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第77話 旅立ち

 翌日。


 旅立ちの準備をほぼ終えたグレンとアイリは、最後の挨拶をするため冒険者ギルドを訪れていた。


「おはようございます。」


 受付にいたミーナが笑顔を向ける。


「おはよう。」


「おはよう、ミーナちゃん。」


「ミャア。」


『おはよう』


「ミケちゃんもおはようございます。」


 アイリが笑う。


「ミケもおはようって。」


「本当ですか?」


「うん。」


「可愛い……。」


「でしょ?」


「朝から始まったな。」


 グレンが苦笑する。


「今日は依頼ですか?」


「いや。」


 グレンは首を振る。


「挨拶。」


「挨拶?」


「ああ。」


「俺たち、明日の朝フォルンを出ることにした。」


「……。」


 ミーナの表情が止まった。


「明日ですか?」


「うん。」


 アイリが頷く。


「準備も終わったし。」


「そう……ですか。」


 ミーナは少し寂しそうに笑った。


「分かってはいましたけど。」


「実際に明日って聞くと、早いですね。」


「五年間いたからな。」


「長かったですね。」


「ああ。」


 フォルンへ来て。


 冒険者として暮らし。


 少しずつ生活を整えてきた。


 今では。


 この街は二人にとって、異世界で最初にできた故郷のような場所になっていた。


「ガレスにも挨拶したいんだけど。」


「呼んできますね。」


「頼む。」


 しばらくして。


 ガレスが奥から出てきた。


「明日出るそうだな。」


「もう聞いた?」


「今ミーナからな。」


「そっか。」


「次の街は決めたのか?」


「大体は。」


「この先にも大きなダンジョンがある街があるんだろ?」


「ああ。」


「フォルンより規模の大きな冒険者街がいくつかある。」


「まずはそこを目指すつもり。」


「そうか。」


 ガレスがグレンを見る。


「気をつけろよ。」


「分かってる。」


「B級になったからといって、無茶はするな。」


「俺がすると思う?」


「思わん。」


「なら言うなよ。」


「念のためだ。」


「相変わらずだな。」


 ガレスが笑う。


「アイリも。」


「はい。」


「こいつが無茶しそうなら止めてやってくれ。」


「任せてください。」


「信用ないな。」


「あるから言ってるんだ。」


「どういう理屈?」


 アイリとミーナが笑う。


「ミケも元気でね。」


 ミーナが頭を撫でる。


「ミャ。」


『またくる』


「また来るって。」


「本当ですか?」


「ミケがそう言ってる。」


「じゃあ待ってます。」


 少しだけ。


 しんみりした空気。


 グレンも。


 フォルンを離れるのだと。


 改めて実感する。


「じゃあ。」


「ああ。」


「世話になった。」


「こちらこそ。」


 グレンが手を上げる。


「また戻ってきた時はよろしく。」


「もちろんだ。」


「私も待ってますからね。」


「ああ。」


 これで。


 最後の挨拶も終わった。


 グレンが出口へ向かう。


「ところでグレン。」


「……。」


 足が止まった。


「何だ?」


 ガレスが首を傾げる。


「なんで今、嫌そうな顔した?」


「いや。」


 グレンがゆっくり振り返る。


「その呼び止め方。」


「嫌な予感しかしない。」


「失礼なやつだな。」


「で?」


「何?」


 ガレスが少し考える。


「夏は暑いだろ?」


「……。」


「……。」


 グレンは黙った。


「何だ?」


「続けて。」


「このギルドも、夏場はかなり暑くなる。」


「うん。」


「特に人が多い時間帯はな。」


「うん。」


「お前が作った暖房魔道具。」


「うん。」


「あれの逆は作れないか?」


「……。」


 グレンが天井を見る。


「グレン?」


 アイリが笑いを堪えている。


「冷房か。」


「作れるんですか!?」


 ミーナが即座に食いついた。


「まだ作れるとは言ってない。」


「でも今、冷房って言いましたよね?」


「前世にあったんだよ。」


「どういうものですか?」


「部屋を冷やす。」


「作ってください!」


「早い!」


 ミーナがカウンターから身を乗り出す。


「だって夏に部屋が涼しくなるんですよね!?」


「上手くいけば。」


「絶対欲しいです!」


「ミーナ。」


「はい?」


「俺たち明日旅立つって言いに来たんだけど。」


「だから今日お願いします。」


「そういう意味じゃない!」


 アイリが吹き出した。


「ふふっ。」


「笑ってないで助けて。」


「でも。」


 アイリが考える。


「氷属性と風属性の魔石で作れそうじゃない?」


「アイリまで。」


「冷気を作って風で広げるんでしょ?」


「……たぶん。」


「作れますよね?」


 ミーナが畳みかける。


「たぶんって言ってるだろ。」


 ガレスが咳払いする。


「ギルドに欲しい。」


「何台?」


「三台。」


「即答かよ。」


「受付と待合。」


「それから二階。」


「ギルド長室は?」


 ミーナが聞く。


「……。」


「欲しいんですね?」


「四台だ。」


「増えた!」


「材料費は当然出す。」


「それと。」


 グレンがガレスを見る。


「俺とアイリの日当。」


「ああ。当然だ。」


「ミケの分も。」


「ミャ?」


 ガレスが止まった。


「……ミケもか?」


「当たり前だろ。」


「何をするんだ?」


「応援。」


「ミャ!」


『がんばれ』


 アイリが笑う。


「頑張れって。」


「ほら。」


「いや、ほらじゃない。」


「正式なパーティメンバーだぞ?」


「……。」


 ガレスがミケを見る。


「ミャ。」


「分かった。」


「払うのかよ!」


 ミーナが吹き出す。


「ふふっ。」


「グレンさん、ミケちゃんの分まで請求するんですね。」


「働くからな。」


「応援ですよね?」


「精神的支援。」


「そんな役割あるんですか?」


「今できた。」


「もう……。」


 ガレスがため息をつく。


「三人分の日当を払う。」


「よし。」


「ミャ!」


『ごはん』


「日当でご飯買ってもらおうな。」


「ミャア!」


「ミケちゃん、絶対分かってないですよね?」


「ご飯だけは分かってる。」


「そこだけ!?」


 アイリが楽しそうにミケを抱き上げた。


「あの。」


 ミーナが小さく手を挙げる。


「何?」


「私の家にも一台。」


「ほら!」


「ちゃんと払います!」


「そういう問題じゃない!」


「最後ですから!」


「その言葉便利だな!」


 結局。


 ギルド四台。


 ミーナ宅一台。


 合計五台。


 最後の最後で。


 また魔道具を作ることになった。


 必要な魔石はギルド側が用意することになり。


 グレンとアイリは一度家へ戻った。


「……。」


 帰り道。


 グレンが肩を落としている。


「元気出して。」


「明日旅立つんだぞ?」


「うん。」


「今日の予定、のんびり最後の一日を過ごすだったんだけど。」


「冷房五台になったね。」


「言うな。」


「ミャ。」


『がんばれ』


「ミケ。」


「何?」


「お前の日当、俺がもらっていい?」


「ミャ!」


『だめ』


「ダメだって。」


「そこは分かるのかよ!」


 アイリが声を上げて笑った。


 しばらくして。


 ギルドから必要な魔石が届けられた。


 氷属性。


 風属性。


「さて。」


 グレンが作業台へ向かう。


「作るか。」


「手伝うよ。」


「頼む。」


「ミャ!」


『がんばれ』


「お前はそこで応援してろ。」


「ミャア!」


 グレンはまず。


 冷蔵庫に使った氷属性の魔石を思い出す。


 冷気を作る。


 そして。


 暖房魔道具に使った風属性の魔石。


 空気を循環させる。


「この二つを組み合わせれば。」


「いけそう?」


「たぶん。」


 魔力回路を組む。


 氷属性の魔石。


 風属性の魔石。


 冷気を作り。


 それを風で送り出す。


 グレンが魔力を流した。


「起動。」


 ブォォ……。


 冷たい風。


「おお。」


 グレンが手をかざす。


「出た。」


「冷たい!」


 アイリも手を伸ばす。


「ちゃんと冷房になってるね。」


「ああ。」


「冬だから寒いけど。」


「今試すものじゃないな。」


「ふふっ。」


 一台目。


 完成。


 構造さえ分かれば。


 後は早かった。


 二台目。


 三台目。


 四台目。


 五台目。


 同じ魔道具を繰り返し作る。


 以前なら。


 一台作るだけでもかなり時間がかかった。


 今は違う。


 魔力回路を刻む手も。


 魔石を組み込む作業も。


 かなり慣れている。


「終わった。」


「もう?」


「ああ。」


「早くなったね。」


「作らされすぎたんだよ。」


「誰に?」


「主にミーナ。」


「領主様もでしょ?」


「そうだった。」


「ミャ。」


『できた』


「お前は本当に応援しかしてないけどな。」


「ミャ!」


『がんばった』


「頑張ったって。」


「何を!?」


 夕方。


 完成した冷房魔道具をギルドへ運ぶ。


「できたぞ。」


「もうですか!?」


 ミーナが驚く。


「五台。」


「早いですね……。」


「慣れた。」


「やっぱり魔道具職人に。」


「ならない。」


「まだ最後まで言ってません!」


「言うこと分かるから。」


 ギルド内へ。


 一台ずつ設置していく。


 受付。


 待合。


 二階。


 そして。


 ガレスの部屋。


「起動するぞ。」


「ああ。」


 魔力を流す。


 冷たい風。


「……。」


 ガレスが手をかざした。


「これはいいな。」


「冬だけどな。」


「夏ならかなり快適になる。」


「魔力が減ったら補充してくれ。」


「誰でもいいんだったな?」


「ああ。」


「魔力を持ってれば補充できる。」


「分かった。」


 ミーナも冷風へ手を伸ばす。


「すごい……。」


「夏になったら受付から動きたくなくなりそうです。」


「仕事しろ。」


「しますよ!」


「あと。」


 グレンがミーナを見る。


「これ。」


「はい?」


 最後の一台。


「家の分。」


「ありがとうございます!」


「ちゃんと払えよ。」


「もちろんです!」


「ミケの日当も忘れるなよ。」


「そっちはギルド長です!」


「そうだった。」


 ガレスが袋を差し出す。


「材料費を除いた報酬。」


「三人分?」


「三人分だ。」


「よし。」


「ミャ!」


『ごはん』


「ミケ。」


 グレンがしゃがむ。


「お前の初給料だぞ。」


「ミャ?」


『ごはん?』


「たぶん全部ご飯になるな。」


「ふふっ。」


 アイリがミケを抱き上げる。


「ミケ、初めてお仕事したね。」


「ミャ!」


『した』


「応援しただけだけどな。」


「立派なお仕事だよ。」


「アイリが甘やかしてる。」


「可愛いからいいの。」


「それ言われたら何も言えない。」


 グレンは立ち上がった。


「じゃあ。」


「ああ。」


「今度こそ。」


 ガレスを見る。


「本当に世話になった。」


「こちらこそだ。」


「ミーナも。」


「はい。」


「色々ありがとう。」


「こちらこそ。」


 ミーナが笑う。


「グレンさん。」


「何?」


「またフォルンに来たら。」


「魔道具は作らないぞ。」


「まだ何も言ってません!」


「先に言っておこうと思って。」


「もう!」


 ミーナが頬を膨らませる。


 そして。


 少しだけ笑った。


「また顔を見せてください。」


「……ああ。」


「もちろん。」


 アイリも頷く。


「ミャ。」


『またくる』


「ミケちゃんも。」


「ミャア。」


 今度こそ。


 本当に。


 最後の挨拶だった。


 翌朝。


 フォルンの街門。


 グレンとアイリは旅装を整えて立っていた。


 グレンのストレージには。


 食料。


 水。


 回復薬。


 状態異常治療薬。


 野営道具。


 結界魔道具。


 旅に必要な物資が収納されている。


 アイリのマジックバッグにも。


 予備の食料や薬。


 万が一。


 どちらかが動けなくなっても。


 もう一人が対応できる。


 そして。


 アイリの腕には。


「ミャア。」


 ミケ。


『いく』


「うん。」


 アイリが笑う。


「行こうね。」


 グレンは一度。


 振り返った。


 フォルン。


 異世界へ来てから。


 五年間暮らした街。


 冒険者として生きてきた街。


 アイリと二人で。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 生活を作ってきた場所。


「寂しい?」


 アイリが聞く。


「少し。」


「私も。」


「でも。」


 グレンは街道の先を見る。


 まだ知らない土地。


 まだ見たことのない街。


 まだ潜ったことのないダンジョン。


「楽しみでもある。」


「うん。」


 歩き始める。


 グレン。


 アイリ。


 そして。


 ミケ。


「前世じゃ。」


「ん?」


「俺たち、こんな旅するなんて考えもしなかったな。」


「確かに。」


「どっちかっていうとインドアだったのに。」


「そうだね。」


「冒険者なんてやってると。」


 グレンが笑う。


「嫌でもアウトドアになるもんだな。」


「ダンジョンに潜るのをアウトドアって言っていいのかな?」


「似たようなもんだろ。」


「全然違うと思う。」


「ミャ。」


『そとすき』


「ミケは外が好きだって。」


「ほら。」


「ミケの話でしょ?」


「一対二か。」


「ふふっ。」


 グレンも笑った。


 街が。


 少しずつ遠ざかる。


「グレン。」


「ん?」


「これからもよろしくね。」


「ああ。」


「ミャ。」


『ミケも』


「もちろん。」


 グレンがアイリの手を握る。


「今度は三人で。」


「うん。」


 フォルン東部ダンジョン。


 十階層。


 完全攻略。


 Bランクへの昇格。


 鍛冶。


 魔道具。


 そして。


 新しい家族。


 フォルンで得たものは。


 数え切れない。


 それでも。


 冒険は。


 ここで終わりではない。


「行くか。」


「うん。」


「ミャア!」


 二人と一匹は。


 フォルンを後にした。


 目指すのは。


 まだ見たことのない世界。


 そして。


 新しい冒険。


 こうして。


 グレンとアイリ。


 そしてミケの。


 新たな旅が始まった。


 第一章 フォルン編 完

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


第77話をもちまして、第一章「フォルン編」完結となります。


Dランク冒険者だったグレンとアイリが、スキルブック合成をきっかけに少しずつ強くなり、Bランクへ。


鍛冶や魔道具作成まで覚え、そして新しい家族、ミケも加わりました。


フォルン東部ダンジョンも完全攻略し、二人と一匹はいよいよ次の街へ向かいます。


第二章では、新しい街、新しいダンジョン、そして新しい出会いが待っています。


もちろんグレンはこれからも、


「アイリと無事に帰る」


ことを一番に冒険していきます。


……ミケも一緒に(笑)。


ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます!


引き続き、グレンとアイリ、そしてミケの旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。


第二章もよろしくお願いします!

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