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アラフォー冒険者、今日も嫁のために頑張ります  作者: 榊紅丸
第二章 冒険者都市ルグリア編
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95/105

第95話 エレナが家に来た

 十五階層の階層主を倒した翌日。


 昼過ぎ。


 グレンたちが借りている家に、珍しい客が来ていた。


「お邪魔します。」


「どうぞー。」


「ミャ!」


『エレナ!』


「こんにちは、ミケちゃん。」


 エレナ。


 冒険者ギルドの受付嬢。


 いつもなら受付の向こうにいる彼女が、今日は私服姿で玄関に立っている。


「本当に来たな。」


「来てはいけませんでしたか?」


「いや、そんなこと言ってないだろ。」


「グレン、エレナさん楽しみにしてたんだから。」


「……そうなのか?」


「アイリさん。」


「はい。」


「余計なことは言わなくて結構です。」


「ふふっ。」


 以前までのエレナなら、もう少し冷たい言い方をしていたかもしれない。


 だが最近は、グレンたちに対して少しずつ表情も柔らかくなっている。


「それで。」


 エレナが家の中を見る。


「冷蔵庫という魔道具を見せていただけるんですよね?」


「ああ。」


「洗濯機もあるよ。」


「それも気になっています。」


「暖房も。」


「暖房?」


「部屋を暖かくする魔道具。」


「……。」


 エレナが少し黙る。


「全部見せてください。」


「食いついたな。」


「生活に役立つ魔道具には興味があります。」


「そういうことにしておこう。」


「何か?」


「何でもない。」


 まずは台所。


 グレンが冷蔵庫を開ける。


「これ。」


「……。」


 エレナが中を覗き込む。


「冷たい。」


「だから冷蔵庫。」


「食材をこの中に?」


「ああ。普通に置いておくより長持ちする。」


「肉も?」


「入れられる。」


「野菜も?」


「もちろん。」


「飲み物も冷やせるよ。」


 アイリが中から容器を取り出す。


「ほら。」


 エレナが受け取る。


「本当に冷たい……。」


「便利だろ?」


「便利という言葉では足りないと思います。」


「そんなに?」


「食材の保存期間が延びるのであれば、家庭だけでなく飲食店でも使えます。」


「確かに。」


 グレンはそこまで考えていなかった。


「これをグレンさんが?」


「ああ。」


「魔道具作成で。」


「……。」


 エレナが冷蔵庫を見る。


「欲しいです。」


「早いな。」


「見たらもっと欲しくなりました。」


「作れなくはないけど。」


「本当ですか?」


 エレナの表情が明るくなる。


「材料があればな。」


「用意します。」


「即答か。」


「当然です。」


「エレナさん、次は洗濯機見よ。」


「はい。」


 次に三人が向かったのは洗濯機。


 アイリが服を入れる。


「ここに洗濯物を入れて。」


「はい。」


「水と洗剤を入れて。」


「はい。」


「動かす。」


 洗濯機が動き始める。


「……。」


 エレナがじっと見つめる。


「これだけですか?」


「これだけ。」


「洗わないんですか?」


「これが洗ってくれる。」


「人が?」


「何もしなくていいよ。」


「……。」


 エレナが洗濯機を見る。


「欲しいです。」


「またか。」


「これは欲しいです。」


「分かったから。」


「絶対ですよ?」


「材料次第だって。」


「必要な材料を教えてください。」


「分かった。」


 エレナが真剣すぎて、アイリが笑う。


「じゃあ、終わるまでお茶にしよっか。」


「洗濯が終わるまで何もしなくていいんですよね?」


「うん。」


「……素晴らしいです。」


「完全に気に入ったな。」


 三人は居間へ移動する。


「暖かい。」


 エレナがすぐに気づく。


「これが暖房?」


「ああ。」


「魔石を使って部屋を暖めてる。」


「火を使わずに?」


「使ってない。」


「……これも。」


「欲しいですか?」


「欲しいです。」


「やっぱり。」


 アイリが笑う。


「エレナさん、全部欲しいんじゃない?」


「便利なものを欲しいと思うのは普通です。」


「まあ、それはそうだな。」


「グレン。」


「何?」


「エレナさんの分、作ってあげようよ。」


「材料が揃えばな。」


「ありがとうございます。」


「まだ作るって決めてない。」


「材料が揃えば作ってくださるんですよね?」


「……そう言ったけど。」


「では問題ありません。」


「強いな。」


「受付嬢だからね。」


「関係あるか?」


「ミャ。」


 ミケがエレナの足元へ近づく。


「ミャ?」


「……。」


 エレナが見る。


「ミャ。」


 前足。


 エレナの脚へ。


「ミケちゃん?」


「ミャ。」


『のる』


 アイリが笑う。


「膝に乗りたいって。」


「……!」


「座ったら?」


「はい。」


 エレナが椅子へ座る。


 アイリがミケを抱き上げ、その膝へ乗せる。


「ミャー。」


 ミケが丸くなる。


「……。」


 エレナの手が、ゆっくりミケの背中を撫でる。


「ミャー。」


 ゴロゴロ。


「……。」


「エレナさん。」


「何でしょう?」


「顔。」


「何か?」


「すっごく幸せそう。」


「気のせいです。」


「全然隠せてないぞ。」


「グレンさん。」


「はい。」


「何か問題でも?」


「ありません。」


「ふふっ。」


 アイリがお茶を用意する。


 暖かい部屋。


 洗濯機が動く音。


 エレナの膝ではミケがくつろいでいる。


「……いいですね。」


「何が?」


「こういうの。」


 エレナが部屋を見る。


「暖かくて、洗濯は魔道具がしてくれて。」


 そして膝。


「ミケちゃんもいます。」


「最後が一番重要じゃない?」


「否定はしません。」


「もう隠さなくなったな。」


「隠しても意味がありませんので。」


「ミャ。」


『エレナすき』


「……。」


 エレナの手が止まる。


「今、何と?」


「エレナさん好きだって。」


「……そうですか。」


 再び撫で始める。


 だが、明らかに嬉しそうだった。


「そういえば。」


 アイリがお茶を飲みながら言う。


「十五階層のボス倒したよ?」


「……。」


 エレナの手が止まる。


「昨日。」


「……アイリさん。」


「何?」


「一応、塔の攻略報告はギルドでしてください。」


「ダメ?」


「駄目です。」


「そっかぁ。」


 アイリが立ち上がる。


「ミケ。」


「ミャ?」


 エレナの膝からミケを抱き上げる。


「……。」


 エレナの視線がミケを追う。


 アイリがそのままミケを抱える。


「じゃあ明日ギルドに行こうか。」


「ミャ。」


「……。」


「エレナさん?」


「……今回は。」


「うん?」


「私が報告しておきます。」


 アイリが笑う。


「いいの?」


「十五階層主を討伐されたということですね?」


「うん。」


「階層主は?」


「オーガジェネラル。」


「承知しました。」


「じゃあお願い。」


「はい。」


 アイリがミケをエレナの膝へ戻す。


「ミャー。」


「……。」


 エレナがすぐに撫で始める。


「完全に買収されてるじゃないか。」


「違います。」


「何が?」


「必要事項は確認しました。」


「ギルドで報告しろって言ってただろ。」


「今回は私が報告します。」


「ミケを返した瞬間に?」


「偶然です。」


「絶対違う。」


「グレン。」


「何?」


「エレナさんがいいって言ってるんだからいいじゃない。」


「アイリも共犯だろ。」


「ふふっ。」


「ミャー。」


 エレナは何も聞こえないような顔でミケを撫で続ける。


「そうだ。」


 グレンが思い出す。


「報告するなら、もう一つ聞きたいことがある。」


「何でしょう?」


 グレンがストレージから球体を取り出す。


「これ。」


「……。」


 エレナの表情が変わる。


「転職オーブですね。」


「やっぱり知ってるか。」


「もちろんです。」


「十五階層の宝箱に入ってた。」


「それも報告事項です。」


「あ。」


「グレンさん。」


「……悪かった。」


「今回は一緒に記録しておきます。」


「助かる。」


「ミャ。」


 エレナがミケを撫でる。


「それで、使い方を聞きたい。」


「難しくありません。」


 エレナが転職オーブを見る。


「転職オーブへ触れて使用する意思を示せば、その方が転職可能な上位職が表示されます。」


「誰でも同じじゃない?」


「はい。現在のジョブや能力、習得しているスキルなどによって候補は変わります。」


「なるほど。」


 グレンが転職オーブを見る。


 一つだけ。


「アイリ。」


「うん?」


「使え。」


「私?」


「ああ。」


「グレンは?」


「一個しかないからな。」


「でも。」


「また手に入るだろ。」


「……いいの?」


「ああ。」


「今の俺はヴァリアントもあるし、戦い方に困ってない。」


「分かった。」


 アイリが転職オーブを受け取る。


「どうすればいい?」


「両手で持って、転職したいと考えてください。」


「やってみる。」


 アイリが転職オーブを両手で持つ。


 淡い光。


「わっ。」


 光がアイリを包む。


 そして目の前に文字が浮かぶ。


《転職可能ジョブ》


《聖女》


《魔導士》


《ヴァルキリー》


「三つ。」


 グレンも覗き込む。


「聖女。」


「今の神官の上位職としては自然ですね。」


 エレナが説明する。


「回復魔法と支援魔法に高い適性を持つ職業です。」


「魔導士は?」


「攻撃魔法と魔力に特化した上位職です。」


「アイリ、攻撃魔法もかなり使うからな。」


「うん。」


 そして。


「ヴァルキリー。」


 グレンが読む。


「これは?」


「珍しいですね。」


「珍しいの?」


「はい。」


 エレナが表示を見る。


「魔法と近接戦闘の双方に適性を持つ上位職です。」


「両方。」


「現在のアイリさんには非常に相性が良いと思います。」


「回復も使える?」


「もちろんです。ただし聖女ほど回復や支援に特化するわけではありません。」


「攻撃魔法は?」


「魔導士ほどではありませんが、今まで以上に扱えるでしょう。」


「近接は?」


「大きく伸びると思います。」


 グレンがアイリを見る。


「かなり合ってるな。」


「私もそう思う。」


 エレナが続ける。


「特にヴァルキリーは長柄武器への適性が高い職業です。」


「長柄武器?」


「槍などですね。」


「……。」


 グレンが止まる。


「どうしたの?」


「十五階層。」


「あ。」


 アイリも気づく。


「長柄武器術。」


「そう。」


 グレンがストレージから青いスキルブックを取り出す。


「これも宝箱に入ってた。」


「……なるほど。」


 エレナも納得したように見る。


「転職オーブと同じ宝箱からですか?」


「ああ。」


「でしたら、組み合わせて使用することを想定した報酬なのかもしれませんね。」


「ありそうだな。」


 グレンがスキルブックを鑑定する。


《長柄武器術》


 長柄武器の基本武技を習得する。


《三段突き》


《薙ぎ払い》


《旋風防陣》


「三つ覚えるの?」


 アイリが聞く。


「ああ。」


「三段突きと薙ぎ払い。」


「もう一つは?」


「旋風防陣。」


「防御技?」


「長柄武器を旋回させて、攻撃を弾き逸らすみたいだな。」


「いいね。」


 グレンが頷く。


「特にそれがいい。」


「防御だから?」


「ああ。」


「アイリが前で戦うなら、防御手段は多い方がいい。」


「心配性。」


「安全に越したことはないだろ。」


「ふふっ。」


 アイリが再び転職候補を見る。


《聖女》


《魔導士》


《ヴァルキリー》


「決めた。」


「どれ?」


「ヴァルキリー。」


「俺もそれがいいと思う。」


「では、選択してください。」


「うん。」


 アイリが《ヴァルキリー》へ触れる。


 転職オーブが強く光る。


「わっ!」


 光がアイリの全身を包む。


 数秒。


 やがて光が消える。


《転職完了》


《神官》から《ヴァルキリー》へ転職しました。


「……。」


 アイリが自分の身体を見る。


「どう?」


「なんか。」


 手を握る。


「身体が軽い。」


「近接能力が上がった?」


「たぶん。」


 エレナが頷く。


「ヴァルキリーは神官より身体能力の成長補正が高くなります。」


「これからもっと変わる?」


「はい。レベルが上がるほど差が出てくるでしょう。」


「よかったな。」


「うん。」


 グレンが長柄武器術のスキルブックを渡す。


「これも使っておけ。」


「いいの?」


「今使うならアイリしかいないだろ。」


「じゃあ。」


 アイリが青いスキルブックを使用する。


 青い光が身体へ吸収される。


《長柄武器術》


 習得。


《三段突き》


《薙ぎ払い》


《旋風防陣》


 習得。


「三つ入ってきた。」


「使えそう?」


「武器がないよ。」


「そうだった。」


「ふふっ。」


 グレンが少し考える。


 長柄武器。


 アイリが現在使っているのはグリムゾンティア。


 細身の刀身。


 斬撃。


 突き。


 さらに三つの魔石スロットと魔銀糸の増幅回路。


「……アイリ。」


「何?」


「グリムゾンティア、打ち直すか。」


「槍にするの?」


「いや。」


 グレンがグリムゾンティアを見る。


「薙刀にしようと思う。」


「あ、いいかも。」


「槍みたいに距離を取れるし、今まで通り斬ることもできる。」


「グリムゾンティアの刃も活かせるね。」


「ああ。」


「ナギナタ?」


 エレナが首を傾げる。


「俺たちのいたところにあった長柄武器だよ。」


「槍より刃が長くて、斬るのにも向いてるの。」


 アイリも説明する。


「なるほど。」


「それなら三段突きも薙ぎ払いも使える。」


「旋風防陣も?」


「ああ。」


 グレンが頷く。


「何より、今より距離を取って戦える。」


「やっぱりそこなんだ。」


「当たり前だ。」


「安全第一?」


「そういうこと。」


「じゃあお願いしようかな。」


「任せろ。」


「ミャ。」


『ながい?』


「長くなるぞ。」


「ミャ?」


 ミケが首を傾げる。


「出来てから見せてあげよ。」


「ミャ!」


『みる!』


 その時。


 別の部屋から音が止まった。


「あ。」


 アイリが立ち上がる。


「洗濯終わった。」


「もうですか?」


 エレナがミケを抱いたまま立ち上がろうとする。


「……。」


 膝の上。


 ミケ。


「ミャ。」


「……。」


「エレナさん?」


「アイリさん。」


「何?」


「洗濯物を見てきていただいても?」


「エレナさんも見たかったんじゃないの?」


「見たいですが。」


 エレナがミケを見る。


「今は動けません。」


「ただ降ろしたくないだけだろ。」


「ミケちゃんがくつろいでいますので。」


「ミャー。」


「ほら。」


「ほらじゃない。」


「ふふっ。」


 結局。


 アイリが一人で洗濯物を確認しに行く。


 暖かい居間。


 エレナの膝で丸くなるミケ。


 その隣で、グレンはグリムゾンティアを手に取った。


「薙刀か。」


 ヴァルキリーとなったアイリ。


 長柄武器術。


 そしてグリムゾンティア。


 次に塔へ向かう時。


 アイリの戦い方は、大きく変わることになりそうだった。

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