第92話 見てみたいです
ヴァリアントを完成させた翌日。
グレンたちは冒険者ギルドを訪れていた。
「十三階層まで行ったし、一度報告しておくか。」
「うん。」
「ミャ!」
『エレナ!』
「最近、ギルドじゃなくてエレナに会いに来てないか?」
「ミャ?」
『エレナ』
「否定しないんだな。」
「ふふっ。」
三人がギルドへ入る。
朝の依頼受注が一段落した時間だったため、中にいる冒険者はそれほど多くない。
いつもの受付を見る。
「あ。」
エレナがいた。
向こうもグレンたちに気づく。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはよう、エレナさん。」
「ミャ!」
『おはよう!』
エレナの視線がミケへ向く。
「おはようございます、ミケちゃん。」
「ミャー。」
以前なら、ミケに対しても他の二人と変わらない態度を取ろうとしていた。
今はもう隠す気がないらしい。
「今日は塔の報告ですか?」
「ああ。」
「どちらまで?」
「十三階層。」
「もう十三階層ですか。」
エレナが記録用紙を取り出す。
「十一階層以降はいかがでしたか?」
「魔物は強くなってた。」
「やはりそう感じられましたか。」
「ああ。十二階層までは見た目から硬そうな魔物も多かったんだけどな。」
グレンが十三階層での戦闘を思い出す。
「十三階層で、普通の狼や猪みたいな魔物まで剣の通りが悪くなってきた。」
「階層が上がるにつれ、魔物の能力も高くなりますから。」
「やっぱりそういうことか。」
「はい。十五階層へ近づけば、さらに強くなります。」
「それを聞けてよかった。」
「一度戻って正解だったね。」
「ああ。」
エレナが顔を上げる。
「攻略を中断されたのですか?」
「中断ってほどじゃないけど、一度帰ってきた。」
「何か問題が?」
「問題が出る前に準備しようと思ってな。」
「なるほど。」
エレナが小さく頷く。
「その判断は良いと思います。」
「まだ余裕はあったんだけどね。」
「余裕があるうちに戻れる冒険者の方が、長く活動できますから。」
「そういうもの?」
「はい。危険になってから撤退を考える方も多いので。」
「耳が痛いな。」
「グレンは最近ちゃんと帰るよ?」
「最近って付けるな。」
「ふふっ。」
エレナの口元もわずかに緩む。
そして記録を続けようとしたところで、その視線が止まった。
「……グレンさん。」
「ん?」
「その剣。」
エレナがグレンの腰を見る。
「以前使われていたものとは違いますよね?」
「ああ。」
グレンがヴァリアントへ手を添える。
「昨日作った。」
「……作った?」
「うん。」
なぜかアイリが得意そうに答える。
「グレンが作ったんだよ。」
「グレンさんが?」
「ああ。」
「見せていただいても?」
「いいぞ。」
グレンがヴァリアントを抜き、受付台の上へ置く。
エレナが刀身を見る。
「……。」
「どうした?」
「これ、オリハルコンではありませんか?」
「ああ。」
「やはり……。」
エレナが驚いたようにグレンを見る。
「ご自身でオリハルコンを加工されたのですか?」
「そうだけど。」
「グレンは色んな生産スキル持ってるんだー。」
「アイリ?」
嫌な予感がした。
「鍛冶も上級鍛冶も、裁縫も魔道具作成もあるんだからー。」
「……ずいぶん多いですね。」
「アイリ。」
「冷蔵庫や暖房に、洗濯機も作ったんだからー。」
「アイリ、それは言ったら……。」
「冷蔵庫?」
遅かった。
エレナが反応する。
「洗濯機?」
「……。」
グレンが黙る。
「それはどのようなものですか?」
「ほら。」
「何がほらなの?」
「絶対こうなると思った。」
「いいじゃん。」
「よくない。」
「エレナさん興味ある?」
「あります。」
即答だった。
以前のエレナなら、もう少し受付嬢らしい言葉を選んでいただろう。
だが今は、普通に興味を示している。
「冷蔵庫はね。」
アイリが説明を始める。
「中をずっと冷たくしておける魔道具なの。」
「ずっと?」
「うん。お肉とか野菜とか、食べ物を入れておくと長持ちするよ。」
「……。」
エレナの表情が変わる。
「便利ですね。」
「すごく便利だよ。」
「では、暖房というのは?」
「部屋を暖かくする魔道具。」
「火を使わずにですか?」
「うん。」
「……それも便利ですね。」
「冬すっごく楽だよ。」
「そして洗濯機は?」
「服を洗ってくれる。」
「……。」
「水と洗濯物を入れて動かしたら、あとは待つだけ。」
「手で洗わなくても?」
「うん。」
「……。」
エレナが黙る。
「エレナさん?」
「欲しいです。」
「やっぱり。」
グレンがため息をつく。
「三つともですか?」
「三つとも欲しいです。」
「即答だな。」
「便利なものを欲しいと思うことに何か問題がありますか?」
「ありません。」
「ふふっ。」
アイリが楽しそうに笑う。
「グレン、作ってあげたら?」
「簡単に言うな。」
「作れない?」
「作れる。」
「じゃあいいじゃん。」
「材料もいるんだぞ。」
「もちろんお支払いします。」
エレナがすぐに答える。
「材料費だけじゃなく、製作費もお支払いします。」
「いや、そこまでは。」
「駄目です。」
「……。」
「グレンさんが作られたものを私がいただくのですから、対価は必要です。」
「真面目だな。」
「普通です。」
「まあ、それは後で考えるとして。」
グレンがヴァリアントを鞘へ戻す。
「作ること自体はできる。」
「本当ですか?」
「ああ。」
「ありがとうございます。」
エレナの表情が明らかに明るくなる。
「でもね。」
アイリが口を挟む。
「実際に見てから決めた方がいいんじゃない?」
「実際に?」
「うちにあるよ。」
「……。」
エレナが少し止まる。
「見せていただけるのですか?」
「いいよー。」
「アイリ。」
「何?」
「勝手に決めるな。」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど。」
「じゃあいいじゃん。」
「……。」
「ふふっ。」
今度はエレナまで笑った。
「グレンさん。」
「何?」
「アイリさんには勝てないんですね。」
「エレナさんまでそっち側に行くのやめてもらえます?」
「事実を申し上げただけです。」
「前より絶対性格出てきたよな。」
「そうでしょうか?」
「出てる。」
「私は最初から変わっていません。」
「いや、変わったよ。」
アイリも頷く。
「前より話しやすくなった。」
「……。」
「最初ちょっと怖かったもん。」
「怖かったんですか?」
「冷たそうっていうか。」
「それ、フォローになってないぞ。」
「え?」
「……。」
エレナが少しだけ困った顔をする。
「仕事中ですので、必要以上に感情を出さないようにしていただけです。」
「今は?」
「……。」
エレナの視線がミケへ向く。
「ミャ?」
「……少しくらいなら、いいかと。」
「ミケのおかげだね。」
「否定はしません。」
「ミャ!」
『ミケ!』
「はい。ミケちゃんのおかげです。」
エレナが笑う。
以前なら、受付でこんな笑顔を見せることはなかった。
「それで。」
「うん?」
エレナが少し言いにくそうにする。
「その……魔道具を作っていただく前に、一度実物を見せていただいてもいいですか?」
「もちろん。」
アイリが即答する。
「遊びに来てよ。」
「遊び……。」
「見に来るだけじゃつまらないでしょ?」
「ですが。」
「ミケもいるよ。」
「……。」
エレナがミケを見る。
「ミャ。」
『くる?』
「来るかって。」
「……行きます。」
「決断早っ。」
「魔道具を確認するためです。」
「ミケ見て決めただろ。」
「魔道具です。」
「絶対ミケだ。」
「グレンさん。」
「はい。」
「何か問題でも?」
「ありません。」
「ふふっ。」
アイリが笑う。
「じゃあ今度、時間ある時に来てね。」
「はい。」
エレナが頷く。
「楽しみにしています。」
「ミャ!」
『エレナくる!』
「はい。お邪魔しますね、ミケちゃん。」
「ミャー。」
完全に声が優しい。
グレンがその様子を見る。
「本当に変わったな。」
「グレンさん。」
「何?」
「報告は以上でよろしいですか?」
「急に受付嬢に戻るなよ。」
「仕事中ですので。」
「はいはい。」
「ふふっ。」
十三階層までの報告を終え、三人は受付を離れる。
次は十四階層。
そして、その後には。
どうやらエレナが家へ遊びに来ることになりそうだった。




