《蒼穹料理闘宴》 第二戦 赤越えの口蓋垂 前編
天華大学・魔獣生態学研究室
レッドドラゴンにおける《口蓋垂》の機能と消失現象について
天華大学 名誉教授 今岡 金太
1.序論
惑星唯一のダンジョン《アル=ミラヴァス》は、
その底が未だ確認されていない“無限深度構造”として知られる。
中でも五十階層の王 レッドドラゴン(Red Dragon) は、
古来より数多の冒険譚に登場する象徴的魔獣である。
しかし、長年の疑問が存在した。
「レッドドラゴンは、いかにしてブレスを発生させるのか」
本研究は、この問いに対する生物学的解答を得るため、
一流冒険者らと共同でレッドドラゴンの生態調査を実施したものである。
2.調査方法
本調査は、
《アル=ミラヴァス》五十階層にてレッドドラゴンの討伐後、
即時解体を行い、
ブレス発生器官の特定を目的とした。
調査は極めて危険であり、
討伐班・解体班ともに多数の負傷者を出したことを記しておく。
3.発見の経緯
ある日、討伐班の冒険者の一人が、
レッドドラゴンがブレスを放つ直前、
口腔奥に魔力特有の赤光が点滅することに気づいた。
この観察は決定的であった。
討伐後、即座に口腔内部を解体したところ、
人間の口蓋垂に相当する位置に、
赤黒く発光する小器官が確認された。
4.《口蓋垂》の構造と機能
調査の結果、この器官は以下の性質を持つことが判明した。
4-1 構造
涙型の小器官
表面は赤黒く、魔力反応を示す
生体内では常に高温(推定 180〜230℃)
4-2 機能
魔力を振動させ、ブレスの点火・増幅を行う“媒介器官”
ブレス発生時には高周波振動を起こし、
魔力を炎へと変換する触媒として働く
4-3 希少性
レッドドラゴン一体につき 一つのみ
母体死亡後、数十秒以内に燃え尽きる
そのため、従来の討伐・解体では発見されなかった
5.消失現象について
炎口蓋垂は、母体の生命活動が停止すると同時に、
内部魔力が暴走し、
自壊・発火・消失する。
この現象により、
過去の冒険者・学者は誰一人として
この器官の存在を確認できなかった。
6.結論
本研究により、
レッドドラゴンのブレスは 《炎口蓋垂》を媒介して発生する
という事実が初めて明らかとなった。
今後の課題は、
母体を生かしたまま炎口蓋垂を観察・採取する方法の確立である。
これは魔獣生態学における
新たな研究領域を切り開くものであり、
我々研究者の使命は重大である。
天華大学 魔獣生態学研究室
名誉教授 今岡 金太
《アル=ミラヴァス》――???階層
ジャックは死ぬ思いで潜り続けていた。
ネロとバフ――あの二人の“料理人”として。
何層なのかもわからない場所。
見たこともない怪物。
気を抜けば即死の連続。
くたくたになった身体を、
ネロが作った仮家の簡易ベッドに
ドサッと投げ出した。
(……もう無理だ。今日は絶対動けねぇ)
天井を見上げる余裕すらない。
ただ呼吸だけが荒く続く。
その横で、
ネロとバフはまるで散歩帰りのように
涼しい顔をしていた。
細目の銀髪で、胡散臭い笑みを浮かべる長身の男――ネロ。
その隣で、全身包帯のままゆらゆら揺れている小柄なバフ。
二人とも、疲れた様子がまったくない。
(化け物だ……この人たちは)
ジャックは自分との違いを痛感した。
この二人は、間違いなく“トンデモナイ冒険者”だ。
ネロはタブレットを操作しながら、楽しげに笑っていた。
「はは、バフ。
君、“ミイラ男の怪人”って呼ばれてるねぇ」
どうやら《蒼穹料理闘宴》の動画を見ているらしい。
「かいじん〜、かいじゅ〜」
バフは意味もなく揺れながら、子どものように喜んでいる。
ジャックはその声を聞きながら、
疲れ切った瞼がゆっくりと落ちていき
やがて静かな寝息を立て始めた。
動画は終盤に差し掛かり、
優が吹っ飛んでいくシーンでネロが爆笑する。
「くくく……変わらないねぇ、この子は」
そして最後、舞の声が響く。
『次は“スープ”』
ネロはふむ、と顎に手を当てて考え込んだ。
「スープねぇ……そうだな。そろそろ、か」
そして、ぐったりと眠るジャックを見下ろす。
「うん。行けるだろ」
微笑みながら、
まるで“今日の天気”でも話すような軽さで。
(まあ、無理なら死んじゃうだけだよ)
そんな言葉を心の奥で転がしながら、
ネロはジャックへと手を伸ばした。
ジャックが目を覚ますと、そこは――
(……嘘だろ。
ここ、《赤越え》の階層じゃねぇか……)
ダンチューブ(冒険者専用動画サイト)で最も人気のある階層。
《アル=ミラヴァス》50階層。
一流冒険者の登竜門。
突破した者は皆、英雄扱いされる場所。
ジャックもダンチューブが大好きで、
タコのように吸い付いて何度も何度も見ていた。
だからこそ、ネロに連れてこられたこの階層が
“初めて判かる場所”だった。
目の前に広がるのは、
動画で見慣れた50階層の光景――
鋭く切り立つ山岳地帯。
岩肌を砕くように走り回るキングビッグボアの群れ。
崖を跳ね回るデビルゴートの群れ。
その上空を、獲物を狙って旋回するソニックファルコン。
だが、彼らはこの階層の王ではない。
山岳の奥。
次の階層へ続く溶岩地帯の入口――
そこに潜むのが、この階層の真の支配者。
赤き支配者――レッドドラゴン。
体長は十五〜二十五メートル。
赤い鱗は魔力を帯び、普通の武器では傷すらつかない。
そして代名詞である“赤いブレス”は、
一流レギス能力者が展開する防御障壁でなければ受け止められない。
もちろん、正面から挑めばの話だ。
並の冒険者では太刀打ちできない存在。
だが、ある冒険者が思いついた攻略法があった。
この50階層ならではの地形を利用した“竜籠”。
罠を張り、ドラゴンを誘導し、
地形ごと封じ込める戦法だ。
その成功例がダンチューブで世界中に広まり、
今ではレッドドラゴン討伐の基本戦術となっている。
とはいえ成功率は低く、
成功させた冒険者は敬意を込めて《赤越え》と呼ばれ、
所属エリアの大貴族から紋章が贈られるほどだ。
そして――
ジャックが目覚め、今いる場所は。
そのレッドドラゴンが姿を現す地点。
いや、すでに溶岩地帯の入口で
一体がゆっくりと歩き回っていた。
ジャックが目を覚ますのを待っていたネロが、
軽い調子で声をかけてきた。
「お、ジャック君。
あのトカゲ、いい“だし”が取れる部位があるんだよ。
動画見てたらさ、美味いスープが飲みたくなってね。
多分、今の君なら勝てるさ」
ジャックはあまりの言葉に目が点になる。
「いやいやいや、無理ですよ!
竜籠もないじゃないですか!」
「竜籠? なんだいそれは」
ネロは笑って肩をすくめた。
「大丈夫。タイマンで行けるよ。
早く狩らないと、あと三時間くらいで
他の冒険者が来ちゃうからね」
レッドドラゴン討伐には事前許可が必要。
もちろんネロはそんなもの取っていない。
バフがジャックの腕を掴む。
「スープ、ノミ、のみ」
ドラゴンに迫るバフ、
無理だと暴れるジャックだがバフの力に逆らえず。
「わーーー! バフ! やめろって!
死ぬ! 今度こそ死ぬって!!」
ジャックが泣き言をあげる中、
ネロはのんびりとした声で言う。
「あのトカゲより強いのとも戦ってたじゃないか。
それと、その部位は特殊だからね。
取り方は――」
ネロの細めた目の奥で、
虹色の瞳がちらりと光る。
ネロは淡々と説明を続けた。
――その後《蒼穹料理闘宴》の厨房
(……落ち着け。
コイツは集中しないと味が落ちる。
余計なこと考えてんじゃねぇ……落ち着け、俺)
この一週間あの咆哮。
あの熱。地獄のトカゲ狩りを思い出す。
(あの1週間を、どうにか生き延びたんだ……茜いや)
茜のことを忘れるように、意識を料理へと向ける。
目の前の、厳重に封じられた包へ
包丁を差し込む。
熱気が厨房を包み、
手伝いをしている、茜が思わず目を瞑る。
そこに現れたのは――
赤く輝き、湯気を上げる”レットドラゴンの口蓋垂”




