曲げて頭を下げた。
「でも彼女は本当にあんたを助けたいと思ってただけで、悪意はなかったんだ。俺も同じだ。困ったことがあれば話してくれ」
少女は首を振った。
「無駄だよ……もうあいつら、言っちゃったから……」
「あんたの秘密か?」
「うん……」
瞬は少女の隣に座った。
「じゃあ、教えてくれないか?もちろん、話したくないなら無理にとは言わない」
「もうあいつらが広めちゃったんだ。教えても同じだよ……問題は証拠が奴らの手にあることなんだ……」
少女は涙を拭き、ため息をついた。
「証拠?」
「私が人を殺したっていう証拠……」
「殺人」という言葉が目の前の可憐な少女の口から紡がれた瞬間、瞬は背筋が凍るのを感じた。
「お前……人を殺したのか?」
「わざとじゃなかったんだ……」
少女はうつむき、まるで向き合いたくないかのようだった。
「あいつらが私の日記を奪ったんだ。そこに三年前の日記が書いてある……」
三年前。
「澪、中学校に入るんだから、もう少しちゃんと勉強しなさいよ!学校で一日中何やってるの?」
少女は机の前に座り、一言も発しなかった。
「お父さんが早くにいなくなって、私が一人でお前を育てるのがどれだけ大変か分かってるの?バイトを掛け持ちして、毎日遅くまで働いて帰ってきてるのに、お前は全然勉強しない!今回のテストだって合格点に達してないじゃないか!私たち家族の未来はお前にかかってるんだよ。なのにこんなに不甲斐ない!」
女は全身を震わせながら怒りをぶちまけた。
「どうして……どうして……どうして……どうしてこんなに大きなプレッシャーを私に押し付けるの……」
「まだどうしてだって?」
「パンッ」という乾いた音とともに、女が娘の頬を叩いた。
「まだ分からないの!お前なんか娘じゃなかったらよかったのに!」
「私が……娘じゃなかったら……」
少女の周囲から突然黒い霧が立ち昇り、彼女はゆっくりと立ち上がった。
女が最後に娘の顔を見た時、その顔は歪み、辛うじて見分けられる瞳からは瞳孔が消え、白目は血管で真っ赤に染まっていた。
「殺してやる……!」
少女は手近にあったフルーツナイフを手に取り、母に突き刺した。
女は避ける間もなく、胸を貫かれ、血溜まりの中に倒れ込んだ。
「お母さん……」
少女は血溜まりに跪き、必死に母親の体を揺さぶった。
「嫌だ!もうお母さんしかいないのに!起きてよ!何てことを……」
少女は絶望のあまりナイフを手に取り、震える手でゆっくりとそれを自分の首に当てた。
「お母さん……今行くよ……」
手を振り下ろした。
「なぜだか分からないけど、私は死ななかった。再び意識を取り戻した時には、首の傷も消えてた。でもお母さん……本当に殺そうと思ったわけじゃないんだ。あの時は自分でも意識がなかったんだから……」
そう言って、少女はまた泣き出した。
「分かった。でも……日記を奪い返せばいいんだな」
「うん……」
少女は瞬の胸に顔を埋めた。
「あの時は本当に絶望して、すごく……死にたいって思った。でも、どうやっても死ねなかったんだ……」
「大丈夫、俺はお前を信じる」
瞬はそっと少女の肩を叩いた。
「本当に私を助けてくれるの……」
「本当だ、信じてくれ。そうだ、名前を教えてくれるか?」
「高一C組、真白澪です」
「うん、澪か……いい名前だな。俺は高一B組の高橋瞬だ。よろしくな」
「まったく、お前って奴は本当にお節介だな。一応忠告はしておいたぞ。もし面倒なことになったら俺は手を貸さないからな」
白夜が突然現れ、街灯の下に立って腕を組んだ。
(昔の俺ならこんなことしなかったかもしれない。でも、泥沼に落ちた女の子を助けるのが俺の使命だ!)
「チッ、なんでお前が主人公みたいな顔してんだよ。そんなこと言って恥ずかしくないのか?」
翌日。
(あの三人の女生徒も高一C組か。白夜、隠身魔法を教えてくれないか)
「さっきも言っただろ、手を貸さないって。じゃあな」
白夜は姿を消した。
(はあ……約束はしたけど、どうやって日記を取り戻せばいいんだ。隠身が使えれば盗み返すのが一番簡単なんだが。奪いに行くとなると、事が大きくなりそうだ)
「おい、朝っぱらから何をそんなに難しい顔してるんだ?」
夏恋が近づいてきて、瞬をつついてから席に座った。
「お前が助けたあの子のことだよ」
「え?あの子、まだ気にしてるのか?」
「昨夜あの子に会ったんだ。いろいろ話してくれた……あ、そうだ、彼女は真白澪って言うんだ。C組だ」
「それであの子のこと、全部知ったんだな」
「ああ。まずはあの三人のC組の女生徒から真白の日記を取り戻すのが先決だ」
「俺が直接あいつらに取りに行ってやる。渡さなかったらもう一度殴り合いだ」
「それはちょっと乱暴だな。事を大きくしたくないんだ」
「じゃあ盗み返そうってのか?」
「午前中の最後の授業、C組は体育だ。授業が終わったらそのまま食堂に行く可能性が高い。それがチャンスだ」
「本当に盗みに行くつもりなのか?もしあいつらが真白さんに復讐したらどうするんだ?」
「そんなことはさせない」
「殴って言うことを聞かせる以外にどうやって黙らせるんだ?」
(確かに、暴力で脅さなければ望む効果は得られないかもしれないが……)
「俺は呪術が使える。もしあいつらがまた何か仕掛けてきたら、呪いをかけてやる」
「は?本当に呪術なんて使えるのか?」
「もちろん本当だ」
(あの連中が呪術に詳しくないことを願うだけだ。呪術については少しは知ってるけど、実践は無理だ。ただ脅すだけで十分だ。最悪、白夜に頼んで教えてもらうしかない)
午前中の最後の授業が終わり、C組の教室の中。
「よし、名簿を確認しよう……あそこだ、水無月花川、こいつがリーダー格だ」
瞬は窓際の机を指さした。
二人はその机に向かった。
夏恋が机の引き出しを調べ、瞬は花川の鞄を調べた。
「引き出しにはないな」
「見つけた。まさかこんなに簡単に見つかるとは思わなかった」
瞬はピンク色の厚い日記帳を手に挙げた。
「それからこの札を机に貼って、このメモを残しておけばいい」
「その札に描かれた符はどういう意味なんだ?」
「多分、発動したら呪われた人が七孔から血を流すっていうものだ。よし、早くここを離れよう。誰かに見つかったらまずい」
「そうだな、飯を食べに行こう。ところで、真白さんの秘密って何なんだ?教えてくれないか?」
「教えても構わないけど、余計なことは言うなよ」
瞬は昨夜澪から聞いた話を夏恋に改めて話した。
「つまり、彼女は自分が知らないうちに母親を殺してしまって、自殺しようとしても成功しなかったってことか?」
「そういうことだ。自殺した後、傷が治ったはずだ」
「ふむ……強力な自己治癒力、感情が高ぶると意識を失い、何かに操られる……これって呪いか、何かに憑依されてる可能性があるな。それか……真白さんは人間じゃないのかも」
「それが真白さんの一番の秘密だな……彼女自身も気づいてないことだ」




