第54話 レイド開始
翌朝。
まだ日が昇りきる前から、冒険者ギルドの前には多くの人が集まっていた。
前衛。
弓使い。
魔法使い。
神官。
それぞれが装備を整え、出発の準備をしている。
「すごい人数だね。」
「ああ。」
グレンも周囲を見回す。
二人だけでダンジョンへ向かう時とは、まるで雰囲気が違う。
グレンはミスリルアーマーを着込み、左腕にはミスリルバックラー。
腰にはミスリルソード。
その下には、先日購入した疲労軽減のインナーも着ている。
アイリもミスリルライトアーマー。
左腕にはミスリルバックラー。
そして腰には、完成したばかりの細身の剣。
グリムゾンティア。
今日はミスリルスタッフを持っていない。
「本当にそれ一本で大丈夫?」
グレンが聞く。
「うん。」
アイリはグリムゾンティアの柄へ手を添える。
「昨日もちゃんと魔法使えたし。」
「エアーカッターはスタッフより強かったくらいだもんな。」
「風の魔石のおかげだね。」
「でも無理して剣で戦おうとはするなよ。」
「分かってる。」
「これは自衛用。」
「それならいい。」
「グレンこそ、私のところばっかり気にしないでね。」
「……努力する。」
「努力じゃなくて、ちゃんと自分の班を見て。」
「はい。」
アイリが満足そうに頷いた。
「お二人とも。」
声を掛けられる。
振り向くとミーナが立っていた。
「参加確認をしますね。」
二人はギルドカードを見せる。
「グレンさん、取り巻き処理班。」
「アイリさん、支援班。」
「昨日説明した通りです。」
「ああ。」
「はい。」
「それから。」
ミーナはアイリを見る。
「キュアを使える方には、戦闘中に分かるよう腕章を付けてもらいます。」
「これ?」
渡されたのは白地に緑色の印が入った腕章だった。
「はい。」
「毒や麻痺を受けた方が、すぐ治療役を見つけられるようにするためです。」
「なるほど。」
アイリが右腕へ付ける。
「これでいい?」
「大丈夫です。」
少し離れたところで。
「全員聞け!」
ガレスの声が響いた。
集まっていた冒険者たちが静かになる。
「昨日話した内容から大きな変更はない。」
「現地まではまとまって移動する。」
「到着後、斥候が周囲を確認。」
「安全を確保してから各班を配置する。」
ガレスは全員を見渡す。
「焦るな。」
「ヒュドラを見つけたからといって勝手に飛び出すな。」
「取り巻きがどこに潜んでいるか分からん。」
「了解!」
何人かが声を返す。
「では出発する。」
レイド隊が動き始めた。
フォルンを出て北東へ。
人数が多いため、普段の冒険より移動速度は少し遅い。
それでも休憩を挟みながら進んでいく。
最初のうちは平原。
やがて草丈が高くなり。
地面も少しずつ湿り始める。
「ここから湿地帯か。」
「たぶん。」
アイリが足元を見る。
靴が少し沈む。
「歩きにくいね。」
「ああ。」
グレンは周囲へ意識を向ける。
「気配察知。」
まだ近くには大きな反応はない。
だが。
小さな生き物の気配が多い。
草。
水辺。
木の根元。
「蛇がいても見つけにくそうだな。」
「草も高いしね。」
「気をつけよう。」
さらに進む。
昼前。
先頭を進んでいた斥候が手を上げた。
「止まれ!」
隊列が止まる。
ガレスが前へ向かう。
しばらくして戻ってきた。
「ここから先がヒュドラの縄張りだ。」
一気に空気が変わった。
冒険者たちが武器へ手を掛ける。
「班ごとに動け。」
指示が飛ぶ。
グレンは取り巻き処理班へ。
アイリは支援班へ移動する。
「じゃあ。」
アイリが少しだけ不安そうに笑う。
「ああ。」
「気をつけろよ。」
「グレンも。」
二人は一度だけ頷き。
それぞれの持ち場へ向かった。
グレンの周囲には六人。
剣士が二人。
槍使い。
斧使い。
弓使い。
そしてグレン。
「初めましてだな。」
大柄な剣士が声を掛けてくる。
「俺はバルガ。」
「この班のまとめ役を任されてる。」
「グレン。」
「よろしく。」
「気配察知が使えるんだったな?」
「ああ。」
「なら接近を感じたらすぐ教えてくれ。」
「分かった。」
少し離れた後方。
支援班にはアイリの姿が見える。
グレンは一度だけ確認し。
前へ向き直った。
「気配察知。」
意識を広げる。
湿地の草むら。
水辺。
土の下。
「……いる。」
「どこだ?」
「右前。」
「複数。」
「数は?」
グレンが眉を寄せる。
「……十以上。」
「多いな。」
バルガが剣を抜く。
「来るぞ!」
直後。
ガサガサガサッ!
草むらが大きく揺れた。
「シャアアアアッ!」
蛇。
一体ではない。
次々と飛び出してくる。
「鑑定!」
グレンが一体を見る。
⸻
【ヴェノムスネーク】
強い毒を持つ蛇型魔物。
⸻
別の一体。
⸻
【パラライズスネーク】
麻痺毒を持つ蛇型魔物。
⸻
「毒と麻痺!」
グレンが叫ぶ。
「噛まれるな!」
「分かってる!」
バルガたちが前へ出る。
グレンもミスリルソードを抜いた。
「身体強化!」
後方から支援魔法が飛んでくる。
アイリではない。
別の支援役だ。
「行くぞ!」
蛇たちが一斉に迫る。
一体。
二体。
三体。
数が多い。
「スマッシュウェーブ!」
グレンが剣を振るう。
衝撃波が一直線に走り、数体を吹き飛ばした。
「まだ来る!」
左。
二体。
右から三体。
「囲まれるぞ!」
バルガが叫ぶ。
「前を空けて!」
後方から声。
グレンが振り向く。
アイリだった。
右手にはグリムゾンティア。
鍔と柄頭の風属性魔石が淡く光っている。
「撃つよ!」
「全員、前を空けろ!」
グレンが叫ぶ。
前衛たちが左右へ動く。
その中央。
大量のスネーク系が固まった。
アイリが剣を向ける。
「エアーカッター!」
ヒュオオッ!
風が弾けた。
複数の風刃が扇状に広がる。
「うおっ!」
初めて見る冒険者たちが驚く。
ザザザザザッ!
前方の蛇たちが次々と切り裂かれていく。
一体。
二体。
三体。
さらに奥まで。
「範囲広っ!」
誰かが思わず叫んだ。
アイリ自身も少し驚いた顔をする。
「やっぱりグリムゾンティアだと強い!」
「いいぞ!」
グレンが笑う。
だが。
「まだいる!」
気配察知。
さらに左から。
「五体!」
「俺たちでやる!」
グレンたちが向きを変える。
二体の蛇が同時に飛び掛かる。
一体をバックラーで弾く。
ガンッ!
もう一体。
「旋風斬り!」
グレンが身体を回転させる。
剣が大きな円を描く。
ザシュッ!
近付いていた三体の蛇をまとめて斬り裂いた。
「おお!」
バルガが声を上げる。
「そっちも範囲剣技か!」
「ああ!」
「便利だな!」
「味方が近いと使いにくいけどな!」
「そりゃそうだ!」
残る蛇へバルガたちが襲い掛かる。
一体。
また一体。
確実に数を減らしていく。
その時。
「うわっ!」
別の班から声が上がった。
「噛まれた!」
「麻痺だ!」
アイリが反応する。
「行きます!」
走る。
「キュア!」
倒れかけていた冒険者を淡い光が包む。
「……動く!」
「ありがとうございます!」
「まだ無理しないで!」
「分かった!」
アイリはすぐに周囲を見る。
「毒を受けた人はいませんか!」
「こっちだ!」
「今行きます!」
支援班として。
攻撃だけではない。
回復。
状態異常治療。
必要な場所へ動く。
グレンは前衛で戦いながら、その姿を一瞬だけ見る。
「……ちゃんとやってるな。」
「何か言ったか?」
バルガが聞く。
「いや。」
グレンは笑う。
「何でもない。」
そして。
ズズン……。
地面がわずかに揺れた。
「……ん?」
全員が動きを止める。
もう一度。
ズズン……。
遠く。
湿地の奥。
大きな木々の向こうから。
「シュルルルルル……。」
低く。
いくつもの音が重なって聞こえてきた。
ガレスが叫ぶ。
「全員、配置につけ!」
「本体が来るぞ!」
木々の隙間。
巨大な影が動く。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
そして五つ。
長い首が、ゆっくりと持ち上がった。
五頭ヒュドラ。
レイド本戦が。
始まろうとしていた。




