第86話 受付嬢の本性
十階層の階層主を倒した翌日。
グレンたちは冒険者ギルドを訪れていた。
「十階まで行ったし、一度報告しておいた方がいいよね。」
「ああ。」
「ミャ。」
『エレナ』
「覚えたの?」
「ミャ。」
『おぼえた』
「何回か会ってるもんね。」
三人がギルドの中へ入る。
朝ということもあり、依頼を探す冒険者たちでそれなりに混雑していた。
「エレナさんいるかな。」
「いる。」
昨日と同じ受付に、エレナが座っている。
相変わらず整った表情で、冷静。
少し冷たい印象さえある。
「次の方。」
三人が受付へ向かう。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
「ミャ。」
『おはよう』
「……。」
エレナの視線が一瞬だけミケへ向く。
「おはようございます。」
だが、いつも通り淡々としている。
「本日は?」
「塔の報告。」
「承知しました。」
エレナが記録用紙を用意する。
「どちらまで進まれましたか?」
「十階。十階層主も倒した。」
「……もうですか?」
「早い?」
「ルグリアへ来られてからの日数を考えれば。」
エレナが冒険者証を確認する。
「ですが、お二人ともB級冒険者ですので、五階層や十階層で苦戦される可能性は低いと思っていました。」
「そんなものか。」
「はい。」
「十階層主はアイアンゴーレムでしたか?」
「ああ。硬かった。」
「物理攻撃を主体とする冒険者には、相性の悪い階層主です。」
「確かに。」
「でも倒せたよ。」
アイリが言う。
「ミケも手伝ってくれたし。」
「ミャ!」
『ミケたおした』
「倒したというか、動きを止めてくれたんだ。アーススパイクで。」
「……そうですか。」
エレナがミケを見る。
「ミャ。」
「……。」
(可愛い。)
すぐに記録用紙へ視線を戻す。
「十一階層以降は、これまでより魔物の強さも上がります。」
「やっぱり?」
「はい。特に十五階層へ近づくほど、C級冒険者では厳しい魔物も増えてきます。」
「じゃあ、ここからがB級向け?」
「そう考えていただいて構いません。」
「分かった。無理せず進むよ。」
「それがよろしいかと。」
エレナが淡々と記録する。
「他に報告事項はございますか?」
「今のところはない。」
「では――」
「ミャー。」
アイリの腕の中で、ミケが身体を伸ばす。
「どうしたの?」
「ミャ。」
『ねむい』
「眠いの?」
「ミャ。」
アイリがミケの身体を抱き直す。
その時。
ころん、とミケが仰向けになった。
ふわふわのお腹が見える。
「……。」
エレナの動きが止まった。
「エレナさん?」
「……。」
「どうした?」
「いえ。」
一度ミケへ向いた視線を、すぐに戻す。
「以上で報告は――」
「ミャ。」
ミケが前足を伸ばす。
「……。」
エレナが再び止まる。
「エレナさん?」
「はい。」
「さっきからミケ見てない?」
「見ていません。」
「見てるよね?」
「見ていません。」
「……。」
グレンとアイリが顔を見合わせる。
「ミャ?」
ミケがエレナを見る。
「……。」
目が合った。
「ミャ。」
「……。」
数秒。
「……すみません。」
「はい?」
エレナが小さく息を吸う。
「ちょっとだけ、撫でさせてもらってもいいですか?」
「……。」
アイリが笑顔になる。
「いいよー。」
「ありがとうございます。」
エレナが受付から出てくる。
アイリがそのままミケを渡した。
「はい。」
「……。」
エレナがミケを抱く。
「ミャ?」
「……。」
柔らかい。
温かい。
ふわふわ。
エレナの手がミケの頭を撫でる。
「ミャー。」
喉がゴロゴロと鳴る。
「……。」
エレナの表情が少しずつ崩れていく。
「可愛い……。」
「やっぱり好きだったんだ。」
「……。」
そして、ミケが腕の中でまた仰向けになる。
ふわふわのお腹。
「……。」
エレナがじっと見つめる。
「エレナさん?」
「……。」
顔が近づく。
「え?」
ぽふっ。
エレナがミケのお腹へ顔を埋めた。
「……。」
「……。」
グレンとアイリが固まる。
「はぁ……。」
「……。」
「はぁ……。」
エレナはミケのお腹に顔を埋めたまま、幸せそうに息をする。
「ミャ?」
『なにしてる?』
「……。」
数秒後。
ぴたりとエレナの動きが止まった。
「……。」
ゆっくり顔を上げる。
「……すみません。」
顔が真っ赤になっている。
「取り乱しました。」
「う、うん。」
グレンもどう答えればいいか分からない。
アイリは笑っている。
「エレナさん。」
「はい。」
「ミケ大好きだったのね。」
「……。」
さらに顔が赤くなる。
「……はい。」
「最初から?」
「……はい。」
「なんで隠してたの?」
「勤務中ですので。」
「それだけ?」
「……。」
「それだけ?」
「受付嬢として、冷静に対応すべきかと。」
「なるほど。」
「でも。」
アイリが笑う。
「もうバレちゃったね。」
「……はい。」
エレナの腕の中で、ミケは逃げる様子もなく、むしろくつろいでいる。
「ミケも嫌じゃないみたい。」
「本当ですか?」
エレナの表情が一瞬で明るくなる。
「うん。」
「ミケ?」
「ミャ。」
『エレナすき』
「エレナさん好きだって。」
「……!」
エレナが固まる。
「……もう一度。」
「え?」
「もう一度聞いていただいても?」
「ミケ。」
「ミャ?」
「エレナさん好き?」
「ミャ!」
『すき』
「好きだって。」
「……。」
エレナがミケをぎゅっと抱きしめる。
「可愛い……。」
「完全に壊れたな。」
「グレン。」
「何?」
「言わないの。」
「事実。」
「ミャー。」
しばらくして、エレナがミケをアイリへ返す。
「ありがとうございました。」
「もういいの?」
「……仕事がありますので。」
「残念そう。」
「……はい。」
もう隠すつもりはないらしい。
「また撫でてもいいですか?」
「もちろん。」
「ありがとうございます。」
「ミャ。」
『また』
エレナが笑う。
今までグレンたちが見たことのない、普通の柔らかい笑顔だった。
「またね、ミケちゃん。」
「ミャー。」
グレンはその様子を見る。
「最初から普通に撫でればよかったのに。」
「……。」
エレナがグレンを見る。
「何ですか?」
「いえ。」
いつもの冷たい表情に戻っている。
「俺には戻るんだ。」
「何か問題でも?」
「ありません。」
アイリが吹き出す。
「ふふっ。」
「じゃあ、また塔に行ったら報告に来る。」
「はい。」
エレナがアイリを見る。
そして、ミケを見る。
「お待ちしています。」
「ミャ!」
『またね』
「はい。またね。」
三人が受付を離れる。
エレナはその後ろ姿を見送った。
もうミケを見ていることを、隠そうとはしなかった。




