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《蒼穹料理闘宴》第二戦―Clarus Ruber―

審査員室の扉が静かに開いた。


銀のサービスワゴンを押すジャック。

その後ろを、ちょこちょことバフがついてくる。


ワゴンが一歩、また一歩と審査員席へ近づくたび――

乗せられた鍋から漂う香りが、

審査員たちの腹を刺激した。


「……っ」


誰かの喉が、ごくりと鳴る。


今まで嗅いだことのない、

香ばしく、深く、どこか甘い香り。

それは“食欲”という本能を直接揺さぶる匂いだった。


審査員たちは、

運び込まれる鍋から目を離せない。


ジャックはワゴンを所定の位置に止め、

鍋を棚へ丁寧に移すと、深々と頭を下げた。


「料理名―Clarus Ruber―。

 澄み渡る赤……レッドドラゴンの口蓋垂清湯です。

 どうぞご賞味ください」


その手が、鍋の蓋へ触れる。


カチリ。


蓋が開いた瞬間――

先ほどの香ばしい香りが、

“爆発”した。


「……っ!」


審査員たちは思わず目を閉じ、

鼻腔を満たす香りに身を委ねる。


澪は小さく震えながら心の中で叫んだ。


(うわ……嗅いだことない……

 香ばしさ“だけ”じゃない……

 なんか……なんか……ヤバい……!)


口の中に自然と涎が溜まり、

“早く食わせろ”と本能が訴えかけてくる。


その時、シムスが勢いよく立ち上がった。

「なんと……!

 これが最近論文で発表された、

 レッドドラゴンの口蓋垂――“幻の部位”!」


会場が一気に沸いた。


「え、あれが幻の部位!?」「マジかよ!」「食いてぇ!!」

「そんな部位、聞いたことないわ……!」


舞はドリルった髪を揺らしながら、

皿を覗き込んで呟く。

「先程の映像からは想像できませんわ……

 なんて澄み切った色……」


鍋の中に現れたスープは、

恐ろしいほど透き通った赤。


あれほど激しく沸騰していたのに、

今は静かに、宝石のように澄んでいる。


中にはネギ、白菜、その他の野菜、そしてテール肉。

すべてがはっきり見えるほどの透明度。


ジャックは審査員たちの驚きに満足げに微笑み、

スープを皿へ注いでいく。

「はい、こいつ……濃厚なんですけど、

 見た目はすごく澄み切ってます」


舞の前に皿が置かれると、

舞は香りに思わず唾を飲み込んだ。


全員にスープが行き渡る。


ジャックは一歩下がり、静かに告げた。

「なぜか適温なんです。

 ガッツリいっても火傷しませんから……大丈夫です」


その一言で――

審査員全員のスプーンが、同時に動いた。

最初は皆、驚きと興味に満ちた表情だった。

初めて味わう“未知の旨味”に、スプーンが止まらない。


だが――


澪がふと、眉をひそめた。

「……あれ?」


スプーンを持つ手が止まる。

(最初は……めちゃくちゃ濃厚で美味かったス。

 肉も柔らかくて……でも……なんか……)


周囲を見ると、

他の審査員たちも同じようにスプーンを置いていた。


(渋い……苦い……?

 これ……なんか思ってたのと違うス……)


その疑問と同時に、舞が口を開く。

「ジャックさん。

 これが……“本当のスープ”なんですの?」


舞はスプーンをテーブルに置き、

完成品かどうかを問いただす。


六道院は腕を組み、「ふむ……」と考え込む。

シムスは“もう食べ終えた”と言わんばかりにスプーンを置いた。


ジャックがたじろぐ。

「ど、どうかしたんですか?

 こいつは濃厚で、その上野菜の甘みも深くて……

 肉もとろけるほど柔らかくてジューシーなんですけど……?」


舞は扇子を口元に当て、静かに言った。

「ジャックさん……とても苦いですわよ、これ」


ワイングラスで口直しをしながら、冷たく言い放つ。

「食えたものではありませんわね」


会場がざわつく。


「え、まずいの……?」

「おいおい、やっちまったな……」

「嘘だろ……あれだけ美味そうなのに……?」


ジャックは慌てて鍋のスープを一口飲む。

「……っ!? まさか……いや……」


驚愕の表情。


その時、バフが

両手で口を塞ぐようにして“まずまずポーズ”を取った。

「ほしぜろ~……まずまず~~」


舞が冷たく言い放つ。

「あなた……私たちにこんな品を出して……

 舐めてますのね?」


その言葉で、ジャックの脳裏に

山北健三の声が蘇る。


『魔力を纏った食材はな……

 順番を間違えるだけで不味くなる。

 逆に、より美味くもなる場合もあるが。

 そんなギャンブル……あり得ねぇ、プロならレシピ通りにやれ。

 本来の味を変えるなら、それは料理人じゃねぇ』


はっ――

(俺は……奢ってた……

 茜のことで気を取られて……

 調味料も野菜も……適当に入れてた……

 どれ一つとっても大事なのに……)


六道院が残念そうに言う。

「特に野菜がひどいな。

 火が通っておらん。芯が残っとる。

 そして……この苦味調味料が合ってない

 せっかくの濃厚なスープを台無しにしとる。

 肉は美味いが……これは食えたものではないぞ」


シムスも首を振る。

「いや、残念です。

 映像のパフォーマンスは素晴らしかった。

 見た目も美しい。

 未知なる食材……それだけに……」


澪は申し訳なさそうに視線を落とす。


ジャックは深く頭を下げた。

「……すいません……情けない……情けない……」


舞が冷たく告げる。

「失敗作品ですわね。

 点はあげられませんことよ。

 反省なさい」


審査員室に重い空気が流れた。


その空気を――

一枚の皿が変えた。


コトン。


皿を置いたのは、バフだった。


「わび~……ほしみつだ~」


なんと、

ジャックと全く同じ《Clarus Ruber》が

審査員のテーブルに置かれる。


バフは自分の皿を持ち、

ぺろりと飲み干す。

「うまうま~。くえ~」


舞は半信半疑でスープを口に運ぶ。


そして――


「な……なんて美味……!」

ローゼン巻きがドリルのように尖り、

手が止まらない。


六道院も吠える。

「うまいぞ、これは!!」


シムスは感極まって叫ぶ。

「おおおお……バフ様……素晴らしい……!」


澪も慌てて一口。

「美味いス……!!」


審査員室が一気に沸き返った。


舞は皿を飲み干し、頬を赤らめた。

「ほ、ほほほ……

 これが本来の《Clarus Ruber》なんですわね……

 素晴らしいですわ……」


そして扇子を開き、冷たく告げる。

「ですがジャック君。

 アナタは0点ですわよ。

 本来なら10点でしたわね。

 これは……バフさんでしたか?

 アナタ……何者でして?」


舞の問いかけを、

バフは聞いていない。


自分の皿から無限に湧くスープを

ゆらゆら飲み続けている。


舞はやれやれと扇子で口元を隠した。


六道院が笑う。

「本来の味は10点じゃな。

 だがジャックの点数は……2点とする」


「2点……?」


「料理はともかく、あのパフォーマンス。

 未知なる食材の調理。

 それをやってのけた事に対してじゃ。

 まあ、バフ君の料理を食べなかったら0じゃったがな」


シムスが感動したように言う。

「流石……神子様……素晴らしい……!」


バフに触れようと近づくが――

バフはひょいひょいと避ける。


「おおお……!」

シムスはその動きにすら感動していた。


「ですがジャックは0点とします」

ジャックへの評価は容赦ない。


澪は余韻に浸りながら言う。

「美味いス……

 自分が食べた中で一番……

 ジャック君、自分も料理失敗よくするから……5点とします」


その言葉に、ますます沈んでいくジャック。


舞が最後に告げる。

「アナタ。

 まだ勝負は終わってませんことよ。

 前を向き、次は“本物”を持って来なさい。

 二度は……閑条の名において許しませんことよ!!」


ジャックは審査員たちを見据え、

力弱く答えた。


「……はい」


第二戦 森ジャック《Clarus Ruber》――

7点。


審査を終え。

ジャックは廊下に立ち尽くしていた。


視界が暗い。

胸が重い。

自分の未熟さが突き刺さる。


その背中を――

バンッ、と叩く者がいた。


バフだ。

「にんげん〜……しっぱい、あるある〜〜」


にししし、と笑う。


ジャックは顔を上げた。

「バフ……」


バフはどこからともなく皿を差し出す。

「くえ〜」


またスープが満たされている。

まるで無限に湧くようだ。

「ちょ、ちょっと待てバフ……む、無理やり……!」


バフはジャックの口にスプーンを押し込むと。


ジャックは渋々飲み込んだ。

「……う、うま……

 俺が作るより……旨いじゃないか……

 バフ……ごめん……」


バフは満足げに頷く。

「あとで~……わび~メシ、はらいっぱい~~」


ジャックはゲンナリした。


(バフの“腹いっぱい”は無限だ……

 永遠に作り続ける羽目になる……)


だが――

このままでは終われない。


(失敗したのはしょうがない。

 俺が未熟だったからだ。

 次は……必ず)


前を向け。

これがジャックの強さだった。

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