第53話 レイド前日
レイド前日の午後。
グレンとアイリは冒険者ギルドを訪れていた。
いつもより人が多い。
見慣れない冒険者たちも何人か集まっていた。
「結構いるね。」
「ああ。」
グレンは周囲を見る。
重装備の剣士。
大盾を持つ戦士。
弓使い。
魔法使い。
神官らしい格好をした者もいる。
普段は二人で行動しているだけに、これだけの冒険者が一度に集まっている光景は少し新鮮だった。
「グレンさん、アイリさん。」
ミーナが二人に気付き、手招きする。
「こちらです。」
「おはよう。」
「こんにちは。」
二人が近付くと。
「参加登録は確認できています。」
ミーナが名簿を見る。
「今日は作戦説明と、簡単な班分けを行います。」
「分かった。」
「会議室へどうぞ。」
案内されたのは、普段よりかなり広い部屋だった。
すでに多くの冒険者が椅子へ座っている。
グレンとアイリも空いている席へ座った。
「なんか緊張する。」
アイリが小声で言う。
「俺も少し。」
「グレンでも?」
「初めてなんだから当たり前だろ。」
「そっか。」
少しして。
部屋の前へガレスが立った。
ざわついていた室内が静かになる。
「揃ったな。」
ガレスは参加者を見渡す。
「明日のレイドについて説明する。」
壁には簡単な地図が掛けられていた。
「討伐対象は五頭ヒュドラ。」
「確認されている場所は、フォルンから北東へ半日ほどの湿地帯だ。」
ガレスが地図を指す。
「ここ一帯がヒュドラの縄張りになっている。」
「さらに。」
別の印へ指を移す。
「周辺には多数のスネーク系魔物が集まっている。」
「ヴェノムスネーク。」
「パラライズスネーク。」
「ジャイアントスネーク。」
室内の空気が少し重くなる。
「ヒュドラだけに集中すれば、取り巻きに後衛を崩される。」
「逆に取り巻きばかり相手にしていれば、本体を抑えきれない。」
「だから今回は班を分ける。」
ガレスが紙を一枚持ち上げる。
「まず、本体対応班。」
「ヒュドラの首を引き付け、動きを抑える。」
「前衛中心だ。」
大盾を持った冒険者たちが頷く。
「次に攻撃班。」
「本体へ大きなダメージを与える役目だ。」
「魔法使い、弓使い、それから高火力の前衛を中心に編成する。」
「そして取り巻き処理班。」
グレンが少し顔を上げる。
「スネーク系を倒し、後衛へ近付かせない。」
「こちらも複数の小隊に分ける。」
最後に。
「支援班。」
「回復。」
「状態異常治療。」
「防御支援。」
「全体を見ながら、必要な場所へ動いてもらう。」
ガレスはそこでアイリを見る。
「今回、支援班で特に重要なのがキュアだ。」
何人かの冒険者がアイリの方を見る。
アイリが少しだけ背筋を伸ばした。
「ヒュドラもヴェノムスネークも毒を持つ。」
「パラライズスネークは名前の通り麻痺だ。」
「状態異常を放置すれば一気に戦線が崩れる。」
ガレスが続ける。
「幸い、今回はこちらでポイズンガードも用意できた。」
グレンとアイリは顔を見合わせる。
先日。
グレンが合成した紫スキル。
「すでに適任者に習得させてある。」
「戦闘開始前に主要班へ掛ける。」
「ただし完全に毒を防げるとは限らん。」
「キュア持ちは治療を優先してくれ。」
「分かりました。」
アイリが答える。
ガレスは頷いた。
「アイリ。」
「はい。」
「お前は支援班を基本にする。」
「ただし取り巻きが増えた場合は攻撃にも参加してもらいたい。」
「攻撃も?」
「ああ。」
ガレスが名簿を見る。
「エアーカッターを使えると聞いている。」
アイリが少し驚く。
「もう知ってるんですか?」
「参加者の戦力確認はしている。」
「範囲攻撃ができる者は貴重だからな。」
「分かりました。」
「無理に前へ出る必要はない。」
「後衛位置から、スネーク系が密集したところを狙ってくれ。」
「はい。」
アイリは少し嬉しそうに頷いた。
新しく作ったグリムゾンティアもある。
風属性の魔石でエアーカッターの威力も上がっている。
実戦でどこまで通用するか。
少し楽しみでもあった。
「グレン。」
「俺?」
「ああ。」
ガレスが次の紙を見る。
「お前は取り巻き処理班に入ってもらう。」
「分かった。」
「基本は前衛だ。」
「スネーク系を後衛へ通すな。」
「もし戦線が乱れた場合は、本体班への援護も頼む。」
「了解。」
「それと。」
ガレスが少しだけ目を細める。
「周囲を巻き込む剣技を覚えたそうだな。」
「旋風斬りのこと?」
「ああ。」
「使う時は必ず周囲を確認しろ。」
「レイドでは味方も多い。」
「分かってる。」
グレンもそこは気にしていた。
「二人だけの時みたいには使えないからな。」
「その認識でいい。」
作戦説明は続く。
ヒュドラの五つの首は、複数の前衛で分散して抑える。
切断できた場合は、切り口を火属性魔法で焼く。
再生を遅らせるためだ。
だが。
「無理に首を落とす必要はない。」
ガレスが言う。
「今回の最優先は討伐だ。」
「首の再生に固執して前衛が崩れる方が危険だからな。」
火力を本体へ集中できる時は集中する。
危険なら退く。
討伐隊全体の安全を優先する。
グレンはその説明を聞きながら小さく頷いた。
考え方は自分たちと近い。
「次。」
ガレスが地図を示す。
「スネーク系は湿地の草むらから現れる可能性が高い。」
「気配察知を持っている者は、接近を感じたらすぐに声を上げろ。」
今度はグレンが手を上げた。
「俺、気配察知ある。」
「分かっている。」
「取り巻き処理班の前寄りに置いたのは、そのためでもある。」
「なるほど。」
「数が多い場合は?」
別の冒険者が尋ねる。
「無理に全部倒すな。」
「後衛から引き離せ。」
「範囲攻撃が使える者のところへ誘導してもいい。」
「ただし。」
ガレスが部屋全体を見回す。
「絶対に勝手な行動はするな。」
「レイドで一番危険なのは、個人が自分だけの判断で動くことだ。」
全員が静かに聞く。
「明日は強い奴が一人いれば勝てる戦いじゃない。」
「全員で生きて帰る。」
「それが一番だ。」
説明が終わる。
その後は細かい班分けが行われた。
グレンは取り巻き処理班。
アイリは支援班。
完全に同じ班ではない。
そのことに。
「ちょっと不安。」
アイリが小声で言った。
「俺も。」
グレンは正直に答える。
いつもは二人で戦う。
だが今回は違う。
「でも。」
グレンはアイリを見る。
「遠く離れるわけじゃない。」
「うん。」
「何かあったらすぐ行く。」
「それ、グレンが自分の持ち場離れたらダメなんじゃない?」
「……。」
「さっきガレスさんに言われたばっかりだよ?」
「分かってるよ。」
アイリが笑う。
「大丈夫。」
「私もちゃんと自分で守れるから。」
左腕を見る。
ミスリルバックラー。
そして腰には。
グリムゾンティア。
「前よりはね。」
「ああ。」
グレンも笑った。
「頼りにしてる。」
「任せて。」
打ち合わせが終わり。
二人はギルドを出た。
「いよいよ明日だね。」
「ああ。」
「緊張する?」
「する。」
「私も。」
二人は並んで歩く。
「今日は早く寝よう。」
「そうだな。」
「グレン。」
「ん?」
「鍛冶は禁止ね。」
「やらないよ。」
「スキルブック合成も。」
「本当に何もしないって。」
「ならよし。」
アイリが満足そうに頷く。
明日は。
二人にとって初めてのレイド。
ヒュドラ。
そして大量のスネーク系。
これまでとはまったく違う戦いが。
待っていた。




