第52話 グリムゾンティア
鍛冶屋の工房。
グレンは作業台の上に、ミスリルインゴットと二つの風属性魔石を並べた。
「で。」
ドランが腕を組む。
「どんな武器にするんだ?」
「短剣より長くて、普通の剣より短い。」
「細身で軽くて、斬ることも突くこともできるやつ。」
「サーベルか?」
「そんな感じ。」
グレンはアイリを見る。
「でも普通のサーベルより少し短め。」
「私でも片手で扱えるくらいがいいな。」
「左にはバックラーも持つし。」
アイリが自分の左腕を軽く上げる。
「なるほどな。」
ドランが頷く。
「ショートサーベルってところか。」
「それでいこう。」
形が決まった。
グレンはミスリルインゴットを手に取る。
鍛冶スキルを意識すると。
昨日、鉄を扱った時とは違う感覚が伝わってきた。
「……やっぱり違うな。」
「何が?」
「鉄より魔力を通しやすいのが分かる。」
グレンはインゴットを見つめる。
「それに軽い。」
「ミスリルだからな。」
ドランが炉を確認する。
「だが、扱いは鉄より難しいぞ。」
「せっかくの素材を台無しにするなよ。」
「分かってる。」
「本当に?」
アイリが横から聞く。
「なんでアイリまで疑うんだよ。」
「だって初めてでしょ?」
「……そうだけど。」
グレンは少しだけ緊張しながら、ミスリルを炉へ入れた。
熱する。
色を見る。
鍛冶スキルが、適切な頃合いを教えてくれる。
「今だ。」
「出せ。」
ドランの声。
グレンはミスリルを取り出す。
金床へ。
ハンマーを振るう。
カンッ!
高い音が工房へ響いた。
「おお……。」
鉄とは音まで違う。
カンッ!
カンッ!
一撃ずつ。
慎重に。
細く。
長く。
それでも強度を失わないように形を整えていく。
「力を入れすぎるな。」
「ああ。」
「そこは少し厚みを残せ。」
「分かった。」
ドランの助言を聞きながら。
グレンは何度もミスリルを熱し、叩いた。
少しずつ。
剣の形が見えてくる。
真っ直ぐに近い細身の刀身。
一般的な片手剣より短い。
だが短剣よりは十分に長い。
アイリが扱うにはちょうどいい。
「いい感じ。」
アイリが嬉しそうに言う。
「まだだぞ。」
「分かってる。」
刀身を整え。
刃を付け。
切っ先を作る。
そして。
グレンは鍔の加工へ移った。
「ここに一つ。」
小さな穴を作る。
「柄頭にも一つ。」
もう一つ。
風属性の魔石がぴったり収まる大きさに調整する。
ドランがその様子を見ていた。
「なるほどな。」
「何?」
「最初から魔石を埋め込む前提で作ってるのか。」
「ああ。」
「ミスリルだけでも杖の代わりになるんだろ?」
「なる。」
ドランが答える。
「魔力伝導率が高いからな。」
「なら、魔石は魔法の補助か。」
「今回は風。」
グレンが小箱を見る。
「アイリのエアーカッターを強くしたい。」
「レイド用か。」
「ああ。」
「よく考えてるじゃねえか。」
「妻の武器だからな。」
「はいはい。」
ドランが呆れたように笑う。
アイリも嬉しそうに笑っていた。
作業は続く。
昼を過ぎ。
夕方が近付く頃。
「……できた。」
グレンが息を吐いた。
作業台の上。
そこに一本の剣が置かれていた。
細身。
短め。
ほぼ真っ直ぐな刀身。
銀色のミスリルが淡く輝いている。
鍔と柄頭には、緑色を帯びた風属性の魔石。
「綺麗……。」
アイリが近付く。
「持ってみる?」
「うん。」
グレンが差し出す。
アイリは右手で柄を握った。
「軽い。」
「どう?」
「すごく持ちやすい。」
軽く振ってみる。
ヒュッ。
細身の刀身が空気を切る。
「これなら私でも振れる。」
「左にバックラーも付けてみて。」
「うん。」
アイリがミスリルバックラーを装着する。
右手に剣。
左腕に盾。
構えてみる。
「どう?」
「いい。」
グレンが頷く。
「近付かれても、これなら少しは自分で守れる。」
「でも。」
アイリが剣を見る。
「本当に魔法も使えるのかな。」
「試してみよう。」
工房の外へ出る。
ドランも付いてくる。
「店の中で撃つなよ。」
「分かってます。」
少し離れた空き地。
アイリがミスリルショートサーベルを前へ向ける。
「まずはファイアボールから。」
「風の魔石だけど大丈夫?」
「ミスリル自体が媒体になるなら使えるはずだ。」
「やってみる。」
アイリが集中する。
「ファイアボール!」
刀身を伝って魔力が流れる。
ボッ!
火球が飛んだ。
離れた地面へ着弾する。
「出た!」
アイリの顔が明るくなる。
「ちゃんと杖の代わりになってる。」
「ああ。」
グレンも嬉しそうに笑う。
「次。」
「エアーカッター。」
「うん。」
アイリは剣を構え直した。
鍔と柄頭の風属性魔石が淡く輝く。
「エアーカッター!」
振るう。
ヒュオッ!
「えっ!」
前回より鋭い風切り音。
複数の風刃が扇状に広がる。
ザザザザザッ!
離れた場所に並べられていた木材を一気に切り裂いた。
アイリが目を見開く。
「前より強い!」
「ああ。」
「範囲も少し広がってないか?」
「広がってる気がする!」
アイリが剣を見る。
二つの風属性魔石。
そして魔力伝導率の高いミスリル。
「すごい……。」
嬉しそうに何度も眺める。
「気に入った?」
「もちろん。」
「よかった。」
グレンが安心したように笑った。
「じゃあ完成だな。」
その言葉に。
アイリが少し考える。
「ねえ。」
「ん?」
「名前付けてもいい?」
「名前?」
「うん。」
「この剣に。」
グレンが瞬きをする。
「別にいいけど。」
「もう決まってる。」
「早いな。」
アイリは剣を両手で大事そうに持つ。
銀色の刀身。
緑色の魔石。
そして。
自分のためにグレンが初めて作ってくれた武器。
「グリムゾンティア。」
「……グリムゾンティア?」
「うん。」
グレンは少し考える。
「どういう意味?」
「紅蓮の炎をイメージした名前。」
「風の魔石なのに?」
「今はね。」
アイリが笑う。
「いつか炎の魔石に替えるかもしれないでしょ?」
「それもそうか。」
「それに。」
アイリが少しだけ照れる。
「グレンの名前からも考えた。」
「……やっぱり?」
「うん。」
「グレンが私のために作ってくれた剣だから。」
グレンはしばらく何も言わなかった。
「嫌?」
「嫌なわけないだろ。」
小さく笑う。
「むしろ嬉しい。」
「よかった。」
アイリはもう一度剣を見る。
「じゃあ今日から。」
ミスリルショートサーベル。
その名は。
――《グリムゾンティア》。
グレンが初めて作った
アイリだけの武器だった。




