第97話 受付嬢の商才
翌朝。
グレンたちは冒険者ギルドを訪れていた。
「ミャ!」
『エレナ!』
「朝から元気だな。」
「ミャー。」
「エレナさんいるかな?」
「いるだろ。」
ギルドの中へ入る。
朝ということもあり、依頼を探す冒険者たちで賑わっている。
受付を見る。
「いた。」
エレナ。
いつもの受付。
今日も淡々と冒険者の対応をしている。
「次の方。」
グレンたちが受付へ向かう。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
「ミャ!」
「おはようございます、ミケちゃん。」
「……。」
グレンがエレナを見る。
「何でしょう?」
「いや。」
「ミケだけ名前付きだなと思って。」
「気のせいです。」
「絶対違うだろ。」
「本日は?」
「昨日頼まれたもの。」
「……!」
一瞬。
エレナの表情が変わる。
「もう完成したのですか?」
「ああ。」
「早かったね。」
「一度作ってるものだからな。」
「見せていただけますか?」
「ここで?」
「……。」
エレナが周囲を見る。
冒険者たち。
他の受付嬢。
「裏へ行きましょう。」
「その方がいいな。」
エレナに案内され、三人はギルドの裏手にある倉庫へ移動する。
「ここでしたら問題ありません。」
「じゃあ出すぞ。」
「はい。」
グレンがストレージへ手を入れる。
「まず。」
冷蔵庫。
「おお。」
エレナの表情が明るくなる。
「次。」
洗濯機。
「はい。」
「最後。」
暖房。
「……。」
エレナが三つを見る。
「以上。」
「……。」
「全部あるだろ?」
「はい。」
「冷蔵庫。」
「はい。」
「洗濯機。」
「はい。」
「暖房。」
「はい。」
「三種の神器。」
「神器?」
「ああ、いや。」
グレンが首を振る。
「こっちの話。」
「そうですか。」
「欲しかったもの全部あるだろ?」
「……はい。」
「じゃあ問題ないな。」
「……。」
エレナが暖房を見る。
そして。
グレンを見る。
「何だ?」
「いえ。」
「何か足りない?」
「……いえ。」
「そうか。」
「……。」
明らかに残念そうだった。
「ミャ。」
『もうひとつ』
「……。」
グレンとアイリがミケを見る。
「ミャ!」
『だんぼう!』
「ミケ。」
「ミャ?」
「しーっ。」
「ミャ。」
『あるよ』
「ミケちゃんは何と?」
エレナが聞く。
「何でもない。」
「グレンさんには聞いていません。」
「……。」
エレナがアイリを見る。
「アイリさん?」
「えっと……。」
「アイリ。」
「……。」
「……。」
「ごめん。」
「早いな!」
アイリが笑う。
「もう一個あるよ。」
「アイリ!」
「本当ですか?」
エレナの表情が一瞬で明るくなる。
「うん。」
「グレンがちゃんとギルド用の暖房も作ってる。」
「……。」
エレナがグレンを見る。
「グレンさん。」
「ちょっとからかっただけだろ。」
「そうでしたか。」
「怒った?」
「いいえ。」
「なら――」
「早く出してください。」
「はい。」
グレンがストレージから二台目の暖房を取り出す。
「これ。」
「ありがとうございます。」
エレナが暖房を見る。
「これで仕事中も暖かく過ごせます。」
「ギルドマスターの許可は?」
「いただきました。」
「もう取ったのか。」
「当然です。」
「仕事早いな。」
「昨日帰宅する前に確認しました。」
「そんなに欲しかったの?」
アイリが聞く。
「はい。」
「即答。」
「寒いものは寒いですので。」
「ミャ。」
『あったかい』
「ミケも暖房好きだもんね。」
「ミャー。」
エレナがミケを見る。
「ミケちゃんも暖かい方が好きなのですか?」
「好きだって。」
「そうですか。」
エレナが満足そうに頷く。
「じゃあ。」
グレンが暖房を持つ。
「受付に置くか。」
「お願いします。」
四人は倉庫を出る。
冷蔵庫。
洗濯機。
自宅用の暖房は一度ストレージへ戻した。
ギルド用だけを持って受付へ向かう。
「どこ?」
「こちらです。」
受付の奥。
邪魔にならない場所。
「ここなら大丈夫だな。」
グレンが暖房を設置する。
魔石。
魔力回路。
起動。
「これでいい。」
暖かい空気が流れ始める。
「……。」
エレナが暖房の前に立つ。
「どう?」
「暖かいです。」
「よかったね。」
「はい。」
エレナの表情が少し緩む。
だが。
「何だこれ?」
近くにいた別の受付職員が気づいた。
「暖かい……。」
「暖房です。」
エレナが答える。
「暖房?」
「室内を暖める魔道具です。」
「こんなのあった?」
「昨日まではありませんでした。」
「どこで買ったの?」
「買っていません。」
エレナの視線。
グレン。
「……。」
「グレンさんが作りました。」
「言うのかよ。」
「隠す理由がありませんので。」
「これ作れるの?」
受付職員がグレンを見る。
「まあ。」
「私も欲しい。」
「……。」
「家に置きたい。」
「ほら来た。」
グレンがエレナを見る。
「言っただろ。」
「想定内です。」
「想定してたの?」
「もちろんです。」
「じゃあ。」
別の受付職員が聞く。
「いくら?」
「まだ売り物じゃ――」
「金貨――」
グレンが言おうとする。
「グレンさん。」
「何?」
「価格については私が決めます。」
「なんで?」
「グレンさんに任せると安くしそうですので。」
「材料代と手間賃くらいでいいだろ。」
「駄目です。」
「なんで。」
エレナが暖房を見る。
「この魔道具。」
「はい。」
「火を使わずに部屋を暖められます。」
「そうだな。」
「燃料を用意する必要もありません。」
「魔石はいるぞ。」
「頻繁に交換する必要は?」
「ない。」
「火事の危険も低い。」
「ああ。」
「それを材料代と少しの手間賃だけで販売するのですか?」
「……駄目?」
「駄目です。」
「即答だな。」
「当然です。」
エレナが続ける。
「さらに。」
「まだあるの?」
「安く販売すれば注文が殺到します。」
「……。」
グレンが黙る。
「一日に何台作れますか?」
「作ろうと思えば何台か。」
「毎日ですか?」
「嫌だ。」
「ですよね。」
「俺は冒険者だからな。」
「その通りです。」
エレナが頷く。
「ですから、価格を上げます。」
「どれくらい?」
「それは市場価格や使用する素材を確認してから決めます。」
「ちゃんとしてる。」
「当然です。」
「さらに月ごとの販売数も制限します。」
「そこまで?」
「必要です。」
「欲しい人が多かったら?」
「待っていただきます。」
「強い。」
「グレンさんは魔道具職人ではありません。」
「ああ。」
「本業は冒険者です。」
「そう。」
「塔の攻略に支障が出るほど注文を受ける必要はありません。」
「……。」
グレンが少し感心する。
「エレナ。」
「はい。」
「俺より商売向いてない?」
「受付嬢ですので。」
「受付嬢ってそこまでやるの?」
「さあ?」
「おい。」
アイリが笑う。
「でも助かるね。」
「ああ。」
グレンが考える。
自分で注文を受ける。
値段を決める。
誰にいつ渡すか管理する。
正直。
「面倒だな。」
「グレン。」
「何?」
「声に出てる。」
「別にいいだろ。」
「でしたら。」
エレナが言う。
「注文はギルドを通してください。」
「いいのか?」
「ギルドマスターには私から相談します。」
「売ってもいいってなったら?」
「受付で注文を管理します。」
「俺は?」
「決められた数だけ作ってください。」
「それだけ?」
「それだけです。」
「楽だな。」
「ただし。」
「まだあるの?」
「勝手に安く売らないでください。」
「……。」
「グレンさん。」
「分かったよ。」
「本当に?」
「分かった。」
「アイリさん。」
「私?」
「グレンさんが勝手に安く売ろうとしたら止めてください。」
「分かった。」
「おい。」
「ふふっ。」
「ミャ。」
『ごはん』
「ミケまで何か言ってるぞ。」
「何と?」
「ご飯だって。」
「……。」
エレナが少し考える。
「ミケちゃんのご飯代も価格に含めましょう。」
「なんでだよ!」
「必要経費です。」
「必要じゃないだろ。」
「ミャ!」
『いる!』
「ほら。」
「ミケの言葉分からないだろ!」
「アイリさん。」
「いるって。」
「ほら。」
「なんなんだ、この連携。」
アイリが笑う。
エレナも。
ほんの少しだけ笑っていた。
「まあ。」
グレンが暖房を見る。
「任せるよ。」
「はい。」
「俺は作れる時に作る。」
「それで結構です。」
「数も無理のない範囲で。」
「こちらで調整します。」
「助かる。」
「その代わり。」
「何?」
エレナがグレンを見る。
「私の三つは販売数に含めないでください。」
「もう作っただろ。」
「そうでした。」
「ちゃっかりしてるな。」
「ミャ。」
「ミケちゃん。」
エレナの表情が柔らかくなる。
「また家にも遊びに行っていいですか?」
「もちろん。」
アイリが答える。
「ミャ!」
『くる!』
「ミケも来てって。」
「はい。」
「また伺います。」
グレンがその様子を見る。
最初に会った頃。
冷静で。
少し冷たい印象だった受付嬢。
だが。
今は違う。
まだ仕事中は淡々としている。
それでも。
アイリやミケと話している時。
時々。
普通に笑うようになった。
「グレンさん。」
「何?」
「何を見ているんですか?」
「いや。」
「エレナも変わったなと思って。」
「……。」
エレナの表情が戻る。
「何か問題でも?」
「ない。」
「でしたら仕事がありますので。」
「はいはい。」
「グレン。」
「何?」
「ちょっと嬉しそう。」
「気のせいだ。」
「ふふっ。」
「ミャー。」
グレンたちは受付を離れる。
その後ろ。
暖房から流れる暖かい空気の中で。
エレナは次の冒険者を呼ぶ。
「次の方、どうぞ。」
いつもの受付嬢。
ただし。
今日は少しだけ。
いつもより暖かそうな顔をしていた。




