第50話 初めての鍛冶
ギルドを出た翌日。
グレンとアイリは、フォルンの職人街を歩いていた。
「この辺にあるはずなんだけどな。」
「鍛冶屋って、武器屋とは違うんだね。」
「ああ。」
グレンが探しているのは、冒険者向けの武器を専門に扱う店ではない。
鍋。
包丁。
農具。
釘。
扉や家具に使う金具。
そういった生活用品を作っている町の鍛冶屋だった。
「最初から武器専門のところに行くの?」
昨日、アイリにそう聞かれた。
だがグレンは首を振った。
「俺、鍛冶を覚えたばっかりだぞ。」
「うん。」
「まずは普通の鉄で練習したい。」
八階層で手に入れたミスリルインゴットは貴重だ。
いきなり使って失敗する気にはなれなかった。
「だから、炉を貸してくれるところを探す。」
「なるほど。」
しばらく歩いていると。
「あ。」
アイリが一軒の店を指差した。
店先には鍋や包丁。
壁には鎌や鍬。
奥からは金属を叩く音が響いている。
「ここかな。」
「入ってみよう。」
二人は店へ入った。
カンッ!
カンッ!
熱気と鉄の匂い。
店の奥では、大柄な男が真っ赤に熱した鉄を叩いていた。
「すみません。」
アイリが声を掛ける。
「ん?」
男が顔を上げた。
「客か?」
「ちょっと相談があるんだけど。」
グレンが答える。
「相談?」
「ああ。」
男は作業を止めると、鉄を炉へ戻した。
「何だ?」
「炉を借りたい。」
「……炉を?」
男の眉が上がる。
「鍛冶屋なのか?」
「いや。」
「じゃあ鍛冶経験は?」
グレンは少しだけ間を置いた。
「昨日、鍛冶スキルを覚えた。」
「……昨日?」
「ああ。」
男が黙る。
アイリが横で口元を押さえた。
「笑うなよ。」
「まだ笑ってないよ。」
「顔が笑ってる。」
鍛冶屋の男が深く息を吐く。
「お前な……。」
「炉は玩具じゃねえぞ。」
「分かってる。」
「本当に分かってんのか?」
「だから、ちゃんと教えてもらえるところを探してる。」
その言葉に。
男が少しだけ表情を変えた。
「……なるほどな。」
グレンは続ける。
「道具の使い方も、炉の扱い方も知らない。」
「スキルを覚えたら、頭の中には色々浮かぶようになった。」
「でも実際にやったことはない。」
「だから、最初から一人でやるつもりはない。」
男はしばらくグレンを見たあと。
「何を作りたい?」
「最終的には武器。」
「最初から?」
「いや。」
グレンは首を振る。
「今日は普通の鉄で練習したい。」
「いきなりミスリルを使うのは怖いからな。」
「ミスリル?」
男の目が少し鋭くなる。
「持ってるのか?」
「インゴットを一つだけ。」
「……なるほど。」
男は腕を組んだ。
「そりゃ練習なしで叩くもんじゃねえな。」
「だろ?」
「そこはまともだ。」
「そこはって何だよ。」
アイリが小さく笑う。
男も少しだけ口元を緩めた。
「俺はドランだ。」
「この店をやってる。」
「グレン。」
「こっちは妻のアイリ。」
「よろしくお願いします。」
「おう。」
ドランは工房の奥を見る。
「今日は急ぎの仕事も少ない。」
「炉を貸してやってもいい。」
「本当か?」
「ただし。」
太い指がグレンへ向けられる。
「最初は俺が横で見る。」
「勝手なことはするな。」
「分かった。」
「炉を壊したら弁償だからな。」
「壊すようなことするか?」
「昨日覚えた奴が言っても説得力ねえよ。」
「確かに。」
アイリが即答した。
「アイリ?」
「だって本当でしょ?」
グレンは何も言い返せなかった。
工房へ入る。
ドランから革の前掛けと手袋を借りる。
「まずは鉄でいい。」
作業台の上に、小さな鉄材が置かれた。
「何を作る?」
グレンは少し考える。
「包丁とか?」
「初めてなら悪くない。」
「刃を作る基本は覚えられる。」
「じゃあ、それで。」
アイリが少し離れた場所から見ている。
「頑張って。」
「ああ。」
グレンは鉄材を持つ。
鍛冶スキルを覚えてから。
金属を見る感覚が少し変わっていた。
どの程度熱すればいいか。
どこを叩けば伸びるか。
どう形を整えていくか。
知識としては頭の中に浮かんでくる。
「まず炉に入れろ。」
「分かった。」
鉄を熱する。
色が変わっていく。
「まだだ。」
ドランが言う。
「もう少し。」
「これくらい?」
「……そうだ。」
頃合いを見て取り出す。
金床へ。
ハンマーを握る。
「力任せに叩くなよ。」
「形を作るんだ。」
「ああ。」
グレンは息を整える。
カンッ!
最初の一撃。
「……。」
カンッ!
もう一度。
カンッ!
カンッ!
少しずつ。
鉄が伸びていく。
「へえ。」
ドランが呟いた。
「何?」
「いや。」
「本当に昨日覚えたんだよな?」
「ああ。」
「スキルってのは便利なもんだな。」
「でも。」
グレンは鉄を見る。
「思ったより難しい。」
「当たり前だ。」
ドランが笑う。
「知識があっても、腕がその通り動くとは限らねえ。」
「なるほど。」
それでも。
一度叩くごとに感覚が少しずつ掴めてくる。
加熱。
鍛造。
形を整える。
また加熱。
何度も繰り返す。
「グレン。」
「ん?」
「すごい汗。」
アイリがタオルを差し出してくる。
「ありがとう。」
額を拭う。
「疲労軽減のインナー着ててよかったね。」
「ああ。」
「これ、結構違うかも。」
「買って正解だった。」
少し休み。
再び作業へ戻る。
時間を掛けて。
一本の包丁らしい形が出来上がった。
「……どう?」
グレンがドランを見る。
「初めてにしちゃ悪くない。」
「本当か?」
「売り物にはならん。」
「そこまで期待してないよ。」
「だが。」
ドランは包丁を手に取る。
刃の形を見る。
「ちゃんと包丁にはなってる。」
「使う分には問題ないだろ。」
「おお。」
グレンの顔が明るくなる。
「アイリ。」
「なに?」
「これ家で使おう。」
「え?」
アイリが包丁を見る。
「最初に作ったやつだぞ?」
「うん。」
「だから使う。」
「切れ味悪かったら?」
「研ぎ直す。」
「ふふっ。」
アイリが笑う。
「じゃあ、大事に使う。」
「決まり。」
ドランが呆れたように二人を見る。
「次はどうする?」
「もう少し練習したい。」
「なら短剣を作ってみろ。」
「短剣?」
「ああ。」
「最終的に武器を作りたいんだろ?」
「そうだ。」
「包丁より形も強度も考えなきゃならん。」
グレンは頷く。
「やってみる。」
「今日は鉄でな。」
「もちろん。」
再び鉄材を手に取る。
今度は短剣。
さっきより少し難しい。
刃の厚み。
重心。
握り。
戦うための道具なら、ただ鋭ければいいわけではない。
「なるほどな……。」
グレンは何度も打ち直した。
失敗する。
少し歪む。
ドランから指摘される。
「そこ、厚すぎる。」
「こっちは薄い。」
「柄とのバランスを見ろ。」
「ああ。」
もう一度。
そして。
夕方近く。
一本の鉄製短剣が完成した。
「できた……。」
グレンが大きく息を吐く。
アイリが近付いてくる。
「見せて。」
「ほら。」
手渡す。
アイリが握る。
「思ったより軽い。」
「まだ試作品だからな。」
軽く構えてみる。
「どう?」
「持ちやすい。」
「本当?」
「うん。」
グレンはその姿をじっと見る。
「……やっぱり、このくらいの長さがいいな。」
「私の武器?」
「ああ。」
スタッフほど長くない。
接近された時にも扱いやすい。
そして。
「これをミスリルで作れば、もっと軽くできる。」
「でも魔法は?」
「そこなんだよな。」
グレンは少し考える。
「短剣として作るだけなら、今の鍛冶でもいけそうだ。」
「でも杖みたいに魔法を使いやすくするには……。」
「別の工夫が必要?」
「たぶん。」
アイリは手の中の短剣を見る。
「じゃあ、まず短剣だけ作る?」
「いや。」
グレンは首を振った。
「せっかくミスリルを使うんだ。」
「もう少し考えたい。」
「うん。」
「焦らなくていいよ。」
「ああ。」
レイドまでは休むと決めている。
無理に今日完成させる必要はない。
「ドラン。」
「なんだ?」
「また炉を借りてもいい?」
「金払うならな。」
「もちろん。」
「それと。」
ドランがグレンを見る。
「ミスリルを叩く時は先に言え。」
「なんで?」
「俺も見たい。」
「そこかよ。」
「滅多に触れる素材じゃねえんだぞ。」
アイリが笑う。
「じゃあ、その時はお願いします。」
「おう。」
二人は工房をあとにする。
グレンの手には。
初めて作った包丁。
そして試作品の短剣。
「ねえ、グレン。」
「ん?」
「楽しかった?」
「……かなり。」
「やっぱり。」
「顔に出てた?」
「ずっと。」
アイリが笑う。
「次は私の武器だね。」
「ああ。」
グレンは頷いた。
八階層で手に入れたミスリルインゴット。
そして新しく覚えた鍛冶。
まだ完成形は見えていない。
それでも。
アイリのための武器作りは、確かに始まっていた。




