第69話 しばらく作らない
翌朝。
朝食を終えたグレンは、テーブルの上に一つの小箱を置いた。
「今度こそ。」
アイリが笑う。
「結界魔道具だね。」
「ああ。」
「もう忘れない。」
「昨日も忘れてたけどね。」
「それは領主様の依頼が悪い。」
「まだ言ってる。」
「ミャア。」
ミケが足元で鳴く。
「ミケまで呆れてるよ。」
「そういう意味じゃないだろ。」
グレンは苦笑しながら、用意していた素材を確認する。
聖属性の魔石。
魔力を通しやすい金属。
そして持ち運びやすいよう、小さく作った外箱。
「で。」
アイリが覗き込む。
「どうするの?」
「聖属性の魔石から、周囲へ魔力を広げる。」
「暖房みたいに風で広げるの?」
「いや。」
「今回は魔力そのものを一定範囲に保つ感じ。」
「結界だもんね。」
「ああ。」
魔物は基本的に聖属性の力を嫌う。
特にアンデッドは強く忌避する。
ならば。
一定範囲へ聖属性の魔力を広げ続ければ。
魔物が近寄りにくい空間を作れるはず。
「問題は。」
「ミケ?」
「そう。」
二人が同時に足元を見る。
「ミャ?」
ミケが首を傾げる。
「このままだとミケも入れなくなるかもしれない。」
「それはダメ。」
「即答。」
「当たり前でしょ。」
「だから。」
グレンがアイリの指輪を見る。
「ミケの首輪と同じ仕組みを使ってみる。」
「どういうこと?」
「結界魔道具に、除外する魔力反応を登録する。」
「ミケだけ結界の対象外?」
「ああ。」
「できるの?」
「やってみる。」
グレンは魔道具作成を使う。
聖属性の魔力を周囲へ広げる回路。
一定範囲を維持する回路。
そして。
登録した魔力反応を結界の対象から外す回路。
「……。」
「難しい?」
「今までよりは。」
「家電とは違うもんね。」
「ああ。」
だが。
魔道具を作り続けた経験は無駄ではなかった。
魔力回路を刻む速度も。
構造を組み立てる感覚も。
最初の頃とは比べものにならない。
しばらくして。
「できた。」
「もう?」
「試作品だけどな。」
手のひらより少し大きい箱型の魔道具。
中央に聖属性の魔石。
「まずミケを登録する。」
「うん。」
ミケの首輪を近付け。
魔力反応を結界魔道具へ記録する。
「これでいいはず。」
「試す?」
「ああ。」
グレンが魔道具を床へ置いた。
「起動。」
聖属性の魔石が淡く輝く。
見た目には。
それほど大きな変化はない。
「……何か感じる?」
「ちょっと空気が違う気がする。」
「俺も。」
清浄な魔力が。
部屋の中へ静かに広がっている。
二人が見る。
「ミケ。」
「ミャ。」
普通に歩いている。
結界の中を。
何事もなかったように。
「大丈夫そう。」
「よかった。」
アイリがミケを抱き上げる。
「でも。」
「ん?」
「魔物避けになってるか分からないね。」
「それなんだよな。」
家の中に魔物はいない。
「ギルドに持っていくか。」
「またミーナちゃん?」
「相談できるだろ。」
「絶対売ろうとするよ。」
「……。」
グレンが黙る。
「今、嫌な予感した?」
「した。」
昼前。
二人はミケを連れて冒険者ギルドへ向かった。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
受付にいたミーナが笑顔を向ける。
「あ、ミケちゃんも。」
「ミャア。」
「こんにちは、ミケちゃん。」
「それで。」
ミーナがグレンの持っている小箱を見る。
「何ですか、それ。」
「完成した。」
「何が?」
「結界魔道具。」
「……。」
ミーナの目が変わった。
「完成したんですか!?」
「食いつくの早いな。」
「だって!」
「魔物避けですよね?」
「一応。」
「まだ実際の魔物相手には試してないけど。」
グレンが小箱をカウンターへ置く。
「聖属性の魔力を一定範囲に広げて、魔物が近寄りにくくなるようにしてる。」
「範囲は?」
「今の試作品なら、野営場所を囲えるくらい。」
「持ち運びは?」
「見ての通り。」
「魔力が切れたら?」
「補充すればいい。」
「魔力がある人なら誰でも?」
「ああ。」
「……。」
ミーナが黙った。
「ミーナ?」
「売れます。」
「やっぱり。」
アイリが笑う。
「絶対売れますよ、これ!」
「まだ試してないって。」
「試して効果が確認できたらです!」
「冒険者なら欲しいです!」
ミーナが勢いよく続ける。
「野営中って、一番怖いのは魔物の襲撃なんですよ。」
「見張りだって必要ですし。」
「これがあれば、その危険をかなり減らせますよね?」
「完全に防げるわけじゃないぞ。」
グレンが言う。
「強い魔物なら突破するかもしれない。」
「それでもです。」
「弱い魔物が近寄らなくなるだけでも全然違います。」
「まあ、それはそうだけど。」
「しかも小さい!」
「持ち運べる!」
「魔力補充できる!」
「ミーナちゃん。」
「はい?」
「すごい営業みたいになってるよ。」
「ギルド職員ですから!」
「またそれ。」
グレンが苦笑する。
「テイマー用の首輪と指輪も。」
「この結界魔道具も。」
「冒険者向けの商品として扱えると思います。」
「注文を集めてもいいですか?」
「ダメ。」
「えっ?」
即答だった。
「ダメなの?」
アイリも少し驚く。
「しばらく魔道具作らない。」
「……。」
「……。」
ミーナとアイリがグレンを見る。
「どうしたの?」
「どうしたも何も。」
グレンは指を折る。
「暖房作った。」
「洗濯魔道具作った。」
「冷蔵庫作った。」
「ミーナの分作った。」
「ギルドの分作った。」
「ミケの首輪と指輪作った。」
「領主様の屋敷に大量に作った。」
最後に。
「今、結界魔道具作った。」
「……。」
「俺、最近魔道具しか作ってない。」
アイリが吹き出した。
「ふふっ。」
「笑うなよ。」
「だって。」
「本当だもん。」
「俺は冒険者なの!」
グレンが少し強めに言う。
「ダンジョン行きたい!」
「分かった分かった。」
アイリが笑いながら宥める。
ミーナも口元を押さえている。
「笑ってるよね?」
「いえ。」
「笑ってる。」
「少しだけ。」
「ほら。」
グレンがため息をつく。
「だから。」
「注文を受けるとしても後。」
「しばらくは作らない。」
「九階層に行く。」
「分かりました。」
ミーナが頷く。
「では注文はまだ受けません。」
「助かる。」
「でも。」
「ん?」
「効果の確認だけはしてくださいね。」
「それはする。」
「完成した魔道具ですし。」
「九階層で試すつもり。」
「だったらちょうどいいですね。」
「ああ。」
グレンが結界魔道具を持ち上げる。
「次に九階層で休憩する時に使う。」
「アンデッドなら効果も分かりやすそう。」
「そうだね。」
アイリが頷く。
「ミケも一緒に行く?」
「え?」
グレンがミケを見る。
「ミャア。」
「まだ幼体だぞ。」
「戦わせないよ。」
「連れていくだけ。」
「うーん。」
アイリの腕の中で。
ミケが尻尾を揺らしている。
「まあ。」
「テイムモンスターだし。」
「いずれダンジョンにも慣れないとな。」
「じゃあ一緒?」
「危なくなったらすぐ守る。」
「もちろん。」
「ミャ!」
「なんかやる気だな。」
「行きたいんだよ。」
「分かるの?」
「分かる。」
「またそれ。」
ミーナが笑う。
「では次は九階層ですね。」
「ああ。」
グレンは即答した。
「今度こそ。」
「魔道具作らずに。」
「冒険する。」
「フラグみたい。」
「アイリ。」
「なに?」
「やめて。」
「ふふっ。」
結界魔道具は完成した。
新しい使い道も見えた。
売れる可能性も。
依頼が増える未来も。
十分すぎるほど見えている。
だからこそ。
グレンは決めた。
「しばらく魔道具は作らない。」
冒険者なのだから。
そろそろ本当に。
ダンジョンへ戻りたかった。




