表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました  作者: Megumi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/39

35.選んだ場所

 結局その日、ステラに会うことを諦めたセリーヌは、ロランの執務室を訪ねることにした。


(エリック殿下に、きちんとお礼を伝えなくては)


 真剣にルヴァニアへの同行を提案してくれた彼の厚意。

 それに、きちんと応えなければならない。

 セリーヌは深く息を吸うと、執務室の扉を軽くノックした。


「失礼いたします」


 静かに扉を開けると、ロランはすぐに書類から顔を上げた。


「セリーヌ」


 名を呼ぶ声が、柔らかい。

 その声を聞くだけで、セリーヌの胸が温かくなる。


「お仕事中に申し訳ございません。あの……エリック殿下に、手紙を送ってもよろしいでしょうか」


 セリーヌがそう切り出すと、ロランは少しだけ眉を上げた。


「エリックに?」

「はい。ルヴァニアへの同行を誘ってくださいましたから……お礼と、お断りを、きちんと伝えたくて」


 その言葉を聞いた途端、ロランの表情が和らいだ。


 セリーヌは、自らの意思で父親のいるルヴァニアではなく、ここにいることを選択したのだ。

 その事実が、改めてロランの心を深い幸福で満たした。


「……そうか。もちろん、構わない」


 承諾を得たセリーヌは、ロランの勧めで、その場で手紙をしたためた。


『直接お会いして、お話ししたいことがございます。殿下のご都合のよろしい時に、宮殿へ伺わせていただけないでしょうか』


 書き終えたセリーヌは、ロランに手紙を差し出した。


「念の為、内容を確認していただいてもよろしいですか?」

「ああ」


 ロランは軽く目を通すと、満足そうに頷いた。


「これなら、万が一誰かに読まれても問題ないだろう」


 そう言うと、封筒に大公家の紋章が刻まれた封蝋を施した。


「ありがとうございます」


 セリーヌが礼を述べると、ロランは立ち上がってセリーヌの元へと歩み寄った。


「お邪魔して申し訳ございませんでした」

「君が邪魔になることなど、あり得ない」


 ロランの表情から、心の底からそう思っていることが伝わってくる。

 そんなロランの気持ちに、セリーヌは顔を綻ばせた。

 すると、ロランはセリーヌを当然のように腕の中へと閉じ込めてしまった。


「ロ、ロラン……?」


 その呼びかけに答えはなく、代わりにセリーヌの髪がそっと耳にかけられる。

 セリーヌは突然のことに戸惑い、心臓が早鐘を打った。


 真っ赤に染まったセリーヌの耳元に顔を寄せると、ロランは低く囁いた。


「むしろ、もっと頻繁に来てほしいくらいだ」


 その声は、甘く熱を帯びている。

 セリーヌが心臓を忙しなく動かしていると、ロランの顔がゆっくりと近づいてきた。


「っ、お仕事中です!」


 セリーヌが慌てて顔を逸らすと、ロランは少し残念そうに笑った。


「君がいるんだ、仕事など、手につくわけがない」


 悪びれる様子のないロランは、不意をつくと、今度こそセリーヌの唇を奪った。


 ◇◇◇


 数日後。

 エリックから返事が届いた。

 そこには簡潔に、『近日中にそちらへ伺う』と書かれていた。


(殿下が、わざわざ……)


 セリーヌは、エリックの配慮に感謝した。

 宮殿に行けば、ラリサと鉢合わせする可能性がある。

 それを避けるための配慮だと、すぐに理解できたからだ。


 そして、約束の日。

 セリーヌは応接室のソファに、ロランと並んで腰を下ろしていた。

 その顔には、明らかに緊張がにじんでいる。


(どこから話せばいいかしら……)


 わざわざ忙しい公務の合間を縫ってきてもらうのだ。

 過不足なくすべてを打ち明けた上で、隣国への同行を辞退するのが筋だろう。


 その時、ノックの音とともに執事の声が応接室に響いた。


「エリック殿下がお見えになりました」


 セリーヌたちが立ち上がると同時に扉が開き、エリックが穏やかな笑みを浮かべて入ってきた。


「やあ、セリーヌ。遅くなってしまってすまないね」

「そんな……! お忙しい中わざわざお越しいただき、こちらこそ申し訳ございません」


 すっかり恐縮した様子のセリーヌに、エリックはふと、肩の力が抜けた笑みを浮かべた。

 それを見たロランが、渋い顔で口を開く。


「——立ち話もなんだ。二人とも座ったらどうだ?」


 ロランに促され、三人はソファに腰を下ろした。


 それから紅茶が注がれ、しばしの歓談が始まった。

 その間、エリックは嫌でも気付いてしまった。


 ロランの手が常にセリーヌに触れていることに。

 そして、セリーヌがロランに向ける笑みが——以前のそれとは明らかに違っていることに。


「……ロラン」


 エリックは、わざとらしく大きなため息をついた。


「セリーヌは俺と話がしたいと言ってるんだがな」


 呆れたような顔を作って言外に退席を促すと、ロランは堂々と答えた。


「妻を他の男と二人きりにさせるわけがないだろう」


 その開き直った様子に、エリックは小さく笑った。


(ああ、やはり)


 エリックは、二人の様子を見て確信した。


「……ついにお前たちは、思いを通わせたんだな」


 その言葉に、セリーヌは顔を赤らめ、ロランはどこか誇らしげに微笑んだ。


「実は……」


 セリーヌは意を決して、すべてを語り始めた。


 二人の結婚が契約であったこと。

 ラリサの輿入れと同時に離縁する予定だったこと。

 そのため、離婚後の生活基盤をルヴァニアに移すつもりだったこと。


 しかし——


 思いを通わせて契約を破棄したこと。


「殿下にルヴァニアへの同行を提案していただき、とても光栄でした」


 セリーヌは、エリックの目を真っ直ぐに見つめた。


「ですが……お断りさせていただきます」


 セリーヌの声は、震えていた。

 だが、その瞳には迷いがなかった。


「私の居場所は、彼の隣にあります」


 そう言って、セリーヌは隣に座るロランを見上げた。

 ロランは、優しくセリーヌを見つめ返している。

 その目には、深い愛情が宿っていた。


 エリックは、そんな二人のやりとりを静かに見つめていた。


(そうだったのか……)


 契約結婚。

 仮初の関係。


 それでも、二人は本物の愛を見つけたのだ。


 エリックは深く息を吐いた。


「……そうか」


 そう言ったきり、エリックはしばらく黙り込んだ。

 その瞳には、寂しさが滲んでいる。


(もし、公爵の命令で彼女が俺に近寄ってきたとき、手を伸ばしていたら——)


 無意味だとは知りつつも、そんな“もしも”を考えずにはいられなかった。


 いつから惹かれていたのか。

 そんなことを考えても、今となっては意味なんてない。


 エリックは笑顔を作ると、二人に向き直った。


「おめでとう。心から、祝福する」


 どこか寂しげな笑みだったが、その瞳は優しさで満ちている。

 エリックの言葉に、セリーヌは喜びから涙がこぼれ落ちそうになるのを堪えて、無防備な顔で笑った。


「ありがとうございます、殿下」


 エリックは頷くと、少し考え込むような表情を浮かべた。


「……実は、セリーヌに贈りたいものがある」

「贈りたいもの?」


 セリーヌは首をかしげた。


「ああ。だが、それは準備ができてからのお楽しみだ」


 エリックは意味深に微笑むと、それ以上は何も語らなかった。


 ◇◇◇


 その日の夜。

 寝室のベッドの端に、セリーヌは小さくなって腰掛けていた。

 こうして同じ寝室で夜を過ごすようになってから、しばらく経つ。

 それでも——まだ落ち着けそうになかった。


「まだ慣れないのか?」


 ロランはセリーヌを後ろから抱きしめると、優しく囁いた。


「……今でも、時々夢なんじゃないかと思うんです」


 セリーヌの声が、小さく震える。


「あまりにも幸せすぎて……」


 その言葉を聞いた瞬間、ロランの瞳が優しく細められた。


「幸せ、か」


 ロランはセリーヌを抱きしめる腕に、力を込める。

 そして、セリーヌの首筋に顔を埋めると、静かに息を吐いた。


「それでは、夢ではないという証明に——何度でも、こうしよう」


 そう言うと、体勢を変えたロランは、セリーヌの唇に深く口づけた。


「ん……っ」


 セリーヌの腕が、ロランの背中に回る。

 月明かりが、二人を優しく照らしていた。


 ◇◇◇


 ——それから、しばらくの時が流れ。

 ついに、皇太子の結婚式当日が訪れた。


 セリーヌは馬車に揺られながら、緊張から表情を固くした。

 ラリサが何かを仕掛けてくる可能性は、十分にある。それでも——


「大丈夫だ」


 ロランが、力強くセリーヌの腰を抱いた。


「俺が必ず、君を守る」


 その言葉に、セリーヌは頷いた。

 馬車が、大聖堂へと向かっていく。


 二人の運命を大きく変える、長い一日が——今、始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ