第72話 B級昇格試験
九階層を攻略した翌日。
グレンとアイリは、ミケを連れて冒険者ギルドを訪れていた。
「おはようございます。」
受付にいたミーナが笑顔を向ける。
「おはよう。」
「おはよう、ミーナちゃん。」
「ミャア。」
「あ、ミケちゃんも。」
ミーナがすぐに表情を緩める。
「今日は九階層の報告ですか?」
「ああ。」
「ボスまで倒してきた。」
「えっ。」
ミーナが目を丸くする。
「もうですか?」
「デュラハンだったよ。」
「デュラハン……。」
「結構強かった。」
グレンが言う。
「でも倒せた。」
「さすがですね。」
「ミケも助けてくれたよ。」
アイリが嬉しそうに付け加える。
「ミケちゃんが?」
「うん。」
「土魔法でデュラハンの動きを止めたの。」
「……土魔法?」
「アーススパイク。」
「中級。」
「中級!?」
ミーナがミケを見る。
「この子が?」
「ミャ。」
「……見た目との落差がすごいですね。」
「可愛いでしょ?」
「そこなんですね。」
報告を終えると。
ミーナが少し考えるように二人を見る。
「ちょうどいいですね。」
「何が?」
「ギルド長から、お二人が九階層を攻略したら声をかけるよう言われていたんです。」
「またガレス?」
「はい。」
「今度は何だろ。」
「たぶん良い話ですよ。」
「その言い方、不安になるんだけど。」
アイリが笑う。
二人と一匹はギルド長室へ向かった。
「入れ。」
「失礼します。」
中ではガレスが書類を確認していた。
「九階層を突破したそうだな。」
「ああ。」
「デュラハンも倒した。」
「なら。」
ガレスが書類を置く。
「そろそろいいだろう。」
「何が?」
「B級昇格試験だ。」
「B級?」
アイリが少し驚く。
「もう?」
「お前たちは八階層、九階層と続けて攻略している。」
「実力だけなら十分候補だ。」
ガレスがグレンを見る。
「受けるか?」
「試験って何するの?」
「今回は模擬戦だ。」
「模擬戦?」
「ああ。」
「お前たちはダンジョンでの実績が多い。」
「魔物相手の戦闘力は十分分かっている。」
「だから今回は対人戦を見る。」
「なるほど。」
「相手は?」
「B級冒険者の四人パーティだ。」
「四人?」
「こっちは二人だけど。」
アイリが聞く。
ガレスがミケを見る。
「三人だろう。」
「ミケも?」
「正式に登録されたテイムモンスターだ。」
「パーティ戦なら戦力として扱う。」
「ミャ。」
ミケが鳴く。
「やる気あるみたい。」
「分かるの?」
「分かる。」
「まだ話せないだろ。」
「なんとなく。」
「はいはい。」
「試験は今日でもできる。」
「どうする?」
グレンがアイリを見る。
「受ける?」
「うん。」
「じゃあ受ける。」
「よし。」
午後。
ギルド裏の訓練場。
周囲には何人もの冒険者が集まっていた。
「なんでこんな人いるの?」
グレンが呟く。
「B級昇格試験ですから。」
ミーナが答える。
「見学できるんです。」
「聞いてない。」
「今言いました。」
「そういう問題?」
対面には。
四人の冒険者。
剣士。
盾役。
弓使い。
魔術師。
全員B級。
「グレンとアイリが強いのは知ってるが。」
相手の剣士がミケを見る。
「その子も参加するのか?」
「ああ。」
「一応な。」
「まだ幼体だろ?」
「無理はさせないよ。」
アイリがミケを抱きながら答える。
「ミャ。」
「……大人しいな。」
「今はね。」
グレンが小さく呟く。
「ん?」
「いや、なんでもない。」
訓練場には。
攻撃の威力を大幅に減衰させる結界が張られている。
致命傷になる攻撃は禁止。
降参。
あるいは戦闘不能判定。
それで勝敗が決まる。
ガレスが中央へ立った。
「準備はいいな。」
「ああ。」
「大丈夫。」
「では。」
腕を上げる。
「始め!」
その瞬間。
「ミャア!」
「え?」
アイリの腕の中。
ミケの身体に青白い雷が走った。
「ミケ?」
バチッ!
「ちょっ――」
「ミャア!」
バリバリバリッ!!
雷が地面を走る。
一本。
そこから枝分かれし。
相手パーティ四人へ一気に連鎖した。
「うおっ!?」
「なっ!」
「雷魔法!?」
盾役が盾を構える。
魔術師が防御魔法を張る。
だが。
雷は次々と相手へ跳ねる。
「くっ!」
四人の動きが一瞬止まった。
「……。」
観客席も静まり返る。
ガレスまで。
目を見開いていた。
「……幼体だぞ?」
グレンが頭を抱える。
「やっぱり使った。」
「ミケ、やる気満々だね。」
「いや、試合開始直後からサンダーチェインは聞いてない!」
「ミャ!」
「褒めてないぞ!」
だが。
試験は続いている。
「来るよ!」
「ああ!」
相手の盾役が立て直す。
「散れ!」
四人が動いた。
弓使いが後方へ。
魔術師が詠唱。
剣士と盾役が前へ出る。
「身体強化。」
「クイック。」
アイリの支援。
グレンが一気に加速する。
「速っ!」
剣士と接触。
ガァン!
剣と剣がぶつかる。
「噂以上だな!」
「そっちも!」
盾役が横から突っ込んでくる。
グレンはミスリルバックラーで軌道をずらす。
その隙。
弓が飛ぶ。
「アイリ!」
「大丈夫!」
アイリが自分のバックラーで矢を弾く。
「エアーカッター!」
広範囲の風刃。
弓使いと魔術師が左右へ避ける。
詠唱が止まる。
「今!」
「分かってる!」
グレンが剣士を押し込む。
だが。
盾役が間へ入る。
「簡単には行かせん!」
「だろうな!」
その時。
「ミャ!」
「え?」
ゴゴッ。
盾役の足元。
地面が盛り上がる。
「まさか!」
ズガッ!
岩の棘。
「うおっ!?」
訓練用結界で威力は抑えられている。
それでも。
足元を囲む岩棘に動きを止められた。
「土魔法まで!?」
「今!」
アイリが叫ぶ。
グレンが盾役の横を抜ける。
剣士へ一気に接近。
剣先を首元で止める。
「一本。」
「……参った。」
剣士が降参。
次。
アイリへ向かっていた弓使い。
アイリは矢を弾きながら距離を詰める。
「近接まで来るのか!」
「私、後衛だけじゃないから!」
グリムゾンティア。
弓を弾き。
切っ先を相手の胸元へ。
「降参!」
二人。
残るは盾役と魔術師。
「ミャア!」
「ミケ、今度はいいよ!」
「許可出すの!?」
「だって試験だもん!」
「そうだけど!」
魔術師が魔法を放つ。
火球。
「プロテクトオーラ!」
淡い光。
火球が防御膜へぶつかる。
その直後。
グレンが走る。
盾役はまだアーススパイクから抜け出そうとしている。
「悪い!」
「くそっ!」
グレンが剣を突きつける。
「降参だ!」
三人目。
そして。
最後の魔術師へ。
アイリがグリムゾンティアを向ける。
「まだやる?」
「……。」
魔術師が周囲を見る。
仲間三人。
全員脱落。
「参った。」
「そこまで!」
ガレスの声が響いた。
試験終了。
「……。」
静かだった観客席が。
一気にざわつく。
「グレンたちが強いのは知ってたけど……。」
「あの魔獣なんだよ。」
「中級雷魔法使ったぞ。」
「土魔法まで。」
「幼体なんだろ?」
「ラグナリンクスってあんなに強いのか?」
ミケは。
そんな周囲など気にせず。
アイリの腕の中で得意そうに尻尾を揺らしていた。
「ミャ。」
「ミケ、すごかったよ。」
アイリが頭を撫でる。
「完全に褒められるの待ってるな。」
「可愛いでしょ?」
「まあ。」
ガレスが近付いてくる。
「合格だ。」
「もう?」
「これで落とす理由がどこにある。」
「そっか。」
「グレン。」
「ん?」
ガレスがミケを見る。
「こいつの戦闘を見たのは初めてだが。」
「俺も驚いたよ。」
「お前は一度見てるんだろう。」
「九階層で。」
「サンダーチェインもアーススパイクも使った。」
「……幼体でか。」
「ああ。」
ガレスがため息をつく。
「伝説級というのは伊達ではないらしいな。」
「俺もそう思う。」
試験を終え。
三人は家へ戻った。
夕方。
アイリがミケを膝へ乗せながら、ふと呟く。
「ミケ。」
「ミャ?」
「今日、最初から雷使うつもりだったの?」
「ミャア。」
「……。」
「分からない。」
「だろうな。」
「なんとなく楽しそうなのは分かるんだけど。」
「それは俺も分かる。」
ミケはご機嫌だった。
「でも。」
アイリが少し残念そうに言う。
「何考えてるか、ちゃんと分かったらいいのにね。」
「……。」
グレンがミケを見る。
次に。
アイリの指輪。
そして首輪。
「どうしたの?」
「いや。」
「もしかして。」
グレンが考える。
「意思疎通できる魔道具、作れないかな。」
「えっ?」
アイリの目が一気に輝く。
「ミケとお話できるの!?」
「まだできるとは言ってない。」
「作って!」
「早い!」
「お願い!」
「分かったから。」
グレンが苦笑する。
「無属性の魔石を二つ使って。」
「首輪と、アイリが持つ方を対にする。」
「また指輪?」
「いや。」
グレンが少し考える。
「位置確認が指輪だから。」
「今度はネックレスにするか。」
「ネックレス!」
「うん、それがいい!」
「即決だな。」
「だってミケと話せるかもしれないんだよ?」
「分かった分かった。」
翌日。
必要な小型の無属性魔石を手に入れ。
グレンはさっそく作業を始めた。
「言葉を喋らせるわけじゃない。」
「うん。」
「ミケの意思を、意味としてアイリに伝える。」
「逆にアイリの意思もミケへ送れるようにする。」
「それで十分!」
首輪に。
新たな小さな魔石を取り付ける。
もう一つは。
銀色の細い鎖につなぎ。
ネックレスにした。
二つの魔石へ。
同じ魔力回路を刻む。
感情。
意思。
簡単な思考。
それらを互いに伝える。
「……できた。」
「貸して!」
「まだ試験――」
「試す!」
「はいはい。」
アイリがネックレスを身につける。
魔力を流す。
「ミケ?」
「ミャ。」
次の瞬間。
アイリが固まった。
「……。」
「アイリ?」
「……グレン。」
「どうした?」
「分かる。」
「え?」
「ミケが何言ってるか分かる!」
「本当?」
「うん!」
アイリがミケを見る。
「ミケ?」
「ミャア。」
アイリの中へ。
言葉ではない。
けれど。
はっきりとした意思が伝わってくる。
『おなかすいた』
「……。」
「何て?」
「お腹すいたって!」
「最初それ?」
「可愛い!」
「そこなの?」
「ミャ。」
『ごはん』
「はいはい! すぐあげるからね!」
「めちゃくちゃ嬉しそうだな。」
「だって!」
アイリがミケを抱き上げる。
「ミケとお話できるんだよ!」
「言葉そのものじゃないけどな。」
「同じだよ!」
「ミケ。」
アイリがネックレスへ意識を向ける。
『ミケ、大好き』
「ミャア!」
すぐに返ってくる。
『アイリ、好き』
「……。」
「アイリ?」
「グレン!!」
「今度は何!?」
「ミケも私のこと好きだって!!」
「よかったな。」
「すごい!」
目を輝かせている。
「これ作ってくれてありがとう!」
「そんなに?」
「そんなに!」
「なら作った甲斐あったよ。」
「ミャア。」
『グレンも好き』
「……。」
「グレン。」
「ん?」
「ミケ、グレンも好きだって。」
「そっか。」
グレンが笑う。
「俺も好きだよ。」
「ミャ。」
翌日。
三人はB級昇格の手続きのため、ギルドを訪れていた。
「おめでとうございます。」
ミーナが新しいギルドカードを差し出す。
「今日からB級ですね。」
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
「ミャ。」
「ミケちゃんも昨日すごかったらしいですね。」
「もう噂になってる?」
「なってます。」
「早いな……。」
「それよりミーナちゃん!」
アイリが嬉しそうに身を乗り出す。
「聞いて!」
「何ですか?」
「ミケとお話できるようになったの!」
「……はい?」
ミーナの視線が。
アイリのネックレスへ向く。
「まさか。」
「うん!」
「グレンが作ってくれた。」
「首輪とネックレスを対にしてる。」
グレンが説明する。
「言葉を喋るわけじゃない。」
「簡単な意思とか感情が伝わるだけ。」
「お腹すいたとか。」
「あっちに何かいるとか。」
「危ないとか。」
「その程度。」
「……。」
ミーナが黙る。
「ミーナ?」
グレンが嫌な予感を覚える。
「言っとくけど。」
「はい?」
「売らないぞ。」
「まだ何も言ってませんけど?」
「顔に書いてある。」
「……。」
「売れると思います。」
「ほら!」
アイリが吹き出した。
「ふふっ。」
「笑ってないで助けて。」
「でも売れそうだよ?」
「アイリまで!?」
「だって。」
ミーナが身を乗り出す。
「テイマーなら絶対欲しいですよ!」
「テイムモンスターの意思が分かるんですよ?」
「体調悪いとか。」
「何か見つけたとか。」
「危険を感じたとか。」
「冒険でもすごく役立ちます!」
「分かった。」
「じゃあ――」
「でも作らない。」
「ええっ?」
「俺。」
グレンははっきり言った。
「しばらく魔道具作らないって決めたから。」
「まだ継続中なんですか?」
「継続中です。」
「注文だけ――」
「取らない。」
「予約だけ――」
「取らない。」
「一件だけ――」
「ダメ。」
「……。」
ミーナが少し頬を膨らませる。
「もったいないです。」
「俺は冒険者なの。」
「昨日B級になったばっかりなの。」
「冒険させて。」
アイリが笑う。
「ミーナちゃん。」
「しばらく諦めてあげて。」
「……分かりました。」
「ほんと?」
「はい。」
少し間を置いて。
「でも、作りたくなったら言ってくださいね。」
「営業やめて!」
「ミャア。」
『おもしろい』
アイリがまた笑い出す。
「ミケも面白いって。」
「お前までそっち側かよ。」
三人の笑い声が。
ギルドの受付に響いた。




