表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/141

《蒼穹料理闘宴》第二戦 赤越えの口蓋垂 後編

そこに現れたのは――


赤く輝き、湯気を上げる《レッドドラゴンの口蓋垂こうがいすい》だった。


ジャックの包丁が包を裂いた瞬間、

赤黒い光を放つ肉塊が姿を現す。


大きさは――

約三十センチの涙型の赤い肉。


映像を見ていた舞が、思わず素の声を漏らした。


「な、なんですの……あれは!」

驚きのあまり、舞は慌てて扇子を口元へ運び、

隠すようにそっと当てた。


隣の六道院が目を細める。

「ほっほ、またしても未知なる物。楽しみじゃわい」


シムスは眉をひそめ、

「……心臓、ではないですよね?」

と慎重に呟く。


澪は言葉を失い、

ただごくりと喉を鳴らした。


観客席からも大きなどよめきが起こる。


「なんだあれは!」

「見たことねぇぞ!」

「またスゲーの見れそうだ!」


映像に釘付けになる観客たち。


やがて、口蓋垂から白い煙が立ち上り始める。


ジャックが短く叫んだ。

「バフ、頼む!」


集中しているジャックの声に反応し、

バフの手のひらへ魔力が流れ込む。


そのままバフは熱をものともせず口蓋垂を掴み、

魔道耐火鍋へ向かって放り投げた。

「しゅーと〜……すとらいく〜!」


宙を舞うレッドドラゴンの口蓋垂。


「みんな予定通りに頼む!」


ジャックの声に、宮のシェフたちが一斉に動く。

ホースを構え、鍋へ大量の水を流し込んだ。


鍋へ落ちる直前――

黒山狂哭包丁が哭いた。


一閃。

口蓋垂が空中で真っ二つに割れる。


次の瞬間、

鍋に触れた半身から凄まじい熱が放たれ、

水が爆発的に蒸発する。


「お、おい! 大丈夫かこれ!?」

シェフの一人が腰を引きながら叫ぶ。


視界を奪うほどの白煙。

だがジャックは迷わない。


「大丈夫です! バフ、アレを!」


再びバフが動く。

今度は加工済みのブロック肉――

レッドドラゴンのテール肉を取り出した。


「ぱす〜」


自分の役目は終わったとばかりに踊り出すバフ。

その間にもテール肉は鍋へ落下する。


落ちる瞬間、

再び包丁が哭いた。


一口大に切り分けられた肉片が

ゴロゴロと鍋へ落ちていく。


「まだまだ水を入れてくれ!!」


ジャックの声に、

シェフたちは煙で何も見えない中、

ひたすら水を注ぎ続けた。


口蓋垂の熱で水は瞬時に蒸発する。

だが構わず入れ続ける。


ジャックは一瞬だけ息を吐いた。


「ふぅ……」


難しいタイミングを乗り切った安堵が滲む。


(あとは調味料と野菜を入れれば完成だ)


茜がタオルを差し出す。

「ジャック、これ……なに?」


ジャックは煙の向こうを見つめながら答える。

「これはレッドドラゴンの口蓋垂。

 まぁ……喉ちんこだ」


「えっ……これがレッドドラゴンの……?

 でも、そんなのあるなんて初耳……」

茜は濛々と煙る鍋を見つめる。


ジャックはその横顔を見て、

(やっぱ元気ないな……)


「そりゃそうだろ。

レッドドラゴンは討伐された瞬間、喉周りが一気に焼けるんだ。

コイツのせいでな。

だから現地で討伐した冒険者しか味わえないのが“のどスジ”だ!」


ジャックは煙る鍋を見つめながら続ける。


「のどスジも美味いが……口蓋垂はもっと貴重だ。

 すぐ溶けるからな。

 だから討伐直後に“領域術”で固定して封じるしかない

 出来なきゃ絶対に食えない」


(こんなの、簡単にやってしまうネロさん……化け物だろ)


ジャックは心の中でため息をつく。


「で、あとは水をかけながら溶かして混ぜると……

 最高の“だし”になる、そろそろだ」


ジャックの言葉通り、

鍋の煙が徐々に薄くなっていく。


「みんな、止めてくれ!」


水を止めたシェフたちが鍋を覗き込む。


「うおっ……すげぇ……」


誰かが呟いた。


鍋の中では、

火を入れていないにも関わらず

赤いスープが激しく沸騰していた。


レッドドラゴンのテール肉は、

本来なら数日かけて焼き上げる難物。

だが口蓋垂の熱によって、

驚くほど柔らかく煮詰められている。


審査員室では――


舞が、

顎の下で手を水平に構えたまま固まっていた。


「な、なんですの……これは……!」


驚愕のあまり、

舞は扇子で口元を隠すことすら忘れ、

まるで悪役令嬢が稲妻を背負って固まる時のような

大げさで優雅なポーズを取っていた。


六道院が目を丸くする。


「なんじゃと……レッドドラゴンの口蓋垂?

 そんなもん、ほんまにあったのかい」


シムスは静かに立ち上がり、

胸の前で手を組んで祈りを捧げるように呟いた。

「……ティアム(すばらしい)。

 未知の器官……王の創造は深い」


”サティエム教では、

世界の全ては 王 の創造物とされている”


澪は真っ赤なスープを見て、

肩をすくめながら声を漏らす。


「ひゃ〜……なんか辛そう……」


審査員室の空気が一気に熱を帯びる。

誰もが画面に釘付けになり、

ジャックの鍋から立ち上る白い湯気に息を呑んでいた。


ジャックのスープが、いよいよ仕上げに入った。


ジャックは茜から渡されたタオルで汗を拭い、

深く息を吸う。


「……あとは、調味料と、このスープに合う野菜を入れるだけだ」


そう呟きながらも、

ジャックの視線は料理ではなく――茜へ向いていた。


(茜が……攫われただと……)


今回の誘拐騒動で、

茜はハコノミたちからの嫌がらせを“強制的に”断ち切った。

本来なら、この料理大会で勝つことで解決するはずだった重要な問題は、

もう無くなっている。


勝っても負けても、茜は無事だ。


……それなのに。


(元気がねぇ……)


茜が元気を失っている理由は、

“華御門”の血を引く者が、

近親では茜しかいないという事実が

世間に漏れ始めているからだ。


そして――

ジャックの胸に刺さった、あの言葉。


厨房で偉そうに喋った久遠優の声が、

耳の奥で蘇る。


『ジャックさんよ~~、一般ピーポーが茜ちゃんと合うと思うなよ?

 茜ちゃんは“上級国民”なんだからよ~~!!』


あの時、茜は苦笑いを浮かべていた。

その顔が、今の茜の沈んだ表情と重なる。


(……クソッ)


気づけばジャックは、

調味料を入れる順番を間違え、

野菜を入れるタイミングまでずらして入れてしまっていた。


その様子を――

バフが鋭い目でじっと見つめていた。


普段の無邪気さが消え、

まるで別人のような静かな眼差し。


ジャックは気づかない。


「よし……完成だ」


鍋の中で赤いスープがぐつぐつと沸き立ち、

香ばしく美味しそうな香りが立ち昇る。


だがその奥は――

ジャックの心の乱れを、確かに映していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ