第75話 旅立つ前に
フォルンへ戻ったグレンたちは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
扉を開く。
「おかえりなさい!」
受付にいたミーナが、すぐに気付いた。
「今日は早かったですね。」
「まあな。」
「十階層へ行ったんですよね?」
「ああ。」
「どうでした?」
グレンは少しだけ間を置く。
「攻略した。」
「はい?」
「十階層。」
「……。」
「階層主も倒した。」
「……。」
「最深部まで攻略完了。」
「えええええっ!?」
ギルド中にミーナの声が響いた。
周囲の冒険者たちが一斉に振り返る。
「じゅ、十階層ですよ!?」
「知ってる。」
「最後ですよ!?」
「だから行ったんだけど。」
「本当に攻略したんですか!?」
「嘘ついてどうする。」
「ちょっと待ってください!」
ミーナが勢いよく立ち上がる。
「ギルド長呼んできます!」
「分かった。」
走っていく。
グレンはその背中を見送った。
「相変わらず元気だな。」
「ミーナちゃんだからね。」
「ミャ。」
『げんき』
「ミケもそう思うって。」
「お前も大概だけどな。」
「ミャ?」
しばらくして。
「グレン!」
奥からガレスが出てきた。
「十階層を攻略したって本当か?」
「ああ。」
「階層主は?」
「オーガロード。」
「オーガロード……。」
ガレスの表情が変わる。
「倒したのか?」
「三人でな。」
「三人?」
ガレスがミケを見る。
「まさか。」
「ミケも戦った。」
「ミャ。」
『たおした』
「倒したって言ってる。」
「いや。」
グレンは苦笑する。
「正確には猫パンチで吹き飛ばした。」
「……猫パンチ?」
「説明すると長い。」
「説明しろ。」
「後で。」
「今聞きたいんだが。」
「先に攻略報告。」
「……分かった。」
ガレスに案内され。
三人は奥の部屋へ入った。
グレンが十階層での出来事を説明する。
出現したオーガ。
ハイオーガ。
そして。
最深部のオーガロード。
「ミケが獣化?」
「ああ。」
「ミャ。」
ガレスがミケを見る。
どう見ても。
アイリの腕に収まる小さな猫型の魔物。
「これが?」
「これが。」
「どれくらい大きくなった?」
「虎より大きいくらいかな。」
「……。」
ガレスが頭を抱える。
「ラグナリンクス……。」
「俺たちも知らなかった。」
「ミケ自身も知らなかったみたい。」
「ミャ?」
「でしょうね。」
ミーナが呟いた。
「それで。」
ガレスが気を取り直す。
「最深部の宝箱は?」
「あった。」
「何が出た?」
「金のスキルブック。」
「金!?」
ミーナが身を乗り出す。
「何のスキルですか!?」
「ストレージ。」
「……。」
「ミーナ?」
「それ。」
「売りません。」
「まだ何も言ってません!」
「顔に書いてある。」
「ちょっと思っただけです!」
「思ってるじゃないか。」
アイリが笑う。
「グレンがもう覚えちゃったよ。」
「ええー。」
「残念そうにするな。」
「だって便利そうじゃないですか。」
「便利だよ。」
「余計欲しくなりました。」
「スキルは売れないから。」
「分かってます。」
本当に分かっているのか。
少し怪しい。
「他には?」
ガレスが聞く。
「帰還転移石。」
「……それも出たのか。」
「知ってる?」
「ああ。ダンジョンの深層攻略者が稀に手に入れる魔道具だ。」
「魔力を補充すれば何度でも使えるみたいだな。」
「貴重品だ。失くすなよ。」
「分かってる。」
「それと。」
グレンが少しだけ笑う。
「オリハルコンインゴット。」
「……。」
ガレスが固まった。
ミーナも。
「オリハルコン?」
「ああ。」
「本物ですか?」
「鑑定した。」
「見せてください!」
「はいはい。」
グレンがストレージから取り出す。
「わっ。」
淡い金色。
小さいながらも。
独特の存在感。
「初めて見ました。」
「俺も。」
ガレスが慎重に見る。
「加工できるのか?」
「無理。」
「鍛冶スキル持ってますよね?」
「それじゃ足りない。」
「上級鍛冶が必要らしい。」
「ああ……。」
ミーナが残念そうな顔をする。
「なんでミーナが残念そうなんだよ。」
「何を作るのか楽しみだったので。」
「俺が一番残念だよ。」
「いつか覚えればいいよ。」
アイリが言う。
「ああ。」
グレンはオリハルコンをストレージへ戻した。
「それで。」
ガレスが椅子へ深く座る。
「十階層攻略か。」
「ああ。」
「このダンジョンを完全攻略したわけだ。」
「そうなるな。」
「……今後はどうする?」
グレンとアイリが顔を見合わせる。
帰り道。
二人とも。
なんとなく考えていた。
「たぶん。」
グレンが答える。
「フォルンを出る。」
「……。」
ミーナの表情が変わった。
「え?」
「このダンジョンは攻略した。」
「でも依頼ならありますよ?」
「もちろん。」
「B級依頼だって。」
「分かってる。」
グレンは笑う。
「でも。」
「俺たちは冒険者だからな。」
「……。」
「まだ見たことのない場所へ行ってみたい。」
アイリも頷く。
「私も。」
「ミャ。」
『いく』
「ミケも行くって。」
「……。」
ミーナが少し寂しそうにミケを見る。
「ミケちゃんも行っちゃうんですね。」
「ミャ?」
『いっしょ』
「そりゃ一緒だろ。」
「置いていかないよ。」
「分かってますけど……。」
ガレスはしばらく黙っていた。
そして。
「そうか。」
「ああ。」
「いつ出る?」
「まだ決めてない。」
「準備もあるし。」
「数日はいると思う。」
「そうか。」
ガレスが頷く。
「なら。」
「ん?」
「ちょうどいい。」
「……何が?」
嫌な予感。
なぜか。
ものすごく嫌な予感がした。
「旅立つ前に、一つ頼みがある。」
「断っていい?」
「まだ何も言ってない。」
「ガレスがその顔する時、大体面倒なんだよ。」
「そんな顔してるか?」
「してる。」
「気のせいだ。」
「で?」
「何?」
ガレスがミーナを見る。
「持ってきてくれ。」
「はい!」
ミーナが部屋を出る。
「……何を?」
「すぐ分かる。」
しばらくして。
ガラガラガラ。
音。
「……。」
グレンが扉を見る。
ミーナが。
台車を押してきた。
その上。
箱。
箱。
箱。
「……。」
「……。」
「……何これ。」
「スキルブックです!」
ミーナが笑顔で答えた。
「見れば分かる。」
「白です!」
「それも分かる。」
グレンがガレスを見る。
「何冊?」
「三百。」
「帰る。」
「待て。」
「嫌だ。」
「話を聞け。」
「三百冊見た後に聞きたい話なんてない。」
アイリが笑いを堪えている。
「グレン。」
「何?」
「頑張って。」
「他人事!?」
「私、合成できないもん。」
「そうだけど!」
ガレスが咳払いする。
「全部を青まで合成してほしい。」
「……青まで?」
「ああ。」
グレンが計算する。
「白二冊で緑一冊。」
「そうだ。」
「緑二冊で青一冊。」
「ああ。」
「三百冊なら。」
「青七十五冊。」
「……。」
グレンは積み上げられた箱を見る。
「よくこんなに貯めたな。」
「長年ギルドで保管していたものだ。」
「なんで今まで使わなかった?」
「白のスキルは珍しくない。」
ガレスが言う。
「必要な冒険者には使わせてきた。」
「それでも余ったものを保管していた。」
「なるほど。」
「お前がフォルンにいるうちに、青へまとめておきたい。」
「青なら冒険者の底上げにも使えるから?」
「そうだ。」
ガレスが頷く。
「一人だけ強い冒険者を作るより、多くの冒険者が生きて帰れるようにしたい。」
「……。」
グレンは少し笑う。
「それ言われたら断りにくいだろ。」
「だから言った。」
「策士だな。」
「ギルド長だからな。」
「それ関係ある?」
「ある。」
「たぶんないよ。」
アイリが笑う。
「報酬は?」
グレンが聞く。
「もちろん出す。」
「いくら?」
「金ではなく。」
ガレスが積まれたスキルブックを見る。
「完成した青七十五冊。」
「そのうち十五冊を、お前たちに渡す。」
「十五?」
「ああ。」
「残り六十冊がギルド。」
「そうだ。」
グレンは考える。
青。
十五冊。
「……。」
「グレン?」
アイリが首を傾げる。
「十五冊あれば。」
「うん。」
「紫が五冊作れる。」
「……あ。」
アイリも気付いた。
青三冊。
紫一冊。
十五冊なら。
五冊。
「どうする?」
「決まってるだろ。」
グレンが笑う。
「合成する。」
「だよね。」
「何が出るかな。」
「それはやってみないと分からないな。」
「いいスキルが出るといいね。」
「ああ。」
十五冊。
紫のスキルブックが五冊。
これだけまとめて合成できる機会は、そうそうない。
「ちょっと楽しみになってきた。」
「私も。」
「ただし。」
グレンがガレスを見る。
「今日やるとは言ってない。」
「何?」
「俺たち今、十階層攻略して帰ってきたところだから。」
「……。」
「疲れてる。」
「ミャ。」
『ねむい』
「ミケも眠いって。」
「分かった。」
ガレスが苦笑する。
「明日でいい。」
「よし。」
「逃げるなよ?」
「逃げない。」
グレンは立ち上がる。
「たぶん。」
「おい。」
「冗談。」
アイリも立つ。
「じゃあ帰ろうか。」
「ああ。」
「ミャ。」
『ねる』
「お前は本当にそれしか考えてないな。」
三人が部屋を出ようとする。
その時。
「あっ。」
ミーナの声。
「何?」
「倉庫の奥に、もう一箱あったような……。」
「聞かなかったことにする。」
「グレンさん!?」
「三百冊って話だからな!」
「まだ正式に依頼を受けてもらってません!」
「じゃあ依頼自体断る!」
「三百冊です!」
「よし。」
ガレスが笑う。
「明日頼む。」
「はいはい。」
グレンは手を振る。
フォルンを旅立つ。
そう決めた途端。
最後に待っていたのは。
大量のスキルブックだった。




