第102話 ミケの鍛冶
翌日。
グレンたちはルグリアの冒険者ギルドを訪れていた。
目的は三つ。
火属性の魔石。
鉄のインゴット。
そしてミスリルのインゴットだ。
「ミャ!」
ギルドへ入った途端、ミケが元気よく鳴いた。
『エレナ!』
「まだ見つけてもないだろ。」
「いるんじゃない?」
アイリが受付を見回す。
すると。
「いらっしゃいませ。」
聞き慣れた声。
エレナが受付に立っていた。
「ミャー!」
『エレナ!』
ミケがアイリの腕の中から身を乗り出す。
エレナの表情がわずかに緩んだ。
「こんにちは、ミケちゃん。」
「ミャ!」
「俺たちは?」
「こんにちは、グレンさん、アイリさん。」
「明らかに順番がおかしい。」
「気のせいです。」
「絶対違うだろ。」
アイリがくすくす笑う。
「今日は塔へ?」
「いや。」
グレンは受付へ近づいた。
「買いたい素材がある。」
「何でしょう?」
「まず火属性の魔石。中級くらいのやつ。」
「火属性ですか。」
「ああ。」
エレナがアイリを見る。
「魔道具用ですか?」
「こっち。」
アイリがグリムゾンティアを見せる。
以前はショートサーベルだった武器。
今ではヴァルキリーへの転職に合わせて、薙刀型の長柄武器へと姿を変えている。
「グリムゾンティアに付けるの。」
「三つ目の魔石ですね。」
「ああ。」
グレンが頷く。
「今は風と氷が入ってるから、最後に火を入れる。」
「なるほど。」
「高位火魔法も覚えたからね。」
「……高位火魔法?」
エレナがアイリを見る。
「はい。」
「またスキルが増えたんですか?」
「増えた。」
アイリが嬉しそうに答える。
「……。」
エレナがじっと二人を見る。
「何だよ。」
「いえ。」
「絶対何か思ってるだろ。」
「グレンさんたちは、会うたびにできることが増えている気がしまして。」
「冒険者なんだから強くなるだろ。」
「限度というものがあると思います。」
「そうかな?」
アイリが首を傾げる。
「アイリさんまで……。」
エレナが小さく息を吐く。
「中級の火属性魔石でしたら在庫があります。」
「助かる。」
「他には?」
「鉄のインゴットと、ミスリルのインゴット。」
「鍛冶ですか?」
「ああ。」
「今度は何を作るんです?」
「俺じゃない。」
「……?」
「ミケ。」
「ミャ!」
エレナが止まった。
「……はい?」
「だから、ミケ。」
「ミケちゃんがどうしたんですか?」
「鍛冶をする。」
「……。」
沈黙。
エレナがミケを見る。
ミケもエレナを見る。
「ミャ。」
「……グレンさん。」
「何?」
「もう一度お願いします。」
「ミケが鍛冶をする。」
「……。」
「ミャ!」
『する!』
エレナはしばらく黙っていた。
「ミケちゃんはラグナリンクスですよね?」
「ああ。」
「魔獣ですよね?」
「ああ。」
「鍛冶師ではありませんよね?」
「昨日まではな。」
「昨日まで?」
「スキルブックを使わせてみたら、鍛冶を覚えた。」
「……魔物がスキルブックを使えるんですか?」
「少なくともミケは使えた。」
エレナがミケを見る。
「ミャ。」
胸を張るミケ。
「……。」
「エレナ?」
「少々理解が追いついていません。」
「俺も最初そうだった。」
「アイリさん。」
「本当だよ。」
「しかもミケ、やる気満々なの。」
「ミャ!」
『やる!』
「……。」
エレナが口元を押さえる。
「可愛い……。」
「そこ?」
「失礼しました。」
一瞬でいつもの表情へ戻る。
「それで鉄とミスリルを?」
「ああ。」
「いきなりミスリルを使うのですか?」
「まず鉄で試す。」
「それなら安心しました。」
「鉄でちゃんと作れたら、ミスリルも試してみようと思ってる。」
「何を作る予定ですか?」
「解体用ナイフ。」
「なるほど。」
エレナが頷く。
「初めてなら、小さな物から試すのは良いと思います。」
「だろ?」
「……。」
エレナがミケを見る。
「見たいですね。」
「来る?」
「……。」
一瞬。
本気で考えた。
「仕事中です。」
「残念だったな。」
「別に残念ではありません。」
「ミャ?」
『こない?』
アイリがミケの言葉を伝える。
「ミケが、来ないの? だって。」
「……。」
エレナの視線が揺れる。
「エレナ?」
「仕事中です。」
「二回言った。」
「仕事中なんです。」
「分かったから。」
エレナは少し名残惜しそうにミケを見てから、素材の手配を始めた。
しばらくして。
火属性の中級魔石。
鉄のインゴット。
そして少量のミスリルインゴットが用意された。
「ミスリルは結構するな。」
「希少素材ですから。」
「フォルンよりは手に入りやすい?」
「はい。ルグリアには塔がありますから、他の街より流通量は多いです。」
「なら助かる。」
グレンは代金を支払い、素材をストレージへ収納した。
「では。」
エレナがミケを見る。
「成功したら見せてください。」
「俺じゃなくてミケに言ってる?」
「もちろんです。」
「ミャ!」
『みせる!』
「見せるって。」
「楽しみにしています。」
「完全にミケの作品待ちじゃないか。」
「当然です。」
「そこは否定しないんだな。」
「では、お気をつけて。」
「今日は塔に行かないけどな。」
「鍛冶でも怪我はします。」
「……それはそうだ。」
グレンたちはギルドを後にした。
◇
家へ戻ると、まずグレンはグリムゾンティアを作業台へ置いた。
「先にこっちを終わらせるか。」
「うん。」
購入した火属性の中級魔石を取り出す。
グリムゾンティアにはすでに風と氷の属性魔石が組み込まれている。
残るスロットは一つ。
グレンは火属性魔石を加工し、魔銀糸で作った魔力増幅回路へ接続する。
そして。
「よし。」
カチッ。
三つ目の魔石が収まった。
風。
氷。
火。
三つの属性魔石。
「完成。」
「おおー。」
アイリがグリムゾンティアを受け取る。
軽く魔力を流す。
火属性の魔石が淡く赤く輝いた。
「ちゃんと繋がってる。」
「ああ。」
「フレイムランス撃っていい?」
「ダメ。」
「じゃあフレアバースト。」
「もっとダメ。」
「フレイムウォール。」
「庭を燃やす気か。」
「じゃあファイアボール。」
「塔でやれ。」
「全部ダメじゃん。」
「当たり前だ。」
「ミャ。」
『ひ!』
「ミケまでやりたがるな。」
「ふふっ。」
アイリは嬉しそうにグリムゾンティアを眺める。
「これで三属性だね。」
「ああ。」
「風と氷と火。」
「使い分けられる分、安全に戦える選択肢も増える。」
「うん。」
グレンにとって重要なのはそこだった。
単純に威力が上がるだけではない。
敵によって属性を使い分けられる。
それだけ対応できる状況が増える。
「さて。」
グレンが立ち上がった。
「本日の本命。」
「ミャ!」
『かじ!』
「分かってるよ。」
三人は庭へ移動した。
そこにはグレンが鍛冶に使っている炉と金床がある。
グレンはストレージから鉄インゴットを取り出した。
「まずは鉄。」
「ミャ。」
『てつ』
「そう。」
グレンが炉へ火を入れる。
鉄を熱する。
赤くなるまで待ち。
頃合いを見て取り出した。
金床の上へ置く。
「……。」
グレンとアイリがミケを見る。
「ミャ?」
「いや。」
「どうするのかなと思って。」
「ミャ。」
『たたく!』
ミケが金床へ近づいた。
「待て待て。」
「ミャ?」
「熱いからな。」
『わかってる』
「本当か?」
「大丈夫だって。」
「アイリにはそう伝わるんだろうけど……。」
グレンは心配だった。
ミケはまだ幼体だ。
いくら鍛冶スキルがあるとはいえ、火傷でもしたら困る。
「危なかったらすぐ止めるぞ。」
「ミャ!」
『わかった!』
ミケが金床の前に座る。
赤く熱された鉄を見つめる。
そして。
右前足を上げた。
シャキン。
爪が出る。
「……やっぱりそれなのか。」
「ミケ、昨日も爪見せてたもんね。」
「ミャ。」
『これ!』
「鍛冶道具扱いなのか、それ。」
ミケが前足を振り下ろす。
カンッ!
「……。」
「……。」
二人が固まる。
もう一度。
カンッ!
金属音。
確かに鉄が変形している。
「マジか。」
「できてるよ。」
「ミャ!」
『できる!』
カンッ!
カンッ!
ミケが前足を振る。
爪が鉄を叩く。
「いや、どういう仕組みだよ。」
「鍛冶スキル?」
「便利すぎるだろ。」
グレンはミケの爪を確認する。
「傷もない。」
「ラグナリンクスの爪ってすごいんだね。」
「獣化してオーガロードを猫パンチで吹っ飛ばす魔獣だからな……。」
「ミャ!」
『つよい!』
「知ってる。」
ミケは再び鉄へ向き直った。
カンッ。
カンッ。
だが。
「ミケ。」
「ミャ?」
「何を作ってるか分かってるか?」
「ミャ!」
『ないふ!』
アイリが笑う。
「解体用ナイフだって。」
「ちゃんと分かってるのか。」
鍛冶スキルによって、作ろうとしている物の形や作業手順が感覚的に理解できる。
それはグレン自身も経験している。
どうやらミケにも同じ感覚があるらしい。
「そこ、もう少し薄くしてみろ。」
「ミャ。」
カンッ。
「そう。」
「先端を伸ばす。」
「ミャ。」
カンッ。
カンッ。
熱が足りなくなれば、グレンが鉄を炉へ戻す。
再び熱する。
ミケが叩く。
「なんか。」
「ん?」
「親子で工作してるみたい。」
「誰が親だ。」
「グレン。」
「ミケの親はお前だろ。」
「じゃあ家族で工作。」
「それならまあ……。」
「ミャ!」
『かぞく!』
「ほら、ミケも喜んでる。」
「はいはい。」
作業は続く。
やがて。
「おお。」
「ナイフになってきた。」
多少いびつではある。
だが間違いなく刃物の形になっていた。
柄を取り付ける。
ここでもグレンは必要最低限の補助だけをする。
「ここは俺がやるか?」
「ミャ!」
『ミケ!』
「自分でやりたいって。」
「分かった。」
ミケが最後まで作業する。
そして研ぎ。
「さすがに爪じゃ無理じゃないか?」
「ミャ。」
『できる』
「本当に?」
シャッ。
「……。」
シャッ。
「研いでるね。」
「何なんだ、その爪。」
「ミャ!」
『つめ!』
「それは知ってる。」
しばらくして。
ミケが前足を上げた。
「ミャー!」
『できた!』
「完成?」
「できたって。」
グレンがナイフを受け取る。
小さな鉄製の解体用ナイフ。
形は少しいびつ。
グレンが作る物と比べれば、まだまだ粗い。
だが。
「初めてでこれなら十分だろ。」
「ちゃんと使えそう?」
「確認する。」
グレンが鑑定する。
《鉄製解体ナイフ》
鉄を使用して製作された解体用ナイフ。
製作者――ミケ。
「……。」
「どう?」
「製作者。」
「うん。」
「ミケ。」
「本当に!?」
「ミャ!」
『ミケ!』
アイリがミケを抱き上げた。
「すごいよ、ミケ!」
「ミャー!」
『できた!』
「本当に鍛冶師になったな。」
「ミャ!」
『かじ!』
グレンはナイフを見る。
初めての作品。
決して名品ではない。
それでも。
「これ、使おう。」
「うん。」
「ミャ?」
「せっかくミケが作ったんだから、解体に使う。」
「ミャー!」
『つかう!』
「ああ。」
グレンがナイフをストレージへ収納する。
そして。
視線を横へ。
そこには今日購入したもう一つの素材。
ミスリルインゴット。
「……。」
アイリも気づいた。
「次、やる?」
「鉄は成功した。」
「うん。」
「なら。」
グレンがミスリルインゴットを手に取る。
「次はミスリルで試してみるか。」
「ミャ!」
『やる!』
「疲れてない?」
「ミャ!」
『へいき!』
「元気だって。」
「ならいいか。」
「何作る?」
「同じ解体用ナイフ。」
「同じ?」
「ああ。」
グレンは鉄製のナイフが入ったストレージを見る。
「同じ物なら、素材が変わった時にどれくらい違いが出るか分かる。」
「なるほど。」
「それに。」
グレンはミスリルインゴットを持ち上げる。
「鉄より難しい素材を、ミケの《鍛冶》でどこまで加工できるのかも知りたい。」
「ミャ!」
『できる!』
「自信満々だな。」
「ふふっ。」
初めての鍛冶は成功。
次はミスリル。
グレンとアイリは、鍛冶師になった小さなラグナリンクスがどこまでできるのか、もう少し試してみることにした。




