第78話 次の街へ
フォルンを旅立ってから。
三日目。
「今日はこの辺かな。」
グレンが街道から少し離れた場所で足を止めた。
「うん。」
アイリも周囲を見回す。
日が沈むまでには、まだ少し時間がある。
だが。
この先に宿のある村はない。
無理に進む必要もなかった。
「じゃあ、準備するね。」
「ああ。」
グレンは周囲へ意識を向ける。
気配察知。
魔力感知。
「近くに大きな反応はない。」
「結界も使う?」
「もちろん。」
グレンはストレージから結界魔道具を取り出した。
地面へ置き。
魔力を流す。
淡い光が周囲へ広がっていく。
「これ、本当に便利だね。」
「旅に出る前に改造しておいてよかった。」
「警報?」
「ああ。」
元々。
この結界魔道具は、聖属性の魔力によって魔物を近寄りにくくするものだった。
弱い魔物なら。
ほぼ近づくことすらできない。
だが。
強力な魔物なら。
結界を突破する可能性がある。
そこで。
グレンは新たな機能を追加していた。
「結界が破られたらアラートが鳴る。」
「それなら寝てても分かるね。」
「ああ。」
「見張りしなくていいのは助かるな。」
「野営で交代しながら寝るの大変だもんね。」
「二人しかいないからな。」
「今は三人だよ?」
「ミケに見張りさせるの?」
「……。」
アイリが腕の中を見る。
「ミャ?」
「無理だね。」
「だろ?」
「可愛いから。」
「それ関係ある?」
「あるよ。」
「はいはい。」
野営の準備を始める。
とはいっても。
以前とは比べものにならないほど楽だった。
必要なものは。
ほとんどグレンのストレージに入っている。
「テント。」
取り出す。
「毛布。」
取り出す。
「鍋。」
取り出す。
「食材。」
取り出す。
「……。」
アイリが見ている。
「何?」
「便利すぎない?」
「俺もそう思う。」
「マジックバッグでも便利だったけど。」
「容量が違うからな。」
グレンは次々と荷物を取り出す。
「これなら旅がかなり楽になる。」
「持って歩かなくていいもんね。」
「ただ。」
「うん?」
「アイリのマジックバッグにも薬とか食料は残しておいて。」
「分かってるよ。」
何かあった時。
一人に全てを集中させない。
便利になっても。
そこだけは変えない。
「ミャ。」
『ごはん』
「もう?」
「さっきから待ってたみたい。」
「分かった分かった。」
夕食の準備。
鍋へ水を入れる。
アイリがウォーターボールで用意した水。
火を起こし。
肉と野菜を煮込む。
「こういうのも悪くないな。」
「野営?」
「ああ。」
「前世じゃ考えられなかったね。」
「俺たち、どっちかというとインドアだったし。」
「休みの日は家にいること多かったもんね。」
「それが今じゃ。」
グレンは周囲を見る。
森。
街道。
野営。
「冒険者なんてやってると、アウトドアになるもんだな。」
「ふふっ。」
「何?」
「本当だね。」
「キャンプなんてほとんどしたことなかったのにな。」
「今じゃ普通に外で寝てるもんね。」
「しかも魔物がいる世界で。」
「それは前世よりだいぶアウトドアだね。」
「だろ?」
「ミャ。」
『ごはん』
「はいはい。」
「ミケに怒られた。」
完成した料理を三人で食べる。
夜。
結界の外。
時折。
小さな魔物の気配を感じる。
だが。
近寄ってこない。
「ちゃんと効いてるな。」
「うん。」
「アラートも確認しておくか。」
グレンが結界魔道具を操作する。
試験機能を起動。
ピィィィッ!
「ミャ!?」
ミケが飛び上がった。
「あ。」
「グレン!」
「ごめん。」
「ミャー!」
『びっくり!』
「びっくりしたって。」
「悪かったって。」
グレンがミケの頭を撫でる。
「でもちゃんと鳴るな。」
「もう試さなくていいからね。」
「分かってる。」
「ミャ。」
『だめ』
「ミケにも怒られた。」
「当然。」
アイリは毛布に包まりながら。
ミケを抱きしめる。
「これなら安心して寝られるね。」
「ああ。」
「何か入ってきたら嫌でも起こされる。」
「音、大きかったもんね。」
「そこは大事だから。」
「ミャ……。」
『ねむい』
「ミケ、もう眠いって。」
「じゃあ寝るか。」
「うん。」
火を消し。
三人でテントへ入る。
「おやすみ。」
「おやすみ。」
「ミャ……。」
結界の外には。
魔物のいる世界。
それでも。
今夜は。
三人とも安心して眠ることができた。
それから。
さらに二日。
三人は街道を進んだ。
途中。
魔物に襲われることもあった。
だが。
B級になった二人にとって。
街道に現れる程度の魔物は、大きな脅威ではない。
「スマッシュウェーブ!」
衝撃波。
魔物が吹き飛ぶ。
「アイスランス!」
氷の槍。
別の一体を貫く。
「……。」
グレンが振り返る。
「どう?」
「強い。」
「本当?」
「ああ。」
アイリが新しく覚えた。
氷属性魔法。
「ファイアボールより貫通力がある感じだな。」
「使い分けできそう。」
「詠唱破棄もあるしな。」
「うん。」
「ミャ!」
『ミケも』
「今日はいい。」
「ミャ?」
「俺たちで十分だから。」
「ミャ……。」
『できる』
「分かってる。」
グレンがミケの頭を撫でる。
「強いのは知ってるよ。」
「でも必要ない時は戦わなくていい。」
「ミャ。」
『わかった』
「いい子。」
アイリが抱き上げる。
「本当に甘いな。」
「可愛いからいいの。」
「それ万能だな。」
そして。
フォルンを出て六日目。
「グレン。」
「ん?」
「……あれ。」
アイリが前方を指差した。
「何?」
グレンも見る。
遠く。
地平線の向こう。
巨大な影。
「……。」
グレンが足を止める。
「でかいな。」
塔。
空へ向かって。
真っ直ぐ伸びる巨大な建造物。
まだかなり離れている。
それでも。
はっきり見える。
「あれが。」
「うん。」
「ルグリアの塔かな。」
「たぶんな。」
「三十階層。」
「フォルンの三倍だね。」
「階層だけならな。」
近づくほど。
その大きさが分かる。
「……本当にでかい。」
「ミャ。」
『おおきい』
「ミケも大きいって。」
「そりゃそうだろうな。」
塔の麓。
その少し離れた場所。
巨大な城壁。
「あれがルグリアか。」
「フォルンより大きいね。」
「ああ。」
街道を進む。
人が増えてきた。
商人。
冒険者。
荷馬車。
そして。
装備を見るだけでも。
フォルンとは違う。
「B級くらいの冒険者も結構いるな。」
「分かるの?」
「装備見ればなんとなく。」
「グレンも冒険者っぽくなったね。」
「五年やってるからな。」
「ミャ。」
『ひといっぱい』
「人がいっぱいだって。」
「迷子になるなよ。」
「ミャ。」
『ならない』
「首輪もあるしね。」
「それでも気をつけて。」
やがて。
巨大な街門へ到着する。
「身分証を。」
門兵。
グレンが冒険者証を出す。
アイリも。
「B級冒険者。」
門兵が確認する。
「グレン。」
「アイリ。」
「はい。」
そして。
アイリの腕の中。
「その魔物は?」
「テイムモンスターです。」
首輪。
登録証。
門兵が確認する。
「ミケ。」
「……ミケ?」
「名前です。」
「種族は?」
「ラグナリンクス。」
「……。」
門兵が止まった。
「ラグナリンクス?」
「はい。」
「聞いたことがないな。」
「珍しいみたいです。」
「そうか。」
登録証に問題はない。
「通っていい。」
「ありがとう。」
三人は門をくぐった。
「……。」
「……。」
目の前。
広い大通り。
何階建てもある建物。
武器屋。
防具屋。
魔道具店。
宿。
飲食店。
そして。
大勢の冒険者。
「すごいね。」
「ああ。」
フォルンとは。
明らかに違う。
「ミャア。」
『いっぱい』
「見るものいっぱいあるね。」
「まず宿。」
グレンが言う。
「それからギルド。」
「うん。」
「鍛冶屋も探さないとな。」
「オリハルコン?」
「ああ。」
ストレージには。
まだ手つかずの。
オリハルコンインゴット。
「上級鍛冶を覚えたし。」
「今度こそ使えるね。」
「炉を貸してくれる人が見つかればな。」
「見つかるよ。」
「なんで?」
「グレンだから。」
「理由になってない。」
「ふふっ。」
グレンはもう一度。
街の向こうにそびえる巨大な塔を見る。
三十階層。
五階ごとに。
階層主。
フォルン東部ダンジョンとは。
まるで違う冒険が。
ここには待っている。
「まずは。」
「うん。」
「ルグリアでの生活を整えるところからだな。」
「そうだね。」
「ミャ。」
『ごはん』
「……。」
「……。」
「ミケ。」
「ミャ?」
「お前、どこに来ても最初に考えること同じだな。」
「ミャア!」
『ごはん!』
アイリが笑う。
「じゃあ宿を探したら、ご飯にしようか。」
「ミャ!」
『いく!』
「目的変わってない?」
「いいの。」
「可愛いから?」
「可愛いから。」
「やっぱり万能だな。」
二人と一匹は。
笑いながら大通りを歩き始めた。
冒険者都市ルグリア。
そして。
三十階層の巨大な塔。
グレンたちの新しい冒険は。
ここから始まる。




