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ボーイッシュな王子様系女子が俺の前でだけ甘いもの好きの女子になる話  作者: 剃り残し


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3

 タピオカという食べ物について、俺は長年ある種の疑念を抱いている。


 あの黒くて丸い物体は、本当に人間の消化器官で処理されることを前提として作られているのだろうか、と。


 カエルの卵に酷似したあの弾力体は、ただ喉を通過する瞬間のエンターテインメント性のみを追求した、極めて虚無的な球体なのではないか。


 そんな俺の哲学的な思考をよそに、畳の上では、学園の王子様がそんな虚無の球体を嬉々として吸引していた。


「……ふぅ。やっぱり稽古の後はこれに限るぅ」


 剣道着姿のままの剱嵜さんが、タピオカを持参し、極太のストローが刺さったプラスチックカップを片手に満足げなため息をつく。


 カップの底には、黒いタピオカがぎっしりと沈殿している。


「……それ、カロリー爆弾じゃない? シロップとデンプンの塊でしょ?」


 俺は茶釜の湯の沸き具合を確認しながら、ぽつりと尋ねた。


「違うよぉ、國木田。これは飲む点滴なの。それに、今日は『本格宇治抹茶黒糖タピオカミルクティー』だからね。好きな抹茶味だよ」


 甘いものを摂取した剱嵜さんはふにゃふにゃの女の子ボイスでそう言う。


「俺が好きなのは素の抹茶であって、そこに大量の砂糖と黒糖と謎のデンプン球をぶち込んだキメラ飲料じゃないから」


「心が狭いなぁ。甘い抹茶の良さがわからないとか、千利休も草葉の陰で泣いているよ?」


「千利休はタピオカミルクティーを見た瞬間に切腹すると思うけどね」


 俺はシャツの袖をまくり、茶道具の前に座り直した。


 剱嵜さんがそんな邪道を持参したのなら、部員一人だけの非公式茶道部としての矜持を示さなければならない。


 俺は彼女の抹茶タピオカに対抗するため、密かに用意していた乾燥タピオカを取り出し抹茶でタピオカを煮始める。


「……ね、國木田。キミ、自分の茶碗に黒い球体を投入しなかった?」


「気のせいじゃないかな。これは、茶道における温故知新の実践だよ」


 俺は柄杓で湯を足し、茶筅を構えた。しかし、ここで重大な問題が発生した。


 シャカシャカと茶を点てようとするのだが、抹茶の海の中で自由に浮遊するタピオカが、茶筅の穂先に容赦なく絡みついてくるのだ。


「……っ!」


「さっきから何と戦ってるの?」


「……別に。ただの、球体との対話だよ」


 俺は茶筅でタピオカを必死に避けながらお茶を点てることになったが、それは客観的に見てかなりシュールな図だった。


 右へ、左へ。タピオカの予測不能な動きを見切り、その隙間を縫うようにして泡立てる。それはもはや茶道というより、高度な動体視力を要求されるスポーツに近い何かだ。


「……プッ。タピオカじゃん。切腹ものだね……ふふっ、あっははは!」


 剱嵜さんが畳の上を転げ回りながら爆笑し始めた。王子様の威厳は完全に崩壊し、ただの箸が転んでも笑う女子高生と化している。


「……笑い事じゃないって。この球体、意外と自己主張が激しいんだ。それとこれはタピオカティー。ミルクは入ってないから千利休も怒らないって」


 俺はため息をつきながら、なんとか点て終わったガチ抹茶タピオカの茶碗を彼女の方へと押しやった。


「……私が飲むの?」


「当然だよ。残したら千利休に怒られるからね」


 剱嵜さんは笑い涙を拭いながら茶碗を手に取り、恐る恐る口をつける。一口含んだ瞬間に顔をしかめた。そんな歪んだ顔すら絵になるのだから美人は得だ。


「……苦っ! なにこれ!? 甘みが一切ない……! でも、タピオカのもちもち感と抹茶の渋みが……意外と……悪くない……かも?」


「でしょ」


「……いや、やっぱり苦い」


 剱嵜さんが時折タピオカを咀嚼する音が部屋に響く。今日も茶室には、平和な時間が流れている。


 ……はずだった。


 ◆


 その頃、旧校舎の1階。


 ホコリの積もった薄暗い廊下で、剣道部員が「主将の剱嵜が最近、放課後に消える」と怪しんでいた。


「……おい、本当にこっちなのか?」


「ああ。間違いない。主将、最近稽古が終わるとすぐにどこかに消えるだろ?」


「それに、この前『旧校舎の方から甘い匂いがする』って噂も聞いたっすよ」


 竹刀袋を肩に担いだ部員たちが、ヒソヒソと声を潜めながら階段を見上げている。学園の王子様の秘密を暴こうとする彼らが旧校舎へ向かう足音が、ギシギシと古い木の階段に響く。


 國木田と剱嵜がその異変に気づくには、もう少しだけ時間が必要だった。


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