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【完結】身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました  作者: Megumi


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34/39

34.ずっと、このままで

 翌朝。

 セリーヌは、誰かが自分の名を呼ぶ声で目を覚ました。


「……セリーヌ」


 朝日が差し込む寝室に響く、低く、切ない声。

 セリーヌは緩慢に首を動かし、あたりを見回す。


 そして、隣にロランがいることに気づいた。


(……ああ、そうだった)


 昨夜、初めて同じベッドで眠ったのだ。

 その事実に、セリーヌの胸が温かくなる。


(夢じゃ、なかったんだ)


 幸福が、じんわりと全身に広がっていく。

 だが、それは長くは続かなかった。


 隣で眠るロランが、苦しげに眉を寄せている。


「行かないでくれ……」


 喉の奥から絞り出すような声だった。

 乱れた呼吸が、静かな寝室にやけに大きく響く。

 その苦しげな声に、セリーヌの胸が締め付けられた。


(……夢を、見ているのかしら)


 そっと手を伸ばし、ロランの頬に触れる。


「大丈夫ですよ、ロラン。私はここにいます」


 優しく囁くと、ロランの目がゆっくりと開いた。

 まだ寝ぼけているのか、焦点が定まらない瞳で、セリーヌを見つめている。


「……セリーヌ?」

「はい」

「……本当に、いるのか」


 その問いに、セリーヌは優しく微笑んだ。


「ええ。ずっと、ここに」


 ロランの手が、おぼつかない動きでセリーヌの頬に触れた。

 まるで、幻ではないことを確かめるように、その手が頬を撫でる。


「温かい……」


 そして、ロランの腕がセリーヌの背中へと回された。


「離さない……もう絶対に、離さない」


 まだ夢と現実の狭間にいるような、切実な声。

 ロランはセリーヌを強く、強く抱きしめた。


 セリーヌもそれに応えるように、ロランの背中にそっと手を回した。


「はい。私も、どこにも行きません」


 その時——扉が開いた。


「失礼いたします。おはようございま——」


 扉を開けた時、ミシェルは完全に油断していた。

 いつも通り、大きなベッドで一人眠る大切な主を起こし、寝起きの無防備な笑みを向けてもらう。

 そんな毎朝の楽しみを、今日も味わうつもりだったのだ。


 しかし、扉を開けた瞬間、ミシェルの目に飛び込んできたのは、ベッドの上で、ロランに抱きしめられているセリーヌの姿だった。

 寝間着のままの二人はどう見ても寝起きで、これで「別々に寝ていた」などと、誰が信じるだろうか。


 ミシェルは数秒の沈黙のち——


「……失礼いたしました」


 口元に微かな微笑みを浮かべ、即時撤退を選んだ。

 静かに、しかし素早く閉められた扉の向こうから、ミシェルの軽やかな足音が聞こえてくる。


「あ、ああああ……!」


 おそらく、今日が終わる頃には、屋敷中にこのことが伝わっているだろう。

 セリーヌは絶望し、ロランの体を突き放すと顔を両手で覆ってしまった。


「もう……私は誰とも顔を合わせられません……!」


 一方、ようやく目を覚ましたロランは、嘆くセリーヌを再び抱きしめると、幸せそうに微笑んだ。


「おはよう、セリーヌ」


 あまりにも平然とした口調に、セリーヌは両手の隙間から恨めしげにロランを見上げた。


「……おはよう、じゃないです」

「何か問題でも?」


 ロランは首を傾げる。

 本気で分かっていないのか、それともわざとか——

 どちらにしても、セリーヌの絶望は深まるばかりだった。


 ◇◇◇


「お疲れかと思いますので、今朝はお部屋に朝食をご用意いたしますね」


 ミシェルはそう告げながら、ワゴンを押して入ってきた。

 焼きたてのパンと、湯気の立つスープ、それから色とりどりの果物。

 どれもセリーヌの好物ばかりだ。

 それらを、次々とテーブルに並べていく。


「それではどうぞ、ごゆっくり」


 ミシェルは満足げに微笑むと、控えめな位置に立った。


 セリーヌは必死に朝食に集中しようとした。

 パンを一口、口に運ぶ。

 だが——


「今日も美しいな」


 ロランが囁くように言いながら、セリーヌの髪に触れた。

 指先が、柔らかく銀色の髪を梳く。


「ロ、ロラン……!」


 セリーヌは真っ赤になって固まった。

 手に持ったパンが、やや歪な形に変形してしまう。


「この髪の色も、朝日に透けて本当に綺麗だ」


 ロランはそう言いながら、髪を指に絡めるようにして遊んでいる。

 まるで、宝石を愛でるかのように。


「お、お食事が冷めてしまいますよ」


 セリーヌが小さく抗議すると、ロランは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


「構わない。君を見ている方が、どんな食事よりも満たされる」


 そう言いながら、ロランの視線はセリーヌの顔を丁寧になぞっていく。

 額、目元、頬、そして唇。

 その強すぎる視線に、セリーヌはますます顔が熱くなった。


(こ、こんな……ミシェルもいるのに……!)


 恥ずかしさで、もうパンを食べることすらままならない。


「でも、全くお食事に手をつけていないじゃないですか。せめてスープだけでも……」


 セリーヌがそう促すと、ロランはようやくスープに視線を落とした。


(ふう……やっと落ち着いて食べられる……)


 セリーヌがほっと息をついた、その瞬間。


「そうだな。では——」


 ロランはスプーンを手に取ると、セリーヌに差し出した。


「君が食べさせてくれるのなら、食べてもいい」

「え……え!?」


 セリーヌの思考が、完全に停止した。


「ほら、早くしないと冷めてしまうだろ?」


 ロランが微笑む。

 その表情は穏やかだが、瞳には確かな愉しみの色がある。


(わざとやってる……!)


 セリーヌはそう確信したが、ここで抵抗すればするほど、ロランとミシェルを喜ばせてしまうだろう。

 受け取ったスプーンでスープをすくうと、セリーヌは震える手で、ロランの口元にスープを運ぶ。

 ロランは、セリーヌの目をじっと見つめたまま、ゆっくりとスープを口に含んだ。


「……美味いな」


 低く、甘い声。


「っ……」


 セリーヌはもう、限界だった。

 顔が熱すぎて、湯気が出そうなほどだ。

 その様子を、ミシェルは微笑ましげに見守っている。

 いや——口元を押さえて笑いを堪えているといった方が正しい。

 小さく肩が震えているのが、隠しきれていない。


「次はパンを——」

「も、もうダメですっ……!」


 セリーヌの悲鳴にも似た声が、朝の寝室に響いた。


 ◇◇◇


 その日の昼前。

 大公邸の使用人たちの間で、ある情報が駆け巡っていた。


 ——旦那様と奥様が、ついに同じ寝室で朝を迎えられた。


「本当ですか!?」


 ステラが目を輝かせると、ミシェルは誇らしげに頷いた。


「ええ。この目でしっかりと見ました! お二人が寝室で抱き合っている姿を!」

「まあ……ついに……!」


 二人は顔を見合わせると、嬉しそうに笑い合った。

 執事長も、珍しく口元を緩めている。


「旦那様も、ようやく素直になられたようで何よりです」


 その様子を廊下の陰からうっかり目撃してしまったセリーヌは、居た堪れない気持ちでいっぱいだった。


(ステラに会いに行くのは……後にしよう……)


 恥ずかしさに顔を赤らめながら、セリーヌは足早にその場を離れた。


 だが——


 その胸に広がるのは、恥ずかしさだけではなかった。


(みんなが、祝福してくれている)


 皆の嬉しそうな顔が、脳裏に浮かぶ。

 ミシェルの誇らしげな表情。ステラの輝く瞳。執事長の柔らかな微笑み。

 皆が、心から二人の関係の変化を喜んでくれているのだ。


 利害の一致から始まった、契約結婚。

 いつ終わるともしれない、期限付きの日々。

 それが今では、こんなにもかけがえのないものになっていた。


(ずっと、このままでいられたら——)


 セリーヌはそう、心の底から願った。

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