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第67話 ミケ

 翌朝。


「グレン。」


「ん……?」


「グレン、起きて。」


「どうした……。」


 まだ薄暗い寝室。


 アイリに肩を揺すられ、グレンは重い瞼を開けた。


「なんか音する。」


「音?」


「居間から。」


 カリ。


 カリカリ。


「……何の音だ?」


「分からない。」


 二人はベッドから起きる。


 グレンは念のため剣を手に取り、アイリと一緒に居間へ向かった。


 扉を開ける。


「……。」


「……。」


 暖房魔道具は昨夜から弱めに動かしたまま。


 室内は暖かい。


 そして。


 居間の隅。


 昨日置いた卵に。


 小さな亀裂が入っていた。


「グレン!」


「ああ。」


 カリ。


 ピシッ。


「……まさか。」


「孵るの?」


「一万分の一じゃなかったのか?」


 二人が近付く。


 ピシッ。


 殻にさらに亀裂が走る。


「ほんとに孵る!」


 アイリが卵の前へしゃがみ込んだ。


「近すぎない?」


「だって見たい。」


「危ない魔物だったらどうするんだよ。」


「あ。」


 アイリが少しだけ後ろへ下がる。


「これくらい?」


「もうちょっと。」


「心配性。」


「当然だろ。」


 ピシッ!


 殻の一部が割れた。


 小さな鼻先が覗く。


「……。」


「……猫?」


 黒っぽい鼻。


 続いて。


 小さな前足。


 ふわふわした灰銀色の毛。


「可愛い……。」


 アイリがすぐに前へ出た。


「だから近いって。」


「でも可愛いよ!」


 殻がさらに崩れる。


 中から姿を現したのは。


 猫によく似た小さな魔獣だった。


 灰銀色の毛。


 黒い縞模様。


 少し大きめの耳の先には、黒い房毛。


 尻尾は長く。


 まだ立つのもおぼつかない。


「ミャ……。」


「わぁ……。」


 アイリの顔が一気に緩む。


 小さな魔獣は。


 ゆっくり顔を上げた。


 そして。


 最初に見たのは。


 目の前にいたアイリだった。


「ミャア。」


 よろよろと歩き。


 アイリの足元へ近付いていく。


「私のところ来た!」


「ちょっと待て。」


 グレンが鑑定を使う。


「鑑定。」


【ラグナリンクス・幼体】


【属性:雷・土】


【状態:テイム】


「……。」


「どう?」


 グレンが固まった。


「グレン?」


「ラグナリンクス。」


「それがこの子の種類?」


「ああ。」


「雷と土の二属性。」


「二つも?」


「それより。」


「ん?」


「テイムされてる。」


「ほんと!?」


 アイリが目を輝かせる。


「たぶん最初にアイリを見たからだ。」


「ガレスが言ってたやつ?」


「ああ。」


 小さなラグナリンクスは。


 アイリの足に身体を擦り付けている。


「ミャア。」


「可愛い……。」


 アイリがそっと抱き上げる。


 嫌がる様子はない。


 むしろ。


 その腕の中で丸くなった。


「完全に懐いてるな。」


「ねえ。」


「アイリのステータスにも出てるんじゃない?」


「あ。」


「見てみようか。」


「うん。」


 グレンがアイリのステータスを確認する。


 そこには。


【テイムモンスター】


【?(ラグナリンクス)】


「出てる。」


「本当?」


「ああ。」


「名前は?」


「?になってる。」


「まだ名前がないからかな。」


「たぶんな。」


 アイリは腕の中の小さな魔獣を見る。


「じゃあ……。」


 少し考え。


「ミケ。」


「猫じゃないよ!?」


「可愛いからいいの。」


「三毛でもないけど?」


「可愛いからいいの!」


「二回言った。」


「ミャア。」


「ほら、気に入ってる。」


「今ので分かるの?」


「分かる。」


「絶対分かってないだろ。」


 アイリが楽しそうに笑う。


 グレンはもう一度ステータスを見る。


【テイムモンスター】


【ミケ(ラグナリンクス)】


「……変わった。」


「本当!?」


「ああ。」


「ミケで登録されてる。」


「よかったね、ミケ。」


「ミャア。」


 アイリが頬を寄せる。


「もう完全に飼う気だな。」


「ダメ?」


「ダメとは言ってない。」


「よかった。」


「ただ。」


 グレンがミケを見る。


「ラグナリンクスって何なんだろうな。」


「ガレスに聞く?」


「ああ。」


「孵ったら連れてこいって言われてたし。」


 朝食を済ませ。


 二人はミケを連れて冒険者ギルドへ向かった。


 ミケはアイリの腕の中。


 外が珍しいのか。


 時折きょろきょろと周囲を見回している。


「大人しいね。」


「まだ生まれたばっかりだからじゃない?」


「そうかな。」


「ミャ。」


「可愛い。」


「何回言うんだよ。」


「何回でも。」


 ギルドへ入る。


「おはようございます。」


 ミーナが顔を上げる。


「おはよう。」


「おはよう、ミーナちゃん。」


「今日は九階層ですか?」


「いや。」


「今日は――」


 ミーナの視線が。


 アイリの腕の中で止まった。


「……。」


「ミーナちゃん?」


「それ。」


「ミケ。」


「名前じゃなくて!」


 ミーナが身を乗り出す。


「昨日の卵ですよね!?」


「うん。」


「孵ったんですか!?」


「今朝。」


「一万分の一って……。」


「俺たちもそう聞いた。」


 ミーナが驚いたままミケを見る。


「可愛い……。」


「でしょ?」


 アイリが嬉しそうに笑う。


「触ってもいいですか?」


「いいよ。」


 ミーナがそっと頭を撫でる。


「ミャ。」


「……可愛い。」


「でしょ?」


「アイリ。」


「なに?」


「すごい得意げだな。」


「うちの子だから。」


「もう完全に親だな。」


「それで。」


 グレンが受付を見る。


「ガレスいる?」


「はい。」


「すぐ確認します。」


 しばらくして。


 二人はギルド長室へ通された。


「失礼します。」


「来たか。」


 ガレスが書類から顔を上げる。


「昨日の卵について――」


「ミャア。」


「……。」


 ガレスの視線が止まった。


「……孵ったのか?」


「孵った。」


「今朝。」


「……。」


「一万分の一じゃなかった?」


「俺に聞くな。」


 ガレスが眉間を押さえる。


「見せてみろ。」


 アイリがミケを抱いたまま近付く。


「種類はもう分かったよ。」


「鑑定したのか。」


「ああ。」


「ラグナリンクス。」


 ガレスの動きが止まる。


「……何?」


「ラグナリンクス。」


「雷と土の二属性。」


「……。」


「知ってる?」


「知っている。」


 ガレスがゆっくり椅子から立つ。


「伝承に残っている希少な魔獣だ。」


「伝承?」


「ああ。」


「古い記録にわずかに残っている程度だが、雷と大地の力を操るとされている。」


「強いの?」


 アイリが聞く。


「成体なら相当なものだろう。」


 ガレスがミケを見る。


「俺も実物を見るのは初めてだ。」


「ミャ。」


「……ずいぶん可愛らしいが。」


「ミケだからね。」


「ミケ?」


「名前。」


「そうか。」


 ガレスは普通に頷いた。


 グレンだけが小さく呟く。


「こっちじゃ違和感ないんだよな……。」


「何か言った?」


「いや。」


 ガレスが聞く。


「テイム状態なのか?」


「ああ。」


「アイリのステータスにも出てる。」


「なら正式に登録しておけ。」


「登録?」


「テイムモンスター登録だ。」


 ガレスが説明する。


「街中へ魔物を連れて歩くなら、テイム済みだと分かるようにしておく必要がある。」


「そうしないと討伐される可能性があるから?」


「そこまで早まる者は少ないだろうが、騒ぎにはなる。」


「特に大きくなればな。」


「そっか。」


 アイリがミケを見る。


「登録したらどうなるの?」


「ギルドに個体情報を登録する。」


「その上で、登録済みだと分かる首輪を付けてもらう。」


「首輪。」


 アイリがミケの首元を見る。


「可愛いのがいい。」


「そこ?」


「大事だよ?」


 ガレスが苦笑する。


「首輪自体は好きなものを用意して構わん。」


「登録証だけ取り付ければいい。」


「じゃあ俺が作るか。」


 グレンが言う。


「お前が?」


「魔道具作成もあるし。」


「普通の首輪だけじゃなくて。」


 グレンは少し考える。


「迷子になった時、居場所が分かるようにできないかな。」


「居場所?」


 アイリがすぐ反応する。


「それ欲しい!」


「まだ作れるって決まってない。」


「グレンなら作れる。」


「またそれか。」


「だってミケがいなくなったら困るもん。」


「俺も困るけど。」


 ガレスが興味深そうに聞く。


「どうするつもりだ?」


「首輪と、もう一つ魔道具を対にする。」


「同じ魔力反応を持たせて。」


「片方から、もう片方の方向が分かるようにできないかなって。」


「なるほど。」


「指輪がいい。」


 アイリが即座に言った。


「指輪?」


「うん。」


「私が持つ。」


「まあ、ミケはアイリのテイムモンスターだしな。」


「首輪と指輪。」


「お揃いっぽくて可愛い。」


「また可愛い基準。」


「大事だってば。」


 グレンが笑う。


「じゃあ帰ったら試してみるか。」


「うん!」


 その日のうちに。


 ミケのテイムモンスター登録を済ませた。


 そして帰宅後。


 グレンはさっそく首輪作りに取りかかった。


「素材はこれくらいでいいかな。」


 柔らかい革。


 小さな金具。


 そして。


 小型の魔石を二つ。


「同じ種類?」


 アイリが聞く。


「ああ。」


「この二つを対になるように加工する。」


 一つは首輪へ。


 もう一つは指輪へ。


 魔道具作成を使い。


 二つの魔石へ同じ魔力回路を刻む。


 互いの存在を感知する。


 それだけ。


 会話もできない。


 姿が見えるわけでもない。


 ただ。


 どの方向にあるのか。


 どれくらい離れているのか。


 大まかに感じ取れるようにする。


「できた……と思う。」


「試そう。」


 アイリがすぐに指輪を手に取る。


「まだ首輪付けてない。」


「あ。」


「順番。」


「はい。」


 グレンがミケへ首輪を付ける。


 中央には。


 小さな魔石と、ギルドの登録証。


「どう?」


「似合う!」


「ミャア。」


「嫌がってないな。」


「ミケ、可愛いよ。」


「ミャ。」


「次。」


 アイリが指輪をはめる。


「どうすればいいの?」


「少し魔力流して。」


「うん。」


 アイリが指輪へ魔力を流す。


「……あ。」


「分かる?」


「うん。」


 アイリが目を閉じる。


「こっち。」


 指差した先。


 ミケがいる。


「近いから分かりやすいな。」


「ちょっと離れてみようか。」


 グレンがミケを抱き上げる。


「俺が隣の部屋行く。」


「うん。」


 移動。


 アイリが再び指輪へ魔力を流す。


「……あっち。」


 正解。


「もう少し。」


 二階へ。


「上。」


「分かる?」


「分かる!」


「成功だな。」


 グレンがミケを抱いて戻る。


「ミャア。」


「ミケ!」


 アイリが受け取る。


「これで迷子になっても大丈夫だね。」


「迷子にならないのが一番だけどな。」


「大丈夫。」


「ミケはいい子だから。」


「生まれたばっかりだぞ。」


「もう分かるの。」


「はいはい。」


 アイリは腕の中のミケを見る。


 首には。


 グレンが作った首輪。


 自分の指には。


 それと対になる指輪。


「お揃いだね。」


「ミャ。」


「……。」


 グレンが笑う。


「なんか。」


「ん?」


「家族増えたな。」


 アイリも笑った。


「うん。」


 暖かな部屋の中。


 二人だった暮らしに。


 小さな家族が一匹。


 加わった。

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