第83話 新しい家
ルグリア住宅商会。
扉を開けると。
中にはいくつもの机が並んでいた。
「いらっしゃいませ。」
商会の職員が声をかけてくる。
「家を借りたいんだけど。」
「賃貸ですね。」
「ああ。」
「冒険者ギルドのエレナさんに紹介してもらった。」
「ギルドからのご紹介ですか。」
グレンとアイリが冒険者証を見せる。
「……お二人ともB級冒険者。」
「はい。」
「でしたら身元確認は問題ありません。」
「よかった。」
「ご希望の条件をお聞きしても?」
「ああ。」
グレンが答える。
「一戸建て。」
「はい。」
「二人とテイムモンスター一匹。」
「ミャ。」
職員がミケを見る。
「こちらの子ですね。」
「そう。」
「テイムモンスター可の物件。」
「できれば庭付きがいいです。」
アイリが続ける。
「この子が遊べるくらいの。」
「ミャ!」
『にわ!』
「庭が欲しいって。」
「ミケの意見まで聞くんだ。」
「家族だから。」
「……そうだな。」
「それから。」
グレンが言う。
「鍛冶ができる場所が欲しい。」
「鍛冶ですか?」
「ああ。」
「炉を置けるような場所。」
「なるほど。」
「できれば家とは別の建物がいい。」
「火を扱いますからね。」
「そう。」
職員が条件を書いていく。
「お風呂も。」
「グレン。」
「大事。」
「はいはい。」
「浴室ですね。」
「頼む。」
「ご予算は?」
金額を伝える。
「でしたら。」
職員が資料を確認する。
「いくつか候補があります。」
「今日見られる?」
「もちろんです。」
「じゃあお願い。」
「承知しました。」
◇
一軒目。
「広いね。」
「ああ。」
二階建て。
部屋数も十分。
浴室もある。
家自体は。
かなり良かった。
「庭もある。」
「ミャ!」
アイリがミケを下ろす。
「行っておいで。」
「ミャー!」
ミケが庭を走る。
「楽しそう。」
「ああ。」
「ここでもいいんじゃない?」
「家はな。」
グレンが庭の奥を見る。
「工房にできる場所がない。」
「あ。」
「物置は?」
「木造だから。」
「炉を置くのは怖いね。」
「ああ。」
火。
高温。
金属加工。
鍛冶をするなら。
安全性は重要だった。
「惜しいな。」
「次行こうか。」
「うん。」
「ミケー。」
「ミャ?」
「行くよー。」
「ミャー!」
走って戻ってくる。
「気に入ってたみたいだな。」
「庭があればどこでも気に入りそう。」
「あり得る。」
◇
二軒目。
「……。」
「……。」
グレンとアイリが。
家を見る。
「どう?」
職員が尋ねる。
「工房はいい。」
「ですね。」
敷地内には。
石造りの小さな建物。
以前。
何かの作業場として使われていたらしい。
「ここなら炉を置ける。」
「十分な換気も可能です。」
「いいな。」
「でも。」
アイリが言う。
「庭がないね。」
「そうなんです。」
家。
作業場。
その二つで。
敷地のほとんどを使っている。
「ミャ……。」
『にわ』
「ミケが残念そう。」
「やっぱり庭欲しい?」
「ミャ。」
『ほしい』
「だよね。」
「じゃあここも違うな。」
「グレンは工房欲しいんでしょ?」
「欲しい。」
「でも。」
グレンがミケを見る。
「長く住むなら全員が気に入る方がいい。」
「じゃあ次だね。」
「ああ。」
◇
「次が最後です。」
「条件に合いそう?」
「三軒の中では。」
職員が頷く。
「最も近いと思います。」
街の中心部から。
少し離れた住宅地。
塔へ向かう街門までは。
多少距離がある。
だが。
冒険者ギルドへ行くにも。
買い物をするにも。
困るほどではない。
「こちらです。」
「おお。」
グレンが足を止める。
一戸建て。
二階建て。
そして。
「庭。」
「ミャ!」
『にわ!』
「まだ入ってないって。」
ミケが。
アイリの腕の中で暴れる。
「分かった分かった。」
門を開ける。
アイリがミケを下ろす。
「いいよ。」
「ミャー!」
走る。
庭。
それなりに広い。
ミケが走り回るには。
十分だった。
「楽しそう。」
「もうミケはここで決まりだな。」
「ふふっ。」
「家の中もご覧になりますか?」
「ああ。」
玄関。
居間。
台所。
浴室。
「風呂。」
「あるね。」
「合格。」
「そこだけで決めないで。」
二階。
寝室。
空き部屋もある。
「二人なら十分すぎるな。」
「ミケの部屋も作れるね。」
「いる?」
「ミャ?」
「本人に聞いてみる?」
「どうせアイリと寝るって言うだろ。」
「ミケー。」
庭から。
戻ってきたミケを抱き上げる。
「自分のお部屋欲しい?」
「ミャ。」
『アイリとねる』
「ほら。」
「ふふっ。」
「じゃあ空き部屋だな。」
「荷物置きにもできるし。」
「ストレージあるけど。」
「……。」
「荷物置きいらないね。」
「便利すぎるな。」
「それで。」
グレンが職員を見る。
「工房にできそうな場所は?」
「こちらです。」
庭の奥。
そこに。
母屋とは別の建物があった。
「お。」
石造り。
一階建て。
中へ入る。
「以前の借主が作業場として使用していました。」
「何の?」
「金属加工ではありません。」
「なるほど。」
当然。
炉はない。
だが。
床。
壁。
広さ。
「これなら。」
グレンが周囲を見る。
「炉を入れれば鍛冶場にできる。」
「煙を逃がす設備は必要だね。」
「そこは改装だな。」
「賃貸だけど改装していいの?」
「こちらについては。」
職員が説明する。
「事前に申請していただければ、作業場としての改装は可能です。」
「炉も?」
「安全基準を満たすものであれば。」
「なら問題ない。」
「グレン。」
「うん?」
「気に入った?」
「かなり。」
「私も。」
庭を見る。
ミケが。
また走っている。
「ミャー!」
『ひろい!』
「ミケも。」
「聞くまでもないな。」
「ふふっ。」
グレンが。
もう一度。
家を見る。
二人で暮らすには。
十分な広さ。
庭。
浴室。
そして。
工房にできる離れ。
「家賃は?」
職員が金額を伝える。
「……。」
グレンが少し考える。
「払える?」
「問題ない。」
「塔の収入もあるしね。」
「ああ。」
五階の宝箱だけでも。
金貨が手に入った。
B級冒険者として活動するなら。
十分維持できる金額だった。
「じゃあ。」
アイリがグレンを見る。
「ここにする?」
「ああ。」
「ここにしよう。」
「ミャ!」
『ここ!』
「三人一致。」
「では契約の手続きを進めます。」
「頼む。」
◇
その日の午後。
契約。
鍵。
必要な手続きを終える。
「今日から使用していただけます。」
「早いな。」
「B級冒険者のお二人でしたので、審査も簡単でした。」
「助かる。」
「ありがとうございました。」
職員が帰る。
そして。
「……。」
グレン。
アイリ。
ミケ。
三人だけ。
「新しい家だね。」
「ああ。」
「ミャ!」
『いえ!』
ミケが庭へ走っていく。
「本当に嬉しそう。」
「庭付きにして正解だったな。」
「うん。」
「さて。」
グレンが腕をまくる。
「引っ越すか。」
「引っ越すって。」
「荷物全部持ってるけどね。」
「そうだった。」
ストレージ。
グレンが。
居間へ移動する。
「テーブル。」
取り出す。
「椅子。」
取り出す。
「……。」
アイリが笑う。
「早い。」
「次。」
台所。
「冷蔵庫。」
ドン。
「食器。」
取り出す。
「調理器具。」
取り出す。
「食材。」
収納する。
「……。」
「もう台所使えるね。」
「ああ。」
「洗濯魔道具。」
設置。
「暖房。」
設置。
「ベッド。」
二階へ。
「待って。」
「何?」
「ベッド、階段から入らないよ?」
「ストレージから直接出せる。」
「……。」
「便利。」
「だろ?」
部屋の中で。
取り出す。
「終わり。」
「早すぎる。」
「引っ越しってこんなに簡単だったっけ?」
「違うと思う。」
「前世なら一日仕事だな。」
「一日で終わらないよ。」
「確かに。」
数時間もかからず。
フォルンで使っていた生活用品が。
新しい家へ収まっていく。
「……。」
アイリが居間を見る。
「もう普通に住めるね。」
「ああ。」
「暖房もある。」
「冷蔵庫も。」
「洗濯魔道具も。」
「お風呂もある。」
「完璧。」
「冷房は?」
「……。」
グレンがアイリを見る。
「まだ暑くない。」
「聞いただけ。」
「作らないからな。」
「ふふっ。」
「氷魔石はあるけど。」
「夏まで取っておこうね。」
「ああ。」
その時。
「ミャー!」
庭から。
ミケ。
「どうした?」
アイリが外を見る。
「ミャ!」
『みて!』
ミケが。
庭の端から端まで。
全力で走る。
「……。」
「……。」
「速いね。」
「ああ。」
「楽しいみたい。」
「ミャー!」
走る。
戻る。
また走る。
「ここにしてよかったね。」
「ああ。」
グレンは。
新しい家を見る。
フォルンを離れ。
ルグリアへ来て。
塔へ挑み。
そして。
新しい家。
「これで。」
「うん。」
「ルグリアでの生活も始められるな。」
「そうだね。」
「次は工房?」
「ああ。」
グレンが。
庭の奥。
石造りの離れを見る。
「炉を探さないとな。」
「オリハルコン。」
「ようやくだ。」
ストレージの中には。
十階層の宝箱から手に入れた。
オリハルコンインゴット。
そして。
グレンはすでに。
上級鍛冶を習得している。
「何作るか決めてる?」
「まだ。」
「そうなの?」
「ああ。」
グレンが。
アイリを見る。
「貴重な素材だからな。」
「ちゃんと考えてから使う。」
「グレンらしいね。」
「失敗したくないだけ。」
「ふふっ。」
「ミャ!」
『おなかすいた!』
「……。」
「……。」
グレンとアイリが。
同時に庭を見る。
「やっぱり最後はそれか。」
「いっぱい走ったからね。」
「ミャー!」
『ごはん!』
「分かった。」
グレンが笑う。
「新しい家で。」
「最初の飯にするか。」
「うん。」
二人と一匹の。
ルグリアでの新しい生活。
その拠点が。
ようやく完成した。




