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第2話 赤いスキルブック

 ダンジョンへ足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


 外の暑さが嘘のようだ。


「明かり、お願い」


「うん」


 アイリが杖を軽く掲げる。


「ライト」


 淡い光が二人の頭上へ浮かび、薄暗い通路を照らした。


「何度見ても便利だよな」


「グレンも覚えればよかったのに」


「剣のスキルを優先したからな」


「でも生活魔法は便利だよ?」


「今さら覚えても遅いさ」


 笑いながら歩き始める。


 一階層は新人でも探索できる安全な場所だ。


 ゴブリンやスライムが出現する程度で、今の二人なら相手にならない。


 そのため足を止めることなく二階層、三階層と進んでいく。


 目的は五階層だ。


 四階層へ降りる階段を見つけたところで、アイリが小さく口を開いた。


「グレン。」


「どうした?」


「ちょっと静かじゃない?」


「……ああ。」


 グレンも周囲へ視線を巡らせる。


 魔物の気配が少ない。


 嫌な静けさだった。


「急がず行こう。」


「うん。」


 歩幅を少し狭くし、慎重に通路を進む。


 やがて、重い足音が聞こえてきた。


 ドン。


 ドン。


 ドン。


「オークだな。」


 グレンは壁際へ寄る。


 角からそっと覗くと、三体のオークが歩いていた。


「三体。」


「いける?」


「問題ない。」


 グレンは深呼吸する。


「いつも通りだ。」


「うん。」


 アイリが杖を構えた。


「身体強化。」


 淡い光がグレンを包む。


「防御強化。」


 続けてもう一つの支援魔法。


 身体が軽くなり、筋肉へ力が満ちていく。


「行く。」


 グレンは静かに飛び出した。


 オークがこちらへ気付く。


 棍棒を振り上げ、雄叫びを上げながら突進してきた。


 グレンは一歩だけ横へ動く。


 棍棒が床を砕いた。


「遅い!」


 剣を振るう。


「連続斬り!」


 二連、三連と斬撃が走り、一体目の胸を深く切り裂く。


 オークは苦しそうに後退した。


 だが追わない。


 無理に倒そうとして囲まれる方が危険だ。


「アイリ!」


「任せて!」


 光の弾が飛び、二体目の顔へ命中する。


 オークが目を押さえて怯んだ。


 その隙に一体目へ踏み込む。


「はあっ!」


 首元へ剣を振り下ろす。


 オークは光となって消えた。


 残り二体。


 同時に飛び込んでくる。


「下がって!」


 アイリの声。


 グレンは迷わず一歩引いた。


 その瞬間。


「スロウ!」


 淡い光が二体を包み、動きが鈍くなる。


「助かった!」


 グレンは横へ回り込み、膝裏を斬る。


 一体が膝をついた。


 そのまま首筋へ剣を振るう。


 二体目も消えた。


 最後の一体は怒りに任せて棍棒を振り回す。


 だが動きは単調だ。


 グレンは落ち着いて攻撃を受け流し、隙を待つ。


 大振りになった瞬間。


「そこだ!」


 剣が胸を貫いた。


 最後の一体も光となって消える。


「終わった。」


 アイリが駆け寄ってくる。


「怪我は?」


「ない。」


「本当に?」


「今回は本当にない。」


「よかった。」


 アイリは安心したように微笑んだ。


「少し休もう。」


「ああ。」


 二人は壁際へ腰を下ろす。


 アイリが水筒を差し出した。


「ありがとう。」


 一口飲んで息を吐く。


「やっぱりグレン、強くなったよね。」


「まだまだだよ。」


「五年前はオーク一体でも慌ててたのに。」


「あの頃は剣なんて握ったこともなかったからな。」


「今じゃ三体でも落ち着いてる。」


「無茶しないようになっただけさ。」


「それが一番だよ。」


 アイリは嬉しそうに笑った。


 グレンも頷く。


 勝つことより、生きて帰ること。


 それが二人の約束だった。


「依頼はあと二体か。」


「うん。」


「行こう。」


 探索を再開して十分ほど。


 運よく二体のオークを発見する。


 今度は危なげなく討伐を終えた。


「これで依頼達成だ。」


「お疲れさま。」


 アイリが笑顔を向ける。


「素材を回収しよう。」


 二人はオークが消えた場所を調べ始めた。


 魔石。


 牙。


 そして一冊のスキルブック。


「出た。」


 グレンは拾い上げる。


「何だった?」


「二段斬り。」


「あら。」


「またか。」


 二段斬り。


 冒険者になった頃に覚えた剣技だ。


 今では連続斬りを覚えているため、使うことはない。


「いつもなら売るだけなんだけどね。」


「まあ、少しは金になる。」


 そう言って鞄へ入れようとした時だった。


「グレン。」


「ん?」


「まだ何かある。」


 アイリが通路の奥を指差す。


 岩陰に、何かが落ちている。


「取りに行ってくる。」


 近づいて拾い上げる。


「……スキルブック?」


 形は普通のスキルブック。


 しかし。


 色が違った。


 白でもない。


 緑でもない。


 青でも紫でも金でもない。


 深く鮮やかな赤。


 まるで燃える炎を閉じ込めたような、美しい赤色だった。


「赤……。」


 アイリも息を呑む。


「そんな色……見たことない。」


「俺もだ。」


 グレンは表紙を見つめる。


 冒険者になって五年。


 ギルドで多くのスキルブックを見てきた。


 だが、この色だけは一度も見たことがない。


「伝説の赤いスキルブック……。」


 酒場で噂を聞いたことがある。


 世界に一冊しか存在しないユニークスキル。


 誰も見たことがなく、実在するかどうかさえ分からない。


 それが、今。


 グレンの手の中にあった。


「どうする?」


 アイリが不安そうに尋ねる。


 グレンは少し考え、静かに首を振った。


「ここでは使わない。」


「うん。」


「ギルドにも見せない。」


「え?」


「もし本物なら、大騒ぎになる。」


 国や貴族まで動くかもしれない。


 そんなものをDランク冒険者が持っていると知られれば、平穏な生活は終わる。


「まずは家へ帰ろう。」


「分かった。」


 グレンは赤いスキルブックを布で丁寧に包む。


 そして、その隣へ白い二段斬りのスキルブックも入れた。


「それも持って帰るの?」


「ああ。」


「珍しいね。」


「なんとなくな。」


 グレン自身にも理由は分からなかった。


 ただ今日は、売る気になれなかった。


「帰ろう、アイリ。」


「うん。」


 二人はダンジョンをあとにする。


 赤いスキルブックを手にしたまま。


 まだ二人は知らない。


 その一冊が、これまで価値のない物だと思っていたスキルブックすべてを、宝へと変えることになるとは。

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