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第66話 謎の卵

 ダークプリーストを倒したあと。


 グレンとアイリは、さらに九階層の奥へ進んでいた。


「さっきのやつ、魔法使ってきたね。」


「ああ。」


「これから増えるかもな。」


「遠距離の敵が増えると面倒だね。」


「そのためのこれ。」


 グレンが左腕のミスリルバックラーを軽く叩く。


「ちゃんと使ってね。」


「使ってるだろ。」


「たまに剣だけで何とかしようとするから。」


「……気をつけます。」


 アイリが笑う。


 地下墓地は相変わらず薄暗い。


 ただ。


 先ほどまでより通路が広くなっていた。


 石棺も減り。


 代わりに壁へ無数の小さな窪みが並んでいる。


「これ全部お墓かな。」


「たぶん。」


「数すごいね。」


「数えたくないな。」


 その時。


 グレンが足を止めた。


「待って。」


「気配?」


「いや。」


 隠し空間感知。


 右側の壁。


 その向こうに、小さな空間がある。


「隠し部屋。」


「また?」


「ああ。」


 九階層では初めてだ。


 二人で壁を調べる。


「ここかな。」


 グレンが一部だけ色の違う石を押す。


 ゴゴゴ……。


 壁の一部がゆっくり横へ動いた。


「当たり。」


「入る?」


「もちろん。」


 ただし。


 先に罠察知。


「……罠はなし。」


「気配も?」


「ない。」


 二人は隠し部屋へ入った。


 小さい。


 八階層で見つけた隠し部屋よりも狭い。


 中央には古びた台座。


 そして。


「……何これ。」


 アイリが目を丸くする。


 台座の上。


 布のようなものに包まれて。


 一つの卵が置かれていた。


「卵?」


「だよな。」


 大きさは両手で抱えられるほど。


 殻は淡い灰色。


 ところどころに黒と銀の模様が入っている。


「魔物の卵かな。」


「たぶん。」


「鑑定してみる?」


「ああ。」


 グレンが卵を見る。


「鑑定。」


【魔物の卵】


【詳細不明】


「……それだけ?」


「それだけ。」


「種族分からないの?」


「卵の状態じゃ無理みたいだな。」


 アイリが卵へ近付く。


「触って大丈夫かな。」


「待って。」


 グレンがもう一度周囲を確認する。


 罠。


 気配。


 異常なし。


「大丈夫そう。」


 アイリがそっと卵へ触れた。


「冷たい。」


「冷たい?」


「うん。」


 グレンも触る。


「本当だ。」


 かなり冷えている。


 この地下墓地自体が寒い。


 しかも。


 ここには卵を温めるものもない。


「生きてるのかな。」


「分からない。」


「持って帰る?」


 即座に聞かれた。


「早いな。」


「だって置いていくの?」


「うーん。」


 グレンが卵を見る。


 魔物の卵。


 正体不明。


 危険な魔物が生まれる可能性もある。


「ギルドに聞いた方がいいな。」


「ガレスなら何か知ってるかも。」


「ああ。」


「じゃあ持って帰ろう。」


「決定?」


「決定。」


「……まあいいか。」


 危険ならガレスに相談すればいい。


 グレンが卵を持ち上げる。


「意外と重い。」


「割らないでね。」


「分かってるよ。」


「マジックバッグに入る?」


「たぶん。」


 グレンが卵を入れようとして。


 手を止めた。


「……いや。」


「どうしたの?」


「生き物だったら、マジックバッグに入れて大丈夫か分からない。」


「あ。」


「そうだね。」


「普通に持っていこう。」


「私持つ。」


「俺でいいよ。」


「グレン前衛でしょ?」


「……確かに。」


 戦闘になった時。


 卵を抱えたまま剣を振るわけにはいかない。


「じゃあお願い。」


「うん。」


 アイリが両腕で卵を抱える。


「なんか。」


「ん?」


「赤ちゃん抱いてるみたい。」


「卵だけどな。」


「分かってるよ。」


 アイリが笑う。


「でもちょっと可愛い。」


「卵に可愛いってある?」


「ある。」


「そうですか。」


 隠し部屋を出る。


「問題はこの状態で探索続けるかだな。」


「私は戻ってもいいよ。」


「俺も。」


「無理する理由ないし。」


「ああ。」


 卵を抱えたまま戦う必要もない。


 今日のところは十分探索した。


「じゃあ戻ろう。」


「うん。」


 帰り道。


 何度かアンデッドと遭遇したが。


 グレンが前へ出て。


 アイリは卵を守りながら後方から支援する。


「聖光剣!」


 一体。


「ホーリーレイ!」


 二体。


 九階層との相性が良いこともあり。


 帰還にそれほど時間はかからなかった。


 ダンジョンを出た頃には。


 外は夕方になっていた。


「そのままギルド行く?」


「ああ。」


「聞いてから帰ろう。」


 冒険者ギルド。


 二人が中へ入ると。


「お帰りなさい。」


 ミーナが笑顔を向けた。


 そして。


 アイリの腕を見る。


「……それ、何ですか?」


「卵。」


「それは見れば分かります。」


「魔物の卵みたい。」


「えっ?」


 ミーナが身を乗り出す。


「ダンジョンで見つけたんですか?」


「九階層の隠し部屋。」


「鑑定しても魔物の卵としか出なかった。」


「珍しいですね。」


「ガレスいる?」


「はい。」


「聞いてみたいことがあって。」


「分かりました。確認してきます。」


 しばらくして。


「どうぞ。」


 二人はギルド長室へ向かった。


 扉を開ける。


「失礼します。」


「どうした。」


 ガレスが顔を上げる。


 そして。


「……なんだそれは。」


「卵。」


「見れば分かる。」


「さっきミーナにも言われた。」


 ガレスがため息をつく。


「どこで拾った。」


「九階層。」


「隠し部屋に置いてあった。」


「鑑定は?」


「魔物の卵。詳細不明。」


「そうか。」


 ガレスが立ち上がる。


「見せてみろ。」


 アイリが机の上へ、そっと卵を置く。


 ガレスが殻を見る。


「……。」


「分かる?」


「いや。」


「卵だけでは種族の判別は難しい。」


「やっぱり。」


「ただ。」


 ガレスが殻へ軽く触れる。


「かなり冷えているな。」


「見つけた時から。」


「親はいなかったのか?」


「いなかった。」


「気配もなし。」


「なら。」


 ガレスは少し考える。


「孵化は期待しない方がいい。」


「そんなに?」


 アイリが聞く。


「ああ。」


「魔物の卵は、親が温めたり魔力を与えたりしながら育てる種類が多い。」


「親から離れた卵が、そのまま孵ることはほとんどない。」


「どれくらい?」


 ガレスが肩をすくめる。


「一万に一つあるかどうか。」


「そんなに低いんだ。」


「種類にもよるがな。」


 アイリが卵を見る。


「じゃあ、この子も……。」


「まず孵らんと思っておいた方がいい。」


「そっか。」


 少し残念そうだった。


 グレンが聞く。


「もし孵ったらどうなる?」


「どうなるとは?」


「魔物だろ?」


「いきなり襲ってきたりする?」


「可能性は低い。」


「低い?」


「ああ。」


 ガレスが椅子へ戻る。


「魔物の中には、孵化して最初に見た相手を親として認識する種類がいる。」


「刷り込み?」


「なんだそれは。」


「いや、こっちの話。」


 グレンが誤魔化す。


「それで?」


「最初に見たのが人間なら、その人間に強く懐くことがある。」


「場合によっては、そのままテイムされたような状態になる。」


「へえ。」


 アイリの目が少し輝く。


「じゃあ孵ったら飼えるかもしれない?」


「孵ればな。」


 ガレスが強調する。


「まず孵らん。」


「一万分の一。」


「そういうことだ。」


「……。」


 アイリが卵を見る。


「持って帰ってもいい?」


「好きにしろ。」


「危険は?」


「卵のままならない。」


「孵った時は鑑定しろ。」


「危険な種族ならすぐ連れてこい。」


「分かった。」


「ありがとうございます。」


 アイリは再び卵を抱き上げた。


 ギルド長室を出る。


 廊下を歩きながら。


「一万分の一だって。」


「ほぼ無理だな。」


「だね。」


「どうする?」


「持って帰る。」


「やっぱり?」


「せっかく見つけたし。」


「まあいいけど。」


「置いておく場所どうする?」


「居間でいいんじゃない?」


「邪魔にならないところに置こう。」


「うん。」


 家へ戻る。


 扉を開けると。


 暖かな空気が二人を迎えた。


「やっぱり家、最高。」


「さっきまで冒険の方が落ち着くって言ってなかった?」


「帰ってきたら家が一番。」


「都合いいな。」


「いいの。」


 アイリは笑いながら。


 居間の隅。


 暖房魔道具から少し離れた場所へ卵を置いた。


「ここなら邪魔にならないかな。」


「ああ。」


「割らないようにな。」


「グレンがね。」


「俺?」


「足引っ掛けそう。」


「そんなドジじゃない。」


「ほんと?」


「ほんと。」


 アイリは卵の下に厚めの布を敷く。


「これでいいかな。」


「ずいぶん大事にするな。」


「だって。」


 卵を見つめる。


「一万分の一でも、孵るかもしれないでしょ?」


「まあな。」


「もし孵ったら。」


「その時考えよう。」


「うん。」


 暖房魔道具から流れる。


 穏やかな暖気。


 その一部が。


 誰にも気付かれないまま。


 居間の隅に置かれた卵を。


 ゆっくりと温め始めていた。

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