第55話 五頭ヒュドラ
湿地の奥。
木々の間から現れた巨体に、冒険者たちの空気が一変した。
「でかい……。」
グレンが思わず呟く。
五本の長い首。
太い胴体。
鱗に覆われた身体。
それぞれの頭が別々の方向を向き、周囲を睨んでいる。
「全員、予定通り動け!」
ガレスの声が響く。
本体対応班が前へ出た。
大盾を持つ冒険者たちが散開し、それぞれの首へ対応する。
「取り巻き処理班は周囲を警戒!」
「後衛へ蛇を近付けるな!」
「了解!」
グレンもすぐに意識を切り替えた。
ヒュドラは気になる。
だが、自分の役目はまず取り巻きだ。
「気配察知。」
周囲へ意識を広げる。
「まだいる!」
「どっちだ!」
「左から八!」
「右奥にもいる!」
草むらが一斉に揺れた。
「シャアアアアッ!」
ヴェノムスネーク。
パラライズスネーク。
さらに、その後ろから一回り大きな蛇が現れる。
「鑑定!」
⸻
【ジャイアントスネーク】
大型の蛇型魔物。
高い筋力を持ち、獲物へ巻き付いて締め上げる。
⸻
「大型も来た!」
「小さいのから減らすぞ!」
バルガが叫ぶ。
「おう!」
グレンが前へ出る。
一体のヴェノムスネークが飛び掛かってきた。
左腕を上げる。
ガンッ!
ミスリルバックラーで頭を弾く。
身体強化は、移動中に切れている。
だが。
「グレン!」
聞き慣れた声。
振り向かなくても分かる。
「身体強化!」
光が身体を包む。
続けて。
「クイック!」
「ありがとう!」
身体が一気に軽くなる。
足を踏み込む。
「旋風斬り!」
剣が円を描いた。
ザシュッ!
近くにいた三体の蛇をまとめて斬り裂く。
「そのまま離れろ!」
グレンが叫ぶ。
周囲の前衛が距離を取る。
「アイリ!」
「うん!」
グリムゾンティアが向けられる。
二つの風属性魔石が輝いた。
「エアーカッター!」
ヒュオオッ!
広がった風刃が、傷ついた蛇たちとその後方まで一気に襲う。
ザザザザッ!
「すげえな、その魔法!」
近くの冒険者が驚く。
「まだ来るよ!」
アイリは喜んでいる暇もなく、次の敵へ剣を向けた。
その時。
「前衛、構えろ!」
本体側から怒号が響いた。
「ギャオオオオオッ!」
ヒュドラの五つの首が一斉に動く。
一本が大盾へ噛みつく。
一本が横から前衛を薙ぎ払おうとする。
残る三本は――。
「後衛狙いだ!」
長い首が、本体対応班の頭上を越えて伸びた。
「防御!」
「グランドシールド!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間。
後衛たちの前に巨大な半透明の障壁が展開された。
ドガァン!
ヒュドラの頭が激突する。
「うおおおっ!」
障壁が大きく揺れる。
だが。
耐えた。
「止めた!」
「今だ! 撃て!」
魔法使いたちが一斉に杖を向ける。
「ファイアランス!」
「ストーンバレット!」
「ライトニングバースト!」
最後の魔法に。
グレンが反応する。
先日作った紫スキルだ。
バチバチバチッ!
激しい雷撃が広範囲へ走る。
「ギャアアアアッ!」
二本の首がまとめて雷に打たれた。
「おお……。」
アイリも一瞬だけ目を奪われる。
「紫、すごい。」
「ああ!」
だが。
「アイリ、右!」
「え?」
グレンの気配察知に反応。
草むらからジャイアントスネークが飛び出した。
狙いは完全にアイリだった。
「アイリ!」
距離がある。
グレンが走る。
しかし。
「大丈夫!」
アイリが左腕を上げた。
ガンッ!
ジャイアントスネークの頭をミスリルバックラーで受ける。
「くっ!」
身体が押される。
だが倒れない。
すぐに右手のグリムゾンティアを振るう。
「やっ!」
ザシュッ!
細身の刃が蛇の顔を斬る。
「シャアッ!」
ジャイアントスネークが怯んだ。
「エアーカッター!」
至近距離。
風刃がまともに直撃する。
蛇の巨体が大きく切り裂かれ、地面へ倒れた。
「……倒した。」
アイリ自身が少し驚いた顔をする。
そこへグレンが到着した。
「大丈夫か?」
「うん。」
アイリはバックラーを見せる。
「ちゃんと自分で守れたよ。」
「……ああ。」
グレンが安心したように笑う。
「すごいな。」
「でしょ?」
「でも無茶はするな。」
「それはグレンもね。」
「分かってる。」
「グレン!」
バルガの声。
「来るぞ!」
「今行く!」
すぐに持ち場へ戻る。
その間にも戦場は激しく動いていた。
「毒を受けた!」
「支援班!」
「行きます!」
アイリも別方向へ走る。
「キュア!」
淡い光。
「助かった!」
「次!」
さらに別の冒険者へ。
「ヒール!」
傷を癒やす。
マナリカバリーがあるとはいえ、魔法を使い続ければ消耗する。
それでも以前より回復は早い。
「まだいける。」
アイリは息を整える。
その時。
「ポイズンガード!」
支援班の一人が魔法を発動した。
淡い光が広がり、前線の冒険者たちを包む。
「これがあれば毒への抵抗力が上がる!」
「麻痺は別だ! 油断するな!」
「了解!」
グレンも光に包まれる。
「これもあの紫か。」
自分が合成したスキルが、実際にレイドで使われている。
不思議な感覚だった。
だが。
考えている暇はない。
「グレン!」
「前!」
バルガが叫ぶ。
ジャイアントスネークが二体。
さらに後ろから小型が何体も迫ってくる。
「多いな。」
「ああ!」
周囲を見る。
味方との距離。
十分。
「離れてくれ!」
「旋風斬りか!」
「そう!」
「全員下がれ!」
前衛たちが一斉に離れる。
グレンが踏み込む。
「旋風斬り!」
ザンッ!
大きく回転する刃。
小型の蛇をまとめて斬り払う。
だが。
ジャイアントスネークは耐えた。
「硬い!」
「なら!」
グレンはそのまま一体へ接近する。
蛇が噛みつく。
バックラーで下顎を弾く。
ガンッ!
頭が上がる。
「パワースラッシュ!」
ザシュッ!
首へ深く剣が入った。
「シャアアッ!」
「もう一体!」
横から迫る。
「スマッシュウェーブ!」
衝撃波が正面からぶつかり、巨体を押し返す。
「今だ!」
バルガの大剣が振り下ろされる。
ドンッ!
ジャイアントスネークが倒れた。
「いいな!」
「そっちこそ!」
二人が一瞬だけ笑う。
その時。
戦場の中央から大きな歓声が上がった。
「一本落としたぞ!」
見る。
ヒュドラの五本ある首の一つが、地面へ落ちていた。
「火を!」
「焼け!」
魔法使いが切断面へ炎を放つ。
ボオオオッ!
「ギャアアアアアッ!」
ヒュドラが激しく暴れる。
「押さえろ!」
「残り四本!」
だが。
グレンの表情が変わった。
「……まずい。」
「どうした?」
バルガが聞く。
気配察知。
周囲。
多い。
さっきまでとは比べものにならない。
「蛇が来る。」
「何体だ?」
「分からない。」
「分からない?」
「ああ。」
グレンは湿地の奥を見る。
草むら。
水辺。
あらゆる場所から反応する。
「多すぎる。」
ガサッ。
ガサガサガサッ!
湿地全体が揺れ始めた。
「取り巻き処理班!」
ガレスの声が飛ぶ。
「後衛を守れ!」
次の瞬間。
無数のスネーク系が。
一斉に姿を現した。




